第29話
「二人とも、今日はデートなのかい?」
からかうような調子の街のおばちゃんに、アリシアは苦笑する。
「残念ながら、今日は違うんだ。これからフェイクの鍛治工房に行く」
「フェイクくんの鍛治工房?」
「うん。今お店やってるから、そのお手伝い」
「あっ、そっか。フェイクくんは鍛冶師だからか。なるほどねぇ……それじゃああんまり邪魔しちゃだめだね。ほら、みんな道開けてあげないと!」
なんだかおばちゃんはこの集団のまとめ役かのような様子で声を上げて手を叩いている。
おばちゃんの声に合わせ、道が切り開かれていく。
……なぜか、人々による通路ができてしまっていて、俺たちはその間を通っていく。もちろん、護衛たちも目を光らせてくれているようだ。
ただ、護衛がいなくともアリシアに何かしようとする人は少なそうだ。領民たちの柔らかな表情に自然とこちらも笑顔になる。
「それじゃあね、二人とも」
「結婚式の日、楽しみにしてるからねー」
おばちゃんの言葉に合わせ、皆はそれぞれ応援するような言葉をかけながら歩いていく。
……皆、いい人たちだなぁ。
先程集まっていたのはどちらかというと年配の人が多く、皆アリシアのことを娘のように見ていたに違いない。
……万が一アリシアを泣かせるようなことがあれば、俺は領民全員から襲撃されるかもしれない。
もちろん、俺はそんなことをするつもりはまったくもってない。
ただ、より一層気をつけていこうと思った。
そんなことを考えたところで、俺たちの周囲に集まっていた人たちは完全にいなくなり、いつも通りの日常が戻ってきた。
街の人たちが離れたのに合わせ、護衛の兵士たちも少しだけ遠くのポジションへと戻り、俺たちは歩き出した。
今歩いている場所が商店街のような場所だからか、俺とアリシアに気づいた先程の人たちが手を振ってくる。
それに対してアリシアは手を振りかえし、俺も同じように真似をする。
「結婚式のあと、街を馬車で移動するときはこんな感じの対応になると思う」
なるほど。
それならば、これは予行演習のようなものだと思えばいいか。
再び歩き出した俺は、ふと浮かんだ疑問を問いかける。
「アリシアは結構こういう対応していたんだよな?」
「まあ、バーナスト家の基本的な方針としてね」
「……ってことは、バーナスト家だけのしきたりみたいなものなのか?」
「同じようなところもあるけど、家によって対応の仕方はちょっと違うかな」
「やっぱり、そうなんだな」
「バーナスト家では、基本的に領主はどんと構えて、他の子たちが領民と近しい関係を築いて情報を集めるようにしている。だから、私の仕事……かな?」
改めてアリシアに話を聞いて、俺は納得する。
貴族と平民では確かに一定の距離を取るべきだが、取りすぎてしまえば領民の不満なども耳に入らなくなるかもしれない。
気付けば不満がたまりにたまり、謀反のような何かしらの損害となって表出する可能性だってある。
……貴族と平民の関係って意外と難しいんだな。
そんなことを考えていると、鍛冶工房についた。
昨日開店の準備はしていたので、中に入ってからやることは少ない。
アリシアも一ヵ月のブランクを感じさせないてきぱきとした動きで、開店の準備を進めていく。無駄のない見事な動きに……見とれている場合ではない。
「今日は私がお店に立つから、フェイクは工房で作業しててもいいからね」
それなら、オーダーのほうを進めていこうかな。
あっ、でも今日の分はすでに終了しているから明日以降の予約確認をしておかないとだよな。
……でも、そうなるとまずは予約してくれた人に会いに行かないといけないので、それだと一度工房を離れる必要があるな。
「それなら、ちょっと店を空けてもいいか? 昨日予約のあった人たちに話を聞きに行こうと思うんだけど」
すでに今日手渡す予定の商品はすべて出来上がっている。
彼らには直接渡そうと思っていたが、それも午後からだ。
念のためにと時間の余裕をもって伝えていたが、これなら午前でも良かったなぁ。
アリシアは俺が昨日引き受けた予約の名簿を確認しながら、いくつかの質問をしてきた。
俺が昨日行っていた対応について引き継ぎを終えたところで、アリシアがこくりと頷いた。
「うん、大丈夫。それじゃあいってらっしゃい」
「ああ、行ってきます」
アリシアに頷いてから、俺は何人かの護衛とともに工房を離れた。
予約の名簿に視線を向ける。
ここには名前と泊っている宿屋とだいたいいつもいる時間などが書かれている。
今回のように作業が早く進んだ場合に直接話を聞きに行けるようにという理由からだ。
上から順番に、と行きたいがすでに宿を出てしまっている人もいるだろう。
とりあえず、上から順番に対応していって、今日のオーダー作業を確認していこうか。




