第24話
「……でも、あれだと余計に目立ちそうでもあるよな」
「まあ、そこは……うん。でも、兵士の皆も警備しやすい」
「なるほど……そういう意味もあるのか」
一般の人たちが利用している砂浜だと、確かに人が多くなりすぎて注意しなければならないものが増えてしまっている。
そう考えると、あれだけ閑散としているほうがいいのだろう。
しばらく砂浜沿いの道を歩いていると、アリシアがちらと近くへ視線を向けた。
「私、ちょっとお手洗い行ってくるね」
「分かった。それじゃあ、ここで待ってるな」
僅かに照れた様子でそう言ってきたアリシアに、俺はこくりと頷いた。
アリシアの護衛としてレフィも同行し、しばらく俺は一人砂浜を眺めていた。
人々の楽しそうな声が聞こえてきて、悪い気はしない。
しばらくそこでくつろいでいると、
「あれ、君一人なの?」
振り返ると、水着の女性が二人いた。
ちょうど何か買い物でもして来たのか、袋が握られている。
い、いきなりなんだ?
ぐいっと近づいてきた女性たちに俺が驚いていると、陰から護衛していたカプリがこちらへとやってくる。
それから、女性たちの前に立ちふさがった。
「何か用か?」
「あれ、もしかして貴族さん?」
女性たちは驚いた様子で顔を見合わせていた。
……俺の今の立場はなんといえば良いか難しく、返答に困っているとカプリがこくりと頷いた。
「そうだ。何か用事でもあったのか?」
「えー、そんな怒らないでください。ただ、ちょっとかっこいい人がいるなーって思って声をかけたかっただけなんですから」
「そうですそうです。どうですか? 暇なら一緒に遊びませんか? すぐ近くに水着売ってる場所もあるし、そこで見てるだけだとつまらないんじゃないですか?」
にこにこと楽しそうに笑顔を見せてくる女性たち。
……貴族と知って、ここまで積極的に声をかけてくるなんて凄い度胸だ。
あるいは、貴族と分かったからとか?
カプリは多少の警戒をしたまま、首を横に振った。
「彼には待っている人がいるんだ。済まないが、下がってくれ」
カプリは多少落ち着いた声音ではあったが、取り付く島などないような雰囲気でそう返してくれる。
「えー……そうなんですか」
そう呟くように言った彼女たちだったが、しかしまだすぐには立ち去らない。
あまり強く言うのもなぁ。一応、領民なのだろうし、下手をすればリガードさんへの悪評にも繋がってしまうかもしれないよな。
そんなことを考えていると、俺の右手をぎゅっと何かがつかんだ。
視線を向けると、そこにはアリシアが立っていた。
「彼が、何かしましたか?」
冷静な様子でアリシアが声をかけると、女性たちはじーっとこちらを見てきた。
「……ちぇっ、本当に待ち合わせてたのかぁ」
「良い男見つけたと思ったのに……残念」
そんなことを言い残し、去っていった。
カプリもすぐに下がり、また二人きりとなる。
アリシアは未だに立ち去っていった女性たちの背中を見ていた。
「助かったよ、アリシア。まさか、いきなり絡まれるなんて思ってもなかったな……」
「ううん、良かった。……でも、フェイクを一人にしておくと大変かも。フェイク、かっこいいから……」
「こんなのめったにないって。今までの人生で初めてだったぞ?」
一生に一度の出来事が、今たまたま起きただけだろう。
しかし、アリシアは俺の右腕をぎゅっと抱きしめる。
「でも一度有ったことだし、私、もっとフェイクをちゃんと見張ってるから」
まだどこか警戒心の残る顔でいたアリシア。
もしかしたら、少し嫉妬させてしまったのかもしれない。
「そろそろ、アリシアの目的の場所に行くか?」
「うん」
アリシアが頷き、彼女に手を引かれる。
アリシアとともに向かったお店は、アクセサリーショップだ。
扉を開くと入店を告げるように鈴の音が響く。
奥から店員の歓迎する声を受けながら、俺たちは中を歩いていく。
アクセサリーショップ、とは言ったが貴族が利用する店ではなく、どちらかといえば一般層向けのようで、店内にいるお客さんもそういった風に見えた。
このお店では宝石ではなく魔石を加工して、ネックレスや指輪などを作っているようなので、値段も抑えめなのが、より客層を幅広くしている理由だろう。
ただ、気になる点があるといえば、店内には自分たちのように二人組の人が多いということか。
彼ら彼女らは、それぞれ思い思いの様子で商品を眺めている。
恐らくだが、カップルたちだろう。
二人で何やらアクセサリーを眺めては、思いをぶつけあっているようだ。
アリシアはじっと商品を眺めていて、俺もその隣に並ぶ。
あまりアリシアがアクセサリーなどをつけている姿は思い浮かばなかった。
貴族の人たちはキラキラゴテゴテした物をつけているイメージが俺にはあったし、実際宮廷で仕事をしているときにはそういった人がたくさんいたのだが、アリシアはその真逆だ。
ゴーラル様も、あまり貴金属の類は持っていないようだったし、バーナスト家がそういった見栄えを意識していないのは分かる。
だからこそ、アリシアがどんなものを探しているのかは俺も気になっていた。
今後、何かプレゼントするときの参考になるかもしれないしな。
「何か欲しいものがあるのか?」
「迷宮に入っていくときに、魔石を持っていくから……それを選びたいと思って」
「魔石?」
「うん。……万が一、中で死んでしまったときに本人の証明にするんだよね」
「……そう、なのか」
アリシアの言葉を聞いて、そんな風習のようなものがあるというのを思い出した。
魔物相手に死んでしまったときなどは、死体が残らないことが多い。魔物が人間の体を食べてしまうからだ。
だから、何か魔物に食べられないものを持ち歩くと。
そうすれば、万が一魔物に死体が食べられてしまっても、身分の証明になるとか。
その代表が魔石だった。
基本的には魔石は魔物には食べられないということだったはずだ。一部の魔物は例外であるが、比較的安価で身分の証明ができるものの代表格が魔石だった。
「私と、フェイクの分。二人で何か持っておいたほうがいいと思った」
「そういうことだったのか」
アリシアが迷宮攻略前に俺をこの店に誘った理由が、ようやく分かった。
先程の話を聞いてから改めて店内を見てみると、確かにカップルは多かったが、皆冒険者然とした装いをしている。
死ぬかもしれないときのために、アクセサリーを選ぶ、か。
気乗りはしないが、万が一がないとも限らないんだし仕方ない、か。
何かあったときのために、真剣に選ばないといけないよな。
「アリシアは、どの魔石にするか決まったのか?」
「まだ、決まってない……フェイクはどんなものがいい?」
「……どうだろうな。あんまり気にしたことないから、ぶっちゃけるとなんでもいいかもな」
「……例えば、好きな色とかってある?」
アリシアの探るような視線に、改めて考える。
好きな色と改めて問われると難しい。
わりと色にこだわりはないので、ぶっちゃけるとそれもどれでもいいというのが本音だった。
そう考えていると、背後で気配を感じた。
レフィだ。
「フェイク様。先程、アリシア様は小難しいことを話していましたが、本音を伝えるのなら、二人でお揃いのものが欲しいというだけですから。あまり本気で悩まなくても大丈夫ですよ」
ぼそりとした声が耳に届く。




