第29話
護衛の人の言葉通り、迷宮に到着した。
こうして実際に見るのは初めてだ。
入り口は小山のようになっていて、子どもが造った秘密基地のようにも見える。
しかし、中は魔物蔓延る危険地帯となっている。
兵士たちの馬車も到着し、迷宮の入口を囲むように止まった。
リガードさんが馬車の外へと出るときには、すでに情けない顔はすっと引っ込んでいた。
その表情は次期領主として相応しい険しい表情だ。
ゴーラル様の息子だと言われれば、そう納得をせざるを得ない迫力だ。
俺としては、相変わらずの切り替えだ……と驚かされていた。
俺もリガードさんの後に続いていく。
先ほどまでのほんわかとした空気はすっかり消え、兵士たちの表情からも緊迫感が伝わってくる。
……迷宮に挑むというのが、どれほどのものなのかがはっきりと分かる。
リガードさんは周囲を一瞥してから、口を開いた。
「皆、準備はできているな? これより、予定していたメンバーで迷宮へと潜る。残りの者たちはここで馬車の護衛と見張りを頼む」
リガードさんの発言に、皆の首肯が返ってくる。
発言を終えたリガードさんはすぐに迷宮へと体を向ける。
「迷宮攻略は危険と隣り合わせだ。仮に、低ランクの迷宮だからといって、気を抜かないようにな」
リガードさんはそう言ってから、大きく息を吸った。
……それは己の深呼吸のためだろうか。
「それではすぐにでも中に入ろう。ついてきてくれ」
いさぎよく宣言すると、リガードさんはすたすたと歩いていく。
俺たちもその後をついていき、迷宮へと繋がる階段を下りていく。
中に入って、やはり驚かされる。
小山のような入り口からは想像できないほどの空間が広がっている。
やはり、常識が通用する場所ではないのは確かだ。
リガードさんを先頭に、その脇を護衛の兵士たちが囲む。
少し遅れて俺たちが、さらに俺たちの後ろに兵士たちがついているという形だ。
俺は初めての迷宮に興味を惹かれ、周囲を眺めていく。
そんな風にしていると、背後の兵士たちから声が聞こえてきた。
「相変わらず、リガードさんは凄いよな……」
「そうだよな。迷宮攻略に自ら参加するなんて」
「ああ……本当にな」
そういうものなのだろうか?
俺は隣に並んでいたアリシアに声をかける。
「迷宮攻略に参加する領主様って少ないのか?」
もちろん周囲に聞こえないように小さな声で問いかける。
アリシアの耳元で話すと、彼女はちょいちょいと手招きをしてくると、同じように耳元で小さく話してきた。
「場合によると思う。……兄さんの場合、少しでも皆に嫌われないようにって参加してる」
アリシアの吐息が耳に当たり、少しくすぐったさを覚える。
その感覚に悪い気はしない。しいてあげるなら少し恥ずかしいくらいか。
それにしても、リガードさんの参加への理由がそんなことなのか……。
「……な、なるほど。でも、別にリガードさんってかなり慕われてるしいいんじゃないか?」
「でも、兄さんはそういう意味でも臆病だから。自分からいつ人が離れるか分からないって考えてる」
「そう、なんだな」
まあ、人の気持ちなんてすぐに変わってしまうよな。
……俺も、気を付けないとな。
「迷宮攻略はこれだけ準備していれば基本的に問題ない。だから、それに参加するだけで、皆の信頼を集められるのなら悪いことじゃないっていう兄さんの判断だと思う」
打算的ではあるがしっかりと計算しているようだ。
そんなリガードさんについて考えていると、階段を下り切った。
中は洞窟のような空間が広がっていた。
想像していたよりも暗い。
迷宮内には魔石のようなものが埋め込まれていて、それが明かりの代わりとなってはくれているが少し心もとない。
風の音だろうか。洞窟の先から人のうめき声のようなものまでも聞こえてくる。
それが聞こえていたアリシアが、少し身震いをする。
「ち、ちょっと暗いね」
アリシアが呟くように言って、アリシアが一歩距離を詰めてくる。
それを見ていたリガードさんがちらとこちらに視線を向けた。
「アリシアはそういえば幽霊などは苦手だったな」
「何か……ある?」
リガードさんのからかうような調子に、アリシアがジトっとした視線を返す。
「いや、相変わらずと思ってな。まだ、親父もか?」
「……うん」
「そうかそうか」
そんなことを話しているときだった。
ボォォォ、というこれまでとは聞きなれない不気味な音が響いた。
「ひゃ!?」
短い悲鳴を上げ、俺の腕にぎゅっと抱き着いてくるアリシア。
アリシアを気にかけながらも、迷宮に変化が生まれたことに対しての注意のほうが大きかった俺は、リガードさんへと視線を向ける。
「リガードさん、今のは?」
「おそらく、魔物が出現したのだろうな」
「……魔物の出現」
「ああ。迷宮の基本的なことは知っているだろう? 迷宮は魔物を生み出す……そうだな、例えるならば母親的な役割があるのさ。奴らは異物であるオレたちを排除するために、魔物を生み出してくる。魔物は生み出してくれた親を守るため、外敵を排除しようと動く。まあ、とはいえ……たいした魔物ではないはずだ。……た、たぶん」
後半になるにつれて情けなくなっていたリガードさんだったが、リガードさんの代わりに兵士たちが動いた。
「おまえたち、事前に打ち合わせていた通りすぐに戦闘の準備だ! アレックス! 光を前に放て!」
兵士が同じく兵士の名を叫び、動き始める。
俺やリガードさんたちは後方にて、護衛とともにその様子を窺う。
リガードさんが積極的に動く、というわけではないようだ。
あくまでともに行動して様子を見ている、という感じか。




