第19話
「もちろんです」
俺が答えるとゴーラル様は僅かに首を縦に振る。
「ありがとう。……それにしても、フェイクがリガードにそう感じたということは、相変わらずの部分はかなりあるようだな。アリシア、どうだった?」
ちらとゴーラル様がアリシアを見る。
アリシアはゴーラル様の問いかけに、苦笑していた。
その表情から、ゴーラル様は色々と察したようで、アリシアと似たような顔になっている。
「ちょっと激励はしてきたし、シーフィがいるから改善してほしい……って感じかな」
「シーフィも残ったままか。オストルア家のほうも話をしてきたが、まあリガードと一緒にいてくれたほうが安心か」
「うん、安心」
シーフィさんのことというよりもリガードさんに対して言っているのだろう。
もちろん、シーフィさん自身がリガードさんと一緒にいたほうが、精神的な面で落ち着けるというのもあるかもしれない。
しばらくそんな話を和やかにしていると、ゴーラル様が改めて真剣な目つきとともに俺たちを見てきた。
「さて、リールナムから戻ってきてもらった理由だが……二人とも手紙は確認してくれたか?」
もちろんだ。
俺にとっては、これが本題だった。
俺とアリシアは顔を見合わせた後、ゴーラル様を見た。
「うん。私たちの結婚式の話、だよね?」
「ああ、一応結婚式の詳しい日程については六か月後程度と考えている。二人の服に関してはすでに作り始めてもらっていて、それの出来上がり次第で前後はするだろうが、そのつもりでいてくれ」
事前に聞いていたとはいえ、六か月後か。
……長いようであっという間だよな。
俺が宮廷鍛冶師をやめてから、すでに三か月ほどが経過しているが、その間だってあっという間だった。
残り六か月なんて、準備をしていればすぐに来るだろう。
「分かりました」
「うん」
俺とアリシアはゴーラル様の言葉に合わせて頷いた。
俺の表情が強張っていたのだろうか。
ゴーラル様が言葉を続ける。
「まあ、安心していい。何か特別なことをするということはない。結婚式の当日に向け、事前に段取りの確認をするとはいえ、それも早くて二か月前か、一か月前にでも始めればいいだろう。来客の予定も、バーナスト家と近しい家の者だけにする予定だから、そう緊張しなくとも大丈夫だ」
……もしかしたら、俺のことを気遣っての対応なのかもしれない。
反射的に頭を下げる。
「ありがとうございます」
「いや、もともと誰と結婚するとしても、規模はそのくらいになる予定だ。気にするな」
「はい」
頷くとゴーラル様も同じように首を縦に振った。
「話は以上になる。二人とも、今日は旅で疲れているだろう。もう休んでいいからな」
元々、俺たちにこの話をするために呼んだのだから、これで話は終わりなのだろう。
ただ、俺も話したい事があった。
一段落がついたのを確認したところで、俺は小さく手を挙げた。
「あの、ゴーラル様。一つだけいいでしょうか?」
「なんだ?」
俺はそこでこほんと一つ咳ばらいをする。
……わずかばかりの緊張を胸に抱きながら、俺はゴーラル様をじっと見た。
「まだ、俺は直接ゴーラル様に話をしていなかったので、改めて言わせてください」
「改めて? 一体何の話だ?」
ゴーラル様が首を傾げ、アリシアも同様にこちらを見てきた。
この話はアリシアにもしていなかったので、疑問といったところだ。
俺はそんな二人の視線を受けたところで、すっと頭を下げる。
「俺はアリシアのことが好きです。だから、俺とアリシアの結婚を認めてください」
俺はそう宣言してから顔を上げる。
……すでに結婚式の話も出ているのに何を言っているんだ、と思われたかもしれないが、俺としてはまだそれを正式には伝えていなかった。
これまでの関係はすべてアリシアが主導であったり、ゴーラル様が進めていって出来上がったものばかりだ。
だから、改めてゴーラル様に伝えたかった。
自分の気持ちが本物であることを。
俺の言葉を受けたゴーラル様はじっとこちらを見てきた。
「鍛冶師としてももっと成長します。何より、アリシアへの想いは本当です。ですから、お願いします」
事前にいうことは色々と考えていた。もっとかっこいい言葉も考えてはいたのだが、いざこの場になって俺の口から出てきた言葉は、支離滅裂なものだったかもしれない。
自分の想いのままに、伝えてからだ。
今更訂正するほうが情けないだろうと思い、俺はすっと顔を上げてゴーラル様を見た。
視線があったゴーラル様はいつもの厳しい表情とともに黙ってこちらを見ていた。
それから、ふっと息を吐いて口を開く。
「貴族の結婚に――」
そう前置きをしたゴーラル様は、じっとこちらを見てきた。
「愛などはあまり優先される要素じゃないことが多い……いや九割以上はそうだろうな」
ゴーラル様の言葉に、俺は頷いて答える。
「……そう、なんですね」
もちろん、そういった話は良く聞いていたので知っているが、自分が経験したことはないのであくまで受け身な返答を行う。
「平民からすれば馴染みは薄いだろう。貴族は家同士の関係が大切で、その関係の構築に最適なのが子同士の結婚だからな」
「はい」
「だが、今回は少し違うな」
そう言った後、ゴーラル様の目つきが鋭くなる。




