第57話
アリシアの部屋をノックすると、すぐにアリシアが出迎えてくれた。
室内にはレフィがいたのだが、俺を見るとさっと部屋を出ていく。
2人きりになったところで、俺は早速アリシアに用件を伝えた。
「アリシア、さっきゴーラル様に剣を持っていったら……婚約者として認める、そうだ」
「……え?!」
驚いたようにアリシアがこちらを見てきた。その声は嬉しそうに跳ねていた。
「ほ、本当、なの?」
「ああ。ただ、まだ結婚まで認めたわけではないから、とも釘をさされたけどな」
「そっか」
アリシアの表情は笑顔で飾られていた。
……これで彼女にとっては他の婚約者候補を退けるための正当な理由が出来たわけだ。
アリシアからすればいいのだろう。俺だって彼女の当初の頼みを達成できたことを喜んでいたのだが。
……ゴーラル様が本当にアリシアのことをよく考えているのが分かった。
だからこそ、彼女に聞こうと思った。
「アリシア。偽装の婚約者について……なんだが」
「え? あ、うん」
何その忘れてましたみたいな反応は。
「……このままこの関係を続けるのは、どうなのかな、と思ってな」
俺はあいまいに言葉を濁しながらそう言った。
……少し照れ臭さが勝ってしまったからだ。
それでも、このまま言葉を濁すわけにはいかない。心臓の奥が締め付けられるような感覚があったが、俺はアリシアをじっとみた。
「……」
アリシアは何かを考えるようにじっとこちらを見てきた。
それから、俺の方に向き直ってきて、アリシアがぺこりと頭を下げてきた。
「ごめん」
「なんだ?」
突然の謝罪に困惑する。顔をあげたアリシアは、顔を真っ赤にしたままその桃色の唇を震わせた。
「……あ、あの時はその――恥ずかしくて誤魔化しちゃったんだ」
「誤魔化した……?」
一体どういうことだ? アリシアが何を言いたいのかが全く分からず、首を傾げていると、
「……あの時、本当はちゃんと伝えたかったことが、ある」
「何をだ?」
俺が問いかけると、アリシアの顔はさらに赤く染まっていく。
そのまま倒れてしまうんじゃないかというほどに顔を真っ赤に染めた彼女は、しかしはっきりと俺の目を覗きこんできた。
「……好きだよ」
その四文字に、頭をがんと殴られたような衝撃が突き抜ける。
「本当に。……あなたのこと、宮廷に行ってずっといつも見ていた。いつも会いに行っていたのは鍛冶が好きだからじゃなくて、あなたが好きだったから」
……熱い。顔を燃やされているんじゃないかというような熱に襲われる。
す、好きって……それって異性としてってことだよな? そんな野暮な質問をこの状況で出来るはずがない。
俺の返事を待つように、アリシアはじっと見てきているんだから。
瞳を潤ませこちらを見てくるアリシア。
……その言葉を口にするのに、どれほどの勇気が必要だったのだろうか。
「……アリシア」
「な、なに?」
先ほど、気持ちを伝え終えたアリシアは……不安そうな声をあげる。
先ほどの凛とした声は消え去り、怯え切った子どものように声は揺れていた。
じっと見るとアリシアの手は震えていて、俺はその体を落ち着かせるために……ぎゅっと抱きしめた。
小さくやわらかな彼女の体が腕の中に収まった。柔らかな熱とふわりとした香りが鼻をくすぐる。
緊張と羞恥で心臓がバクバクと音を上げる。触れあっているアリシアにこれらすべてが伝わってしまっているのではないだろうか?
あるいは、いっそ伝わってしまった方がこれから口にする返事の代わりになってくれるのではないだろうか。
そんな情けない思考を頭の片隅に浮かべながら、口を開いた。
「俺も、アリシアのことが好きなんだ」
「……え?」
「あの宮廷に残って仕事を続けられたのは、アリシアがいたからだ……アリシアがたまに遊びに来てくれるのだけが、俺にとっての楽しみだったんだ。だからその、オレも好きだ。ずっと大好きだ」
色々と取り繕った言葉が初めはあった。
けど、自分の気持ちを素直に伝えるにはそれが一番だった。
「……や、やめて。そ、そんなに何回も言わないで……っ」
耳まで真っ赤にしたアリシアが可愛くて、さらにぎゅっと抱きしめてしまう。控えめながらもアリシアも俺を抱きしめ返してくれた。
「アリシア、これから改めてよろしく……でいいんだよな?」
「それで、大丈夫。……偽装の婚約者じゃなくて、本物の婚約者で大丈夫だよ」
「……ああ」
その言葉を聞いて、胸の中が温かい気持ちで一杯になる。
やっぱり、アリシアと一緒にいると落ち着く。
すりへっていた俺の心はアリシアに癒されていく。彼女がいたからこそ、俺は今日まで何とか生き抜くことが出来たんだ。
そして、これからも彼女のために精一杯に生きていこう。




