第13話
最終的にこの話になるだろうし。
オルレーラさんはニコニコとした笑顔とともに屋敷へと向かって歩いていく。
その後を追いかけるように俺も歩き出した。
隣に並んでしばらく歩いていくと、オルレーラさんが視線をこちらへと向けてきた。
「ねぇフェイクちゃん。アリシアちゃんとの結婚に不安はない?」
「……それは――」
その問いを投げてきたのは、もしかしたらリガードさんかシーフィさんから聞いたのかもしれない。
全くないわけではない。
ただ、その気持ちをオルレーラさんに伝えてしまうのはどうなのだろうかという思いもあった。
僅かに言葉に詰まってしまったのを、オルレーラさんは肯定ととらえたようだ。苦笑とともに口を開いた。
「もちろん、まったくないわけないよね。うんうん、私も同じような気持ちだったから分かるかな」
俺の表情からすべてを察したのか、オルレーラさんが肯定するように頷いた。
そう言ってもらえると、話もしやすい。もしかしたらオルレーラさんはそこまで考えて今のような発言をしたのかもしれない。
「……オルレーラさんも不安だったんですか?」
俺の問いに、オルレーラさんは頬をかきながら困ったように微笑む。
「私の場合はまた少し理由も違うけどね。……ほら、リーンの残したアリシアちゃんを立派に育てられるかどうかっていう不安、とかかな?」
オルレーラさんは、そりゃあそうだよなっていう悩みだ。
血の繋がりがあっても親子というのは難しい。
アリシアとの間に血縁関係はなく、ましてや公爵家の娘なのだから余計に重圧に感じるだろう。
でも……オルレーラさんは立派にその役目を全うしたはずだ。
今のアリシアを見ればオルレーラさんが立派にアリシアを育てたのは誰が見ても明らかで、オルレーラさんを批判できる人はいないはずだ。
オルレーラさんの悩みは俺なんかよりも随分と大きなもので……なんか俺情けないな。
「……なるほど。それだと俺の悩みなんて俺個人の問題です。恥ずかしいですね」
「悩みがあるって悪いことばかりでもないのよ?」
そんなことあるのだろうか。
「どうしてですか?」
「だって、それだけアリシアちゃんとの関係を本気に思っているからこその悩みよね?」
笑顔とともにオルレーラさんに言われ、俺はうっと言葉を詰まらせる。
確かに、オルレーラさんの言うことは正しいが、それをはっきりと言われると恥ずかしいものがある。
先ほど言葉に詰まってしまったこともあり、俺は小さく頷き、一つ咳払いをして喉の調子を整えた後に、口を開いた。
「それは、そうです。たぶん、俺はアリシアの夫として人前に出て、貴族のように振る舞う機会はほとんどないんだと思いますけど……その少ない機会にアリシアやバーナスト家の名前を傷つけてしまうこともあるかもしれないと思ってしまう部分はあるんですよね」
俺が表に立つことはほとんどないだろう。
ただ、だからこそ余計表に出た時には注目が集まるはずだ。
それこそ、一挙手一投足に注目され、指摘を受けるかもしれない。
何より、鍛冶師の腕にだってムラがある。その鍛治の腕も批判される可能性があり、俺はそこに不安を感じていた。
「あー、確かにそういう不安は私もちょっと考えたことはあるかな?」
「オルレーラさんほどの人でもですか」
「私なんてそんな大したことないわよ」
オルレーラさんは苦笑とともにそう言ってから、人差し指を立てて誇らしげに言う。
「でもまあ、貴族だからってそんなに気張らなくても案外どうにかなるわよ?」
「どうにか、ですか」
「ええ。貴族って言っても同じ人間なのよね。だから、誠心誠意な気持ちを持って接すれば、多少貴族としての振舞いに難があってもそう人の周りには同じような心持ちの人が集まるの。嫌なこと言ってくる人とは、そもそも馬が合わないんだから表面だけの関係で無理にしなくてもいいのよ」
「……」
オルレーラさんはふざけるような調子で舌を出した。
……貴族と平民。この両者には大きな違いがあると思っていたし、実際違いはある。
ただ、オルレーラさんの言う通り別に、怯えすぎる必要もないのかもしれない。
今までに出会ってきた貴族たちだって、良い人悪い人はたくさんいた。
宮廷の鍛冶課の人たちとゴーラル様たちが同じ貴族な訳がない。
これまでだって何度も貴族から見れば無礼なことをしてきた可能性はある。
……それでも、ゴーラル様やリガードさん、シーフィさんが俺に何か叱責してきたということはなかった。
オルレーラさんの言葉に、納得していると、オルレーラさんは冗談めかして笑う。
「あっ、もちろんゴーラルみたいに領主ともなると多少は関わらないといけないけどね。フェイクちゃんのときはリガードが全部引き受けてくれるから安心して」
「……そうですね」
リガードさんに聞かれたら「えええっ!?」と声を上げそうだったが、オルレーラさんの言う通りかもしれない。
誠心誠意な気持ち、か。
それを大切にしていけば、大丈夫なのかもしれない。
「それに、あなたのことはリーンも認めてくれたと思うわ」
「リーンさんが、ですか?」
俺の問いかけに、オルレーラさんは小さく頷いた。
「フェイクちゃん、ちょっとおかしな話をするけど、いい?」
「……あっ、は、はい」
オルレーラさんがわざわざそう前置きをするなんて……よほど変な話なのだろうか?
しかし、オルレーラさんの表情は真面目なものだった。
「この世に未練を持ったまま亡くなってしまうと、幽霊になってしまうって聞いたことない?」
「……そう、ですね。聞いたことはあります」
俺はあまりそういった話を信じてはいなかったが、この国ではもしかしたら信じる人も多いのかもしれない。
かくいう俺だって、幽霊と実際に出会っているわけだしな。




