第17話
アリシアとともに食堂へとついたオレは、そこに出された食事を目の前にして、感慨深い気持ちになった。
久しぶりだな、こうして食事をするのは。
ここまでの旅の道中は、野宿気味に食事をすることが多かった。
そのため、こうして席についていざ朝食の時間となったところで、俺は唇をぐっと噛んだ。
俺は目の前に置かれた焼き立てと思われるパンに手を伸ばす。ふにふにとして柔らかい。……そういえば、朝鍛冶工房に移動するまでにパンの焼けるいい匂いがしていたな。
毎朝焼いているのだろうか?
俺は宮廷で仕事をするということになってから覚えた最低限のマナーを必死に使って、食事を行っていく。
ぱくりとパンを口にくわえた。柔らかな食感。そして、ふわふわとした優しい温かさが口一杯に広がる。
……うまい、うますぎる。
「ど、どうしたの……?」
「え?」
「な、泣いているから……!」
アリシアが心配そうに俺の方に体を寄せてきた。持っていたハンカチで頬に伝う涙をぬぐってきた。
「……わ、悪い。その久しぶりにこうしてゆっくり食事をしたな、と思って……」
それに、誰かと一緒に――。
鍛冶課に泊まり込みで仕事をして、時間がなく食事がとれない日も珍しくはなかった。
食事するにしても、すぐに食べられるものを飲みこむように食べることしかできなかった。あるいは、仕事をしながら……だった。
味わって食べるなんてことは出来ず、ここ最近の俺は食事をただ生きるためだけに仕方なくとっていたに過ぎなかった。
俺がそういうと、アリシアが頬に伝う涙をぬぐってきた。
「大変、だったね」
「あ、ああ。ありがとな」
「うん……ゆっくり、食べてね。一杯あるから」
にこりと笑いかけてきたアリシアに、俺はこくこくと頷いた。
美味しい朝食を味わった俺は、それからアリシアとともに屋敷を出た。
街の案内をしてもらうことになっていた。
隣にいたアリシアは外を出歩くために、フード付きの衣服となっていた。
一応姿を隠すためだ。
街の人全員が知っているわけではないが、たまに祭りなどで父とともに挨拶をしているため、街に住み着いている人には顔を覚えている人もいるからだ。
そんなバレるものなのだろうか? と俺は思っていた。一平民の俺には領主様の顔だって朧気だった。
しかしどうやら、アリシアの場合は話が違う。
アリシアはその美貌から街の人たちの間で人気なんだそうだ。レフィが話していた。
アリシアの方をちらと見ると、アリシアと目が合った。
こちらを見上げてきたアリシアがにこりと微笑んだ。
「い、一緒にデート、だね」
デート、か。確かに今この状況はアリシアの言う通りデートであった。
照れくささがある反面、疑問もあった。
「そう、だな。でも、ここまでする必要はあるのか?」
「え……?」
なぜか絶望的な表情をされるアリシア。
そんな、今にも泣きだしそうな顔をされるとは思っていなかった。罪悪感が心を侵食してくる。
俺は慌てて先ほどの発言の意味について伝えた。
「ほ、ほら偽装の婚約者……だろ? だからその、わざわざアリシアの時間を使ってデートとかする必要はあるのかなぁってさ。今俺がゴーラル様に認められていないのも、俺が鍛冶を頑張ればどうにかなるんじゃないかなって思っていたしさ」
……つまりは、そういうことだ。
アリシアは他のどこぞの知らない誰かと結婚させられるのが嫌で、俺との結婚にしたのだ。
わざわざ、デートをする必要はないのではないか? と思っているわけだ。
ゴーラル様が俺を認めない理由だって、俺たちの間に愛があるかとかそういったものを疑われているんじゃないしな。
アリシアにとって所詮俺は偽装の関係だ。わざわざデートをするメリットが彼女にあるとは思えなかったのだ。
「そ、それは――」
アリシアは慌てた様子であった。必死な表情で何かを考えている。
「ゴーラル様は優秀な鍛冶師と結婚させたいとは話していましたが、それなりにアリシア様の心配もされていました。アリシア様が愛のある結婚が出来るように、とも考えていました。ですから、ゴーラル様へのアピールというわけですね」
「うお!?」
にょきっと脇から現れたのはレフィだ。
……と、遠くから護衛のため監視はすると聞いていたが、まさかここでいきなり話しかけられるとは思っていなかった。
「そ、そうなんだよ。だ、だから私にとってもこのデートは大事なの。だから、その気にしないで」
「あ、ああ」
アリシアがまくしたてるように言うものだから、そのまま押し切られてしまった。
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