第4話
しばらくの沈黙が場を支配する。
なんと言えばいいのか分からず俺が固まっていると、アリシア様が慌てた様子で首を振った。
「へ、変な意味じゃなくて婚約者になってほしい!」
「そ、それって同じ意味なんじゃ……」
「ち、違う! 偽装の婚約者!」
「偽装の、婚約者……ですか?」
「う、うん……っ。そうなんだ。わ、私たくさん婚約者候補がいて、でもそういった人たちにその結婚したい相手はいないから……だから、その風除けになってほしい! ちょ、ちょうどフェイクは鍛冶師だから、私のお父さんも納得させられるから」
「……」
元々、アリシアの家の始まりは小さな鍛冶師だったそうだ。
戦闘面での才能もあったことから、鍛冶をしながら魔物狩りを行っていたら、当時の貴族に気に入られ……それから紆余曲折あり、公爵と呼ばれる立場にまで成り上がったのだとか。
「優秀な鍛冶師と結婚する……でしたよね?」
「うん。婚約者候補とか、他にもお見合いの話とかもあって大変だから……。私、で、出来るのなら好きな人と結婚したいから……そ、それまでその、風除け、偽装の婚約者になってほしく……て。行く当てがないなら、私が用意する……から」
アリシア様は確かに政略結婚の道具として利用されるのは、将来的に分かり切っていたらしい。
こうして隣国であるこの国に足を運んでいるのも、将来の婿探しの側面もあったそうだ。
「だ、だだだだから……一緒に来ない?」
まとめると、そういうことなのか。
アリシア様の言っていることは一応理解はできた。ちょっと話がぶっ飛んでいることを除けば。
「でも、俺は別に優秀な鍛冶師ではないで――」
「フェイクの仕事、よく見ていたけど……この鍛冶課で誰よりも才能に溢れていると思った……よ?」
まだ彼女は顔を赤くしている。
先ほどの発言がまだ残っているのだろうが、そんな顔を向けられるとこちらも照れ臭くなってしまう。
そう言って、アリシア様はぎゅっと手を握ってきて、えへへと笑う。
彼女の照れたような笑顔に、胸がぎゅっと掴まれた。
……やっぱり、可愛い人だ。それだけじゃなく、優しい人なんだ。
いつも、遊びに来た時は俺の近くで、優しく声をかけてきてくれた。
……そんな人だから、俺はアリシア様のことが好きになってしまったんだ。
叶わない恋だと分かっている。アリシア様と俺の間には平民と貴族という身分の壁があったから。
異性として意識しないようにしていたのに……。
「偽装の、婚約者……ですか」
「……う、うん。どう、かな?」
俺がそういうと、アリシア様は耳まで真っ赤にしてこくこく、とゆっくりと首を縦にふる。
「……万が一、偽装の婚約者のまま話が進んだらどうするんですか?」
「えっと……その。し、知らない誰かと結婚させられるより、いいし……う、うん。フェイクとだったら……いい、かなって思って」
頬をかくアリシア様は、顔を真っ赤にしている。
あまり異性とそういった話をされるのに慣れていないのだろう。
……それに、そういうことを平然と言わないでほしい。
男なら、勘違いしてしまうぞ……。
偽装の婚約者、か。
アリシア様の反応があまりにも可愛らしく、ついつい、勘違いしてしまいそうになるがこれはあくまで偽装の関係なんだ。
もしかしたらアリシア様は俺とだってそういう関係になるのは嫌かもしれない。
それでも、行先のない俺に同情して、このように提案してくれたのかもしれない。
……それに、俺だってここでお別れは嫌だ。
アリシア様と結婚できるとは露にも思っていないが、それでももしかしたら彼女の近くで鍛冶師として生きていくことは出来るかもしれない。
ここに残っているよりは、その可能性に賭けたほうがよほど健全だろう。
「俺で、良ければ……あなたの婚約者になりたいです」
「……い、いいの!?」
「は、はい」
……予想以上の食いつきに俺が驚いてしまう。
アリシア様は俺の返事を聞くと、感極まったような表情になった。
「じゃ、じゃあ! 今夜の舞踏会が終わったら一緒に帰ろう、ね?」
そうだな……。アリシア様と同じタイミングで帰らないと、俺一人では彼女の家まで帰るのは難しいだろう。
「は、はい分かりました。出発は月曜日の朝ですよね? 俺も、そこで退職の話をします。……すぐに辞められるかどうかは分かりませんが」
一応、辞める際は二週間前に伝えてほしいという話だったからな。
「分かった。……これまで、全然気づいてあげられなくて、ごめんね」
申し訳なさそうに目を伏せたアリシア様に首を振った。
「アリシア様には、気づかれたくなかったんです。むしろ、これまで隠せていたのなら、良かったです」
「……え? 隠していた? どういうこと?」
「そ、それは……その。まあ、女性に情けないところを見せたくないのが男の性といいますか」
俺がそういうとアリシア様は納得した様子で頷いてくれた。
あ、危ない。何とか誤魔化すことに成功した。
俺がほっと息を吐いていると、アリシア様がこちらを見た。
「その……アリシア様って言わないで」
「……え?」
いきなり嫌われた? 俺が泣きたくなっていると、アリシア様が冗談でも言うように笑った。
「私は……アリシア。婚約者なんだから、立場とか……関係ない、からね」
「あっ、は、はい……そうですね。じゃなくて、そう、だな」
俺が慣れない様子でそういうと、アリシア様は――アリシアは嬉しそうに笑ってくれた。
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