第58話
俺とアリシアが、お互いの気持ちを伝えあってからしばらくしてだった。
俺のもとに一通の手紙が届いたらしい。
その手紙は今ゴーラル様のもとにあるそうなので彼の自室へと向かう。
アリシアも同じように呼びだされていたため、俺たちは並んで手を繋いで歩いていた。
「アリシア、いつもの通り社交界の誘いだ」
そういってゴーラル様はアリシアへとまず手紙を渡した。アリシアがそれを受け取ったあと、俺を一瞥した。
「フェイクにも手紙が届いている。二通のうち一通はオレのもとに届いたので見させてもらった」
どういうことだろうか?
俺は疑問を抱きながら彼から手紙を受け取った。
一瞬頬が引きつった。アリシアがちらと手紙を見てきて、目を見開いた。
送り主は宮廷の鍛冶課からだった。
……一体今さら何の用なんだ? 俺は手紙を開いて中を確認する。
送り主はモルガンだ。内容は戻って来いという話だった。
『現在、国内、鍛冶課は混乱している。騎士たちに満足な武器の配給が出来ていないため、ほとんど休みが取れていない。早く戻ってこい』
……内容をまとめると、こんなところだった。
「オレのもとに届いた手紙は、万が一フェイクがすでにこの屋敷にいない場合は申し訳ないという内容の手紙だったな」
「……なるほど」
俺の才能がなければ、この家から追い出されていたのだからそういった旨の手紙を送るのも当然か。
「宮廷では無茶な仕事をさせられていたと聞くが、手紙の内容はどうだったんだ?」
ゴーラル様がそう言ってきたため、彼に手紙を渡した。
手紙を確認し終えた彼は小さくため息をついた。
「戻ればまたこき使われるのではないか?」
「……恐らく、そうなると思います」
「戻る予定はあるのか?」
「……この家のためを考えれば、宮廷鍛冶師の肩書きはあったほうがいいでしょうか?」
俺の問いかけに、ゴーラル様はじっと見てきた。
……俺は婿入りする以上、公爵家の貴族だ。貴族ならば、ある程度権力を意識する必要はあるだろう。
帝国レバナンドの宮廷鍛冶師、という立場はそれなりのもののはずだ。
「貴族としてそういった考えを持つのは悪くない。だが、貴族は何も権力だけを追い求めるわけではない」
「……そうなんですか?」
「ああ。権力と子どもの幸せ、そのバランスを取りながら嫁ぎ先などを決めていくものだ。自分の子が幸せになれない場所に送るようなことを、少なくともオレはするつもりはない」
だから、アリシアは……俺を選べたのだろう。
「分かりました。ですが、俺は何も持っていませんから。何か出来るのであれば――」
「先ほど言っただろう。幸せになれない場所に行く必要はない。もちろん、オレの意見も強制ではない。最後はおまえ自身が決めるといい」
ゴーラル様の言葉に、アリシアがぴくりと反応した。
「お父さん。もしかしてフェイクのことを自分の子どものように考えてくれている?」
「勘違いするな。そこまでは言っていない」
じっとゴーラル様は俺を睨みつけてくる。
なぜ俺なんですか……。
「申し訳ありませんが、俺は宮廷鍛冶師には戻りたくありません」
俺がはっきりとそう伝えると、ゴーラル様は頷いた。
「それならば、オレからお断りの手紙を書こう。フェイクのことをどうにも向こうはないがしろにしているようだからな。オレが書いたほうが効力はあるだろう」
「……ありがとうございます」
俺が一礼をした後、アリシアがゴーラル様へと近づいた。
「お父さん。手紙は私たちが届ける」
「……どういうことだ?」
「私が社交界に参加して、それで手紙を届ければいい」
アリシアの言葉に、ゴーラル様が眉尻をあげた。
「社交界、行くのか? あまり参加はしたくないんじゃなかったのか?」
「うん。もう……そ、そのフェイクはいないから行く意味はまったくない、けど……でも、直接、はっきりと私の婚約者として認められたって鍛冶課の人たちに伝える」
アリシアの意図していることを理解したのだろう、ゴーラル様がこちらを見て来た。
「……なるほどな。フェイク、それでいいか?」
ちら、とゴーラル様がこちらを見てくる。アリシアがここまで言っているのだから、もちろん行くに決まっている。
俺だって鍛冶課の人たちに『現状報告』をしたいと思ったからだ。
「はい、それで問題ありません」
「分かった。それじゃあ、オレが手紙を用意する。二人は出発の準備をしておいてくれ」
「……はい、お願いします」
一礼の後、俺たちは部屋を後にした。