第30話
兵士が光魔法を通路の先へと放つと、そちらに魔物の姿が見えた。
ゴブリンだ。
三体のゴブリンたちはこちらへと気づき、獲物を見つけたとばかりに喜びの声を上げている。
それに対して、兵士たちはすぐに隊列を整える。
前衛が三人。さらに後衛が二人。
残りの五名が周囲の警戒へと当たっている。
戦闘はすぐに始まった。
ゴブリンたちは連携のれの字もないでたらめな攻撃を繰り返し、兵士たちはそれをあっさりと退ける。
はっきり言って、相手にならなかった。
すぐに討伐が終わったときだった。再び先程と同じような音が響いた。
また、魔物が出現するのだろう。
視線を向けると、後衛たちの背後……俺たちと兵士たちを分断するようにゴブリンが現れた。
すぐに後衛へと襲い掛かるが、彼らもまるで戦闘ができないわけではない。
ゴブリンたちをうまくさばき、すぐに兵士たちは連携して追い詰めていく。
「……迷宮はこれがあるから嫌なんだ。有利だと思っても油断すればすぐに追い込まれる可能性があるからなぁ」
リガードさんがぼそりと呟くように言った。
確かに、この仕組みを知らないと不意打ちでやられてしまうこともあるだろう。
そんなことを考えていたときだった。俺たちの背後から音がした。
「今度はこっちか」
リガードさんがそう言いながら、腰の鞘へと手を伸ばす。
そして、まだ魔物が生み出されるより先に、剣を振りぬいた。
ほぼ同時だった。魔力が集まっていき魔物の姿を形どろうとした瞬間に、リガードさんの剣が刺さる。
「ぎゃあ!?」
短い悲鳴とともに、ゴブリンは絶命し、リガードさんはにやりと笑う。
「魔物は出現してから動き出すまでに時間があるからな。その隙をついてしまえば楽に仕留められるんだ」
兵士たちは前衛で戦っているためか、リガードさんはいつもの調子で話してきた。
「……なるほど」
「これ、めっちゃ楽だから。おすすめだぞ、フェイク」
「……分かりました。機会があれば、試してみます」
「ああ。例えば次に迷宮が出現したときなどはフェイクを攻略班のリーダーにしてあげるからな」
「それは、リガードさんに譲りますね」
「ふぇ、フェイク……っ」
リガードさんが残念がるような声を上げた。
彼が熱心に俺に指導しているのは、俺を自分の後釜にしたかったからなのかもしれない。
「……とりあえず、これで魔物はいなくなったみたい」
アリシアがほっとした様子で俺の腕から手を離した。
離れてしまった、という気持ちが生まれ、反射的に口を開いた。
「別に、そばにいてくれてもいいんだぞ?」
「……からかわないで」
「いや……そうじゃなくて……一緒にいたほうが、安全だと思うし」
俺がそういうと、リガードさんがこちらへと顔を向けてくる。
「ん? フェイク、言い方が違うんじゃないか? アリシアにそばにいて欲しいということだろう? んん?」
リガードさんはここぞとばかりに顔を近づけてからかってくる。
……こ、この人は。
ただ、リガードさんが言うような感情が全くなかったと言えば嘘になる。
しかし、それを認めるとなるとアリシアにくっついていて欲しいというわけであり、それはアリシア的に嫌かもしれないのでは、という葛藤があり……
「……アリシア。えっと、その――」
……濁すような言葉しか口に出せなかった。
これでは、リガードさんの言葉を肯定するのと同義じゃないかっ。
じとっとアリシアがこちらを見てきて、やばい、嫌われたかも……と思っていると、
「……もうちょっと、くっついているね」
彼女がぴたりとくっつくようにして腕に抱き着いてきた。
その様を見ていたリガードさんが、ぽつりと口を開く。
「あー……オレも健気な婚約者だったら良かったのになぁ」
「兄さんももっとしっかりすればいいのに」
「しっかりしているだろう」
「どこが」
「それはもう、ほら人前では?」
「シーフィの前ではどうなの?」
「……さて、先を急ぐとしようか」
前での戦いも終わったため、リガードさんは猫かぶりモードとなって先を促すように口を開いた。
幸い、怪我人は出ていないのでアリシアの出番はないようだ。
ちらと見てみたが、武器もまだまだ問題はなさそうなので、俺たちもその後をついていった。




