第32話
休憩の後、俺たちは順調に進んでいった。
リガードさんが散々嫌がっていたため、もっと危険なのかと思っていたが信じられないほどにあっさりだった。
……まあ、これもリガードさんが念入りに準備していたからなのかもしれない。
長い通路の先に、大きな広間が見えてきた。
これまでのどの広間よりも大きいそこに入る前に、リガードさんが足を止め、振り返った。
「恐らく、この先が迷宮の最奥になる。一度、休憩を挟んでから中へと入ろう」
他の迷宮の前例から、そこが最奥になる可能性が高いと予想したリガードさんがそう宣言した。
リガードさんの言葉に俺たちは頷き、すぐに休憩を取り始める。
迷宮に入ってから八時間ほどが経った。
何度も休憩を挟んでこそいたが、皆も疲労が見え始めてきたようで、座るだけではなく横になる人もいた。
この迷宮がいくら簡単とはいえ、常に警戒しながら移動しているのだから疲労がたまるのは当然だ。
皆の武器を受け取った俺は、鍛冶師としての仕事を行っていく。
やはり、皆のエンチャントも破損が目立ち始めている。
奥にいけばいくほど、魔物の魔力も濃くなっているのだから仕方ないか。
すべての武器のエンチャントを修復し、それぞれの所有者に返却していく。
それから俺も休憩をとるために座ると、リガードさんがこちらへとやってきた。
その表情は険しいもので、観察するように皆を見ていた。
「リガードさん、状況はどうなんですか?」
「まあ、予定よりは疲労していないとは思うな」
「そうなんですね」
「ああ。オレの最悪の想定では、ここで何名かが戦いに参加できないほどに疲れていると思っていたからな。道中の魔物に思ったよりも襲われなかったし、何よりフェイクの武器のおかげだな。フェイクの剣は切れ味抜群で、ビイレア魔鉄製の武器とは思えんほどだからな」
「力になれたのなら良かったです」
「本当に助かっているよ。滅茶苦茶早く作り上げてしまったときは、こにゃくそ……! と思っていたが、兵士の腕を一ランク上げるほどの武器を用意してくれたんだから嬉しすぎる誤算だ」
リガードさんの言葉に、苦笑を返す。
俺もリガードさんと同じように皆へと視線をやる。
「ここまで特に問題なくて良かったですね。アリシアの回復魔法も使ってないですし」
「本当にそうだな……だが、迷宮でもっとも大変なのはここだからな。ボスモンスターが一体どんな魔物なのかは分かっていないんだしな」
「心配はありますが……大丈夫ですよ。皆さん、かなりの実力者ですし」
ここに来るまでで十分実力は分かっている。
どれほどのモンスターが現れようとも、恐らくは問題ないだろう。
「そうだな。何も起きないことを祈るしかないな」
リガードさんがそう言ってから、目を閉じた。
彼の休憩を邪魔しないように、それ以上は口を開かず、俺も休憩に努めた。
……万が一の場合は、俺も戦う可能性もあるからな。
これまでも軽く体を動かすことはあったが、ほとんど何もしていない。
ただ、いざというときにアリシアを守れるように動く準備をしておかないとな。
「それじゃあ、先に進もうか」
休憩が終わり、リガードさんの言葉に合わせ、兵士が進んでいく。
俺たちもその後を追うようにして後をついていき、大きな広間へと踏みこんでいく。
本当に大きな広間だ。壁までが遠く、天井までもかなり高い。
これまでの窮屈な感じとはまるで違う。まるで、大型の魔物が動くためのスペースを確保しているかのようだった。
そして、どこを見回しても先に進む通路はない。
ここが、最奥で間違いないだろう。
次の瞬間、空気がぴりっと変わった気がした。
そして、これまでの魔物のように姿を現したのは、蜘蛛のような姿をした生物だ。
だが、大きい。
大きく感じた広間を目一杯埋めるような姿をした蜘蛛が完全に顕現すると、威嚇するように腕を振り上げ、雄たけびを上げた。
雄たけびの衝撃が体を突き抜ける。
「な、なんという迫力だ……」
兵士の一人が震えるようにそう呟くのが聞こえた。
確かに、恐ろしい魔物であるのは間違いない。
しかし……以前対面したホーンドラゴンと比較すると、明らかに格が劣っている。
……そのおかげもあり、俺は冷静に状況を見守ることができた。
ここにいる人たちが力を発揮できれば、まず間違いなく勝てるだろう、と。
「魔物は恐らく、ゲインスパイダーだ! 皆、すぐに戦う準備を整えろ!」
リガードさんの指示が出ると同時、蜘蛛がこちらへと糸を吐き出してきた。
俺たち全員を狙うような攻撃だ。
レフィが俺たちを庇うように前へと出て、それを捌く。
おかげで、俺もアリシアもまったくの無傷だ。視線を前線へと向けるが、そちらも皆かわしている。
俺は斬られた蜘蛛の糸を手に取る。……かなり硬いな。
俺が持っていた剣で軽く触れてみると斬ることはできたが、この剣でなければ対応できなかったかもしれない。
「今だ! 魔法を放て!」
リガードさんの声に合わせ、魔法が放たれていく。
ゲインスパイダーはその巨体ゆえに攻撃をかわすことはできず、すべての魔法を喰らっていく。
「ギャピィ!」
悲鳴を上げながら、ゲインスパイダーは何かを放った。




