第43話
結婚式当日。
すでに前日からたくさんの貴族たちがバーナストの街へと来ていたし、街全体がお祭りのような状態となっていた。
結婚式に呼んだ貴族は、親しい者たちくらいなのだが、それでもそれなりにいるそうだ。
衣装室でそんな話を聞いていたからか、滅茶苦茶緊張してきてしまった。
これまでに何度も貴族としてのふるまいについては学んできていたとはいえ、実践する場面はあまりなかったからなぁ。
それでも……今日は俺が主役として楽しむ日なんだ。
俺はタキシードへと着替えを終えた俺は、頬を一度叩いて気合を入れる。
鏡に映る俺は……うん、笑顔だ。
タキシードには、もちろんしわ一つない。
鏡で再確認をしていると、衣装室がノックされる。
扉を開けると、レフィがいた。
今日もメイド服ではあるが、いつもよりも綺麗なものだ。
使用人たちも、今日は来客用の衣装であり、皆きっちりしていた。
「フェイク様。ご準備は整いましたか?」
それから、俺はレフィとともに部屋を出た。
彼女の後ろをついていき、隣の衣装室へと入る。
ウエディングドレスを身にまとっていたアリシアと目があう。
……着付けのタイミングで一度見ているとはいえ、本番では以前よりもさらに美しく見えた。
俺はアリシアに笑顔とともに声をかける。
「アリシア、今日も似合ってるな」
「フェイクも、ね」
お互い僅かに照れくささを覚える。俺はアリシアの前に用意されていた席に腰かけた。
「もう少し、会場の準備がありますので、お二人はこちらで休んでいてください。」
「ああ、分かった」
レフィにそう返すと、レフィは部屋を出て行った。
俺とアリシアは向かい合うように椅子に座る。アリシアはウエディングドレスの関係もあり、無駄に動くことはできないようだった。
裾が長いんだよな。これで転ばないかだけが心配だ。
じっとアリシアを見ていると、彼女の視線もこちらを向く。
お互い見つめあい、アリシアが微笑む。
「フェイク。いよいよ、結婚式だね」
「……ああ」
「私たち結婚するんだね」
「そうだな」
「フェイクは、私との結婚で……よかった?」
俺はその言葉に、頷いた。
「よかったって……言うとここで終わりみたいだけど……ここからが始まりだよな」
「……そう、だね」
「お互いが良かったって言えるものにしたいと思ってる」
「……うん、私も」
結婚式は、あくまで始まりだ。
これから長い人生を共にするための、一つのイベントに過ぎない。
大事なのは、これから先だ。
それから少しして、レフィがやってきた。
「それでは、会場の入口にて待機して頂きますので移動をお願いいたします」
いよいよだ。
俺がアリシアのほうに手を差し出すと、アリシアはすぐに掴んで立ち上がる。
「行こうかアリシア」
「うん」
控室の外を出てから少しだけ廊下を歩くと、すぐに目的の扉へとついた。
扉の左右には身なりを整えたバーナスト家の兵士の姿があった。
そこにはいつも以上に身なりを整えたゴーラル様の姿があった。
事前のリハーサルで分かっていたが、まず俺が入場する。
それから、アリシアはゴーラル様とともに入場してきて、ゴーラル様から俺へと渡す、という流れになる。
アリシアの手が離れたところで、ゴーラル様がこちらをみてきた。
「フェイク、緊張しているな?」
「……多少は、していますね」
「リハーサルでは問題なかったんだ。堂々としていればいい」
とん、と背中を叩かれる。
兵士たちが扉を開ける役目を担っているのだが、俺とアリシアはそこで一度足を止めた。
ふう、と大きく深呼吸する。
……この先には、すでに貴族たちが待っているのだろう。
わずかに緊張して体が強張る。
俺が深呼吸をしていると、
「フェイク」
アリシアの呼ぶ声が聞こえ、振り返る。
そちらを見ると、アリシアが笑顔とともに手を振っていた。
「後から行くからね」
「……ああ」
短く返事をして、俺は扉の左右に立つ兵士たちに視線を向ける。
俺が頷くと、兵士たちも同じように返してきてそれから扉がゆっくりと押し開けられた。
「それでは、新郎様のご入場となります」
落ち着いた声が開き始めた扉の奥から漏れ聞こえる。
恐らくは神父のものだろう。
扉が完全に開いたところで、俺はゆっくりと歩き出した。
赤い絨毯がまっすぐに神父のもとまで続いている。
左右の椅子には身なりの整った貴族の方々がいた。
俺の友人用の席には、イヴァスたちの顔もある。結構しっかりとした格好で背筋もぴっしりと伸ばしている。
相変わらずの様子だ。
苦笑を返しつつ、俺は歩いていく。
背筋をまっすぐに伸ばし、早くなりすぎないように心掛けながら。
探るようないくつもの視線が俺へと向けられる。
その視線に……悪意のようなものは今の所感じない。
ただ、純粋に興味を抱いているという様子だ。
多くの人は俺のことを噂程度にしか知らないだろう。
彼らの視線に、俺は堂々としたまま向かっていく。
ここで思う存分俺という存在を示せれば、今後も楽だろうしね。
ずんずんと赤い絨毯を進んでいくと、最前列に腰掛けていたオルレーラさんと目があった。
その隣にはリガードさんや他の兄弟たちが並んでいる。
リガードさん以外はそれほど面識がなかったが、リガードさんは慣れた様子でこちらを見てきていた。
オルレーラさんも微笑を浮かべ、小さく手を振ってきている。
……彼らに軽く会釈をしたところで、俺は神父の前へときた。
神父はこちらを見てそれからにこりと微笑んだ。
「それでは続いて、新婦様のご入場となります」
神父がそういうとともに、扉の奥からアリシアとゴーラル様が歩いてきた。
感嘆の息が漏れたのはアリシアの美しさからだろうか。
俺のときにそんな反応がなかったことは良いことなのか悪いことなのか分からないが、アリシアはゆっくりと歩いてくる。
……何度も見ていたとはいえ、こうして改めて歩いている姿を見ると様になる。
二人がゆっくりと俺の前できたところで、ゴーラル様の手から離れアリシアが俺の隣に並んだ。
それから、俺たちは神父のほうへと体をむける。
「それではこれより、お二人に誓いを確認させていただきます」
神父がそう言ってから、こちらへと視線を向ける。
「新郎フェイク。あなたはここにいるアリシアを病める時も健やかなる時も妻として愛することを誓いますか?」
「誓います」
俺がそういうと、神父の視線は次にアリシアへと向いた。
「新婦アリシア。あなたはここにいるフェイクを病める時も健やかなる時も夫として愛することを誓いますか?」
「誓います」
アリシアも同じように答えると、神父は満足げに頷いた。
それから、彼は視線をを台座の方へと向ける。
控えていた使用人が台座を運んできて、俺とアリシアは振り返るようにして客席の方を見る。
台座が置かれ、そこには俺が用意した儀礼剣がささっていた。
シンプルなデザインの鞘に、教会内の空気がわずかに変わった気がしたが、俺たちは気にしない。
ゴーラル様と話して決めたのが、この剣だからだ。
「それでは、バーナスト家としての最後の誓いを執り行ってください」
俺とアリシアは二人で柄へと手をのばし、それからゆっくりと鞘から剣を抜いた。
皆に見せつけるように二人で剣を突き上げる。
その瞬間、いくつかの感嘆の息が漏れた。
俺の剣に対して、一部の人たちから注目が集まっているようだった。
今日の儀礼剣は俺が製作したと皆には伝わっているので、少しは皆を納得させられただろうか?
……その結果は、分からない。
でも、俺もアリシアも、今を楽しんでいる。
それだけで、十分だ。
剣を突き上げたのは数秒程度だ。
俺たちはゆっくり鞘へと剣を戻し、あらためて神父へと向かう。
これで、結婚式自体は終了だ。
次は会場を移しての披露宴だったよな、なんて考えていると、
「それでは、最後に誓いのキスとなります」
神父の言葉に、脳ががつんと殴られたような衝撃を受けた。
一瞬脳が理解できず、
「……え?」
戸惑いの声が漏れた。
誓いのキスなんてリハーサルのときにはなかったぞ!?
驚きながら視線だけをゴーラル様とオルレーラさんに向けると、二人は口元を緩めていた。
その隣に座るリガードさんも同じような表情だった。
驚いていると、腕をくいと引っ張られる。
視線を向けると、そちらにはアリシアがいて頬を赤らめながらこちらを見てきた。
「……」
黙ったまま目を閉じた彼女に、緊張は吹き飛んだ。
俺はゆっくりと彼女の顔へと近づき、そっと口づけを行った。




