第1話
「あっ、フェイク様。今よろしいでしょうか?」
廊下を歩いていた俺のもとへ、一人の使用人がやってきた。
メイド服を身に着けたその使用人は、どこか少しだけ急いだ様子であった。
俺の前で足を止めた彼女はしばらくの間、呼吸を整えるよう深呼吸をしていた。
どうやら、俺のことを探し回っていたようだ。
使用人の様子を見て、申し訳ない気持ちになった俺は頬をかいていた。
特に目的なく屋敷の中を歩いていたからだ。
俺が部屋にいれば、これほど疲労することもなかっただろう。
とはいえ、今更どうしようもない。
俺は彼女を労うつもりで、笑顔とともに問いかけた。
「どうしたんだ?」
「リガード様がフェイク様に来てほしいとのことです」
「リガード様が……? 何かあったのかな?」
わざわざ呼び出しを受けるなんて嫌なことがあったのではと勘ぐってしまう。
俺の質問に、メイドは首を横に振る。
「それは……分かりませんが。いつ頃向かえますでしょうか? 何か御用時があればそれを伝えに行きますが」
「いや、これからすぐに向かうから大丈夫だ。書斎に向かえばいいのか?」
「はい。書斎にいますので、向かって頂ければ大丈夫かと思います」
「分かった。伝えてくれてありがとね」
俺が笑顔で言うと、使用人は慌てた様子で首を横に振った。
「いえ、そんな気にしないでください! これが私の仕事ですし! そ、それでは!」
使用人はまくしたてるようにそう言って、それから頭を深く下げるようにお辞儀をして、去っていった。
俺としては普通にお礼を言ったつもりなのだが……まだちょっと堅いのだろうか?
使用人の方たちにいつも通りに接するとあんな感じで返されてしまう。
使用人からすると俺はアリシアの婚約者であるため、かなり上の立場に感じているようだ。
いや、まあ実際そうなのかもしれないが……俺としてはこれが普通なので難しいところだ。
もちろん、アリシアの婚約者としての威厳がなくならない程度は意識しているが、かといって威張るとかそういうのは違うだろうし……。
難しいんだよなぁ。
しばらくそこで頭を悩ませていたが、こうしてはいられない。
先ほどの使用人の口ぶりから急ぎの用事ではないだろうが、リガードさんを待たせるわけにはいかない。
俺はリガードさんの書斎を目指し、歩き出す。
向かいながら廊下の窓を見ると、窓から強い陽ざしが差し込んでいるのが見えた。
廊下を部分的に照らすその日差しは、もちろん貴重な日光なのだとは思うが夏の日光は厳しいものだ。
人によっては気にしないのかもしれないが、俺は気にする。
まあ、だからこそ俺は室内で散歩をしていたんだけど。
屋敷内は、魔道具のおかげで冷風が送り込まれ、外と比較すると快適な生活を送れている。
それでも人の出入りによって外から熱風が屋敷内へと送り込まれると、思わず顔を顰めたくなるほどだ。
だからこそ、思う。
すれ違う使用人の方々には、外で作業をされている人もいるため本当に凄い。
そんなすれ違う人たちに挨拶をかわしながら歩いていると、向かいにアリシアの姿を見つけた。
アリシアはぴんと伸びた背筋に、落ち着いた様子で歩いていく。
彼女はまっすぐにある場所を目指しているようだ。
その方角はリガードさんの書斎があるほうだ。
もしかして、アリシアもリガードさんに呼ばれているのだろうか?
「アリシア」
後ろから名前を呼ぶ。
俺の声に反応して振り返ったアリシアは、最初こそ強張っていたがすぐに柔らかなものとなる。
花開くような笑顔のアリシアに近づき、向かい合う。
「フェイク。どうしたの?」
「いや、ちょっと散歩してたんだけど、リガードさんが俺を呼んでいるみたいでな。これからリガードさんの書斎に向かうんだ」
「散歩? 屋敷内?」
あっ、ちょっと口元が緩んでいる。
出不精と思われたんだろう。
俺は言い訳がましく言葉を並べる。
「……まあ、そう。ほら、暑いだろ?」
「うん、でも鍛冶工房のほうが暑いから、フェイクはこのくらい大丈夫なのかと思った」
アリシアの言う通りではあった。
ここが鍛冶工房ならば、俺は案外平気なんだよな。
なぜなら、鍛冶をしているときなら季節や気温なんて気にならないからだ。
だけど、日常生活を送っている間は違うんだ。
「鍛冶しているときはなんか大丈夫なんだよ。……そういうのないか?」
「ないと思う。それにしても、フェイクも兄さんに呼ばれたんだ」
苦笑しながらアリシアは本題へと戻し、その内容に俺は思わず問いかける。
「フェイクも、ってことはやっぱりアリシアも呼ばれたのか?」
「うん。私も呼ばれたんだけど……用件は同じ、なのかな?」
アリシアと俺を呼ぶってことは、一緒に話しても構わない内容ってわけだもんな。
「どうなんだろう? でも、俺とアリシアを呼ぶって……まさか、また何か問題でも起きたのかな?」
「……あり得ない話、ではないと思う」
わざわざ俺とアリシアを両方呼ぶのだから、何かしらの理由があるのは確かだ。
リガードさんがわざわざ呼ぶとなると、色々と嫌な想像を掻き立てられる。
「何か心当たりはあるか?」
「ううん。でも、悪いことではない……と思う」
「どうしてだ?」
こうしてわざわざ呼びつけられたのだから、悪いことだと俺は考えていたがアリシアは違うようだ。
その根拠には、リガードさんだから、というのもある。
しかし、アリシアは笑みを浮かべた。
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