第59話
「アリシア、ありがとな」
部屋を出たところで、アリシアに声をかけた。
彼女がゴーラル様へ先ほどのように発言したのは、鍛冶課の人たちに俺が価値ある人間だと伝えるためだろう。
言い方を変えるのなら、見返してやるとかそういったことになるのだろう。
俺の頭からはそんな感情はすっぽ抜けていたし、別にどうでもよいと思っていた。
しかし、アリシアはどこか難しい顔をしていた。
「……あんな上から目線の手紙をよこされたら、思うところはあるよ」
アリシアは微笑みながら、そういった。
……以前よりも気持ち距離が近いように感じられるのは気のせいではないだろう。
ここまで彼女には助けられっぱなしだ。そんな気持ちが改めてこみあげてきた。
「本当に、色々助けてくれて、ありがとな。今こうして生きていられるのはアリシアのおかげだよ」
「そ、そんなことないよ……私だって、色々助けてもらってる……から」
「そうか?」
「……だ、だって私の、ずっと憧れていた幸せな日常ってこうやって、フェイクと一緒に並んで歩くことなんだから」
……そ、それは。
頬を朱色に染めたアリシアに、思わずむせそうになる。
偽装の婚約者を終え、本物の婚約者になってからなのだが、アリシアはこうしてはっきりと自分の感情を出すようになった。
それはとても嬉しいのだけど、恥ずかしさもある。
「そ、そうか?」
「う、うん」
……アリシアも恥ずかしいのならわざわざ言わなくてもいいのに。
「も、もうちょっとくっついて歩いていい?」
アリシアが俺の服の裾をついついと掴み、こちらを見てくる。
俺はそんなアリシアを否定なんてできるはずがない。
「……いいよ」
「え、えへへ」
アリシアが嬉しそうに笑い、俺の腕へとくっついてきた。ぎゅっと柔らかな彼女の感触が左腕を包む。
「も、もっとくっついていてもいい?」
「……ああ」
今度は抱きつくほどに、彼女はくっついてくる。
俺は自分の脈がどんどん速くなっているのが分かる。このまま死んでしまうんじゃないかと思うほどだ。
そのままゆっくりと廊下を歩いていく。
……このくらいならまあ、何とかなる。
初めに比べれば、多少は落ち着けるようになってきた自分の成長を喜んでいると、
「……うん、やっぱり好き」
むせそうになった。想定もしていなかった発言をぶつけられ、俺はアリシアを見た。
彼女は顔を真っ赤にしながら、幸せそうな表情で言った。
「まだドキドキするけど、でも、嬉しい気持ち、たくさんある」
「……そうか」
「フェイクは……そういうのはない?」
今だって体が張り裂けそうなほどだった。
「こうやってくっついていると、ドキドキする……でも、悪い熱じゃない」
それだけ短く伝えた。
別に生涯独身でも良いと思っていたことが俺にはあった。
結婚なんていうのは面倒なものだと。
だというのに、最近では朝から晩までこうしてアリシアと一緒にいる時間が楽しかった。楽しみだった。
世のいちゃつく連中をみて、どうしてそんなに一緒にいるのかと思っていたのだが、今なら多少分からないでもなかった。
「とりあえず、出発準備をしないとだな」
「うん、そうだね」
これから俺たちは帝国へと向かう。
俺は公爵令嬢の婿として。
恥ずかしくない格好をしないとな。
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