第11話
「そ、それは…………い、いいから! 義母さんにはまた後で挨拶に行くからっ。今はフェイクに部屋の紹介をするのっ、また後でね!」
アリシアは少し強引に義母さんの背中を押し、向こうへと押しのけるように歩いていく。
義母さんはくすくすと微笑みながら、こちらへと手を振ってきた。
「もう、アリシアちゃんは恥ずかしがり屋さんなんだから。それじゃあ後で、楽しみにしているわね」
ウインクを残し、義母さんは自分の足で歩いていった。
こちらをちらと見てきたアリシアは、赤く染まった頬をかきながら、もぞもぞと口を開いた。
「ご、ごめんね……またちょっと迷惑かけちゃって」
さっきのリガードさんの件と合わせて、ってことかもしれない。
俺は苦笑しながら首を横に振った。
「いや、別に大丈夫だ。なんていうか……皆、元気な人だな」
リガードさんも……まあ、ある意味元気だったし、義母さんは言わずもがな。
迷宮の出現で皆ピリピリしているのではと思っていたし、何より、貴族というのは正直言うと、ゴーラル様のような厳格な人たちばかりかと思っていたので多少肩の力が抜けて良かった。
「ふ、普段は落ち着いた良い人、だからね……? 義母さんは」
義母さんは、と強調したのはリガードさんはいつもあんな感じと言いたいのかもしれない。
「そうなんだな……アリシアが婚約者を連れてきたことがよっぽど嬉しかったとかなのかな?」
自分で言うのは少し恥ずかしかったが、あそこまでテンションが高いのはもしかしたら俺が関係しているかもしれない。
その期待を裏切らないためにも、みっともない部分は見せられないな。
「た、たぶん……そうだと思う。私が、フェイクのことを色々手紙で書いたから」
「……どんなこと書いたんだ?」
興味本位での質問だったが、アリシアは俺の予想を上回るほどの反応を見せた。
「へ、変なことは書いてないよ?」
……なぜだろう。少し間があった。
「本当か? ……嫌なことがあればいくらでも言ってくれていいからな?」
「そ、そんなことはないからっ。……か、書いたのは……その、かっこいいとか、優しいとか……一緒にいて、楽しいとか……そ、そういうこと、だから……っ」
「そ、そっか。そ、それならいいんだけど……」
そう、正面切って褒められると照れ臭いものがある。
お互いに照れ笑いをしていると、アリシアが通路の先を指さした。
「そ、そろそろいこっか」
「そう、だな」
俺は一度深呼吸をしてから、アリシアとともに歩き出した。
「義母さんとは……確か生まれたときから一緒なんだったっけ?」
「……うん。私の母さんは私を生んで、私の物心がつく前になくなっちゃったみたいだったから……だから、私は育つまでずっと義母さんが実の親だとずっと思ってた」
「……そうなんだな。良い人なんだな」
だから、あれだけ仲が良かったのか。
もちろん、親しかったのは義母さんの性格なども理由としてはあるだろうが。
「うん……とても良い人」
アリシアは、リガードさんのときとは打って変わって穏やかな表情である。
さっきの冷え切った表情とは真逆で、別人なのではないかと思えてしまうほどだ。
すたすたと歩いていると、アリシアはぽつりと呟くように言った。
「貴族って、妻や夫が亡くなるとすぐに見合いの話が入ってくるんだって」
「大変そうだな……」
貴族同士の結婚だと、愛だけではどうしようもないものもあるのだろうが、だからといって共に過ごした相手が亡くなってすぐに見合いの話が来るとなると、怒りなども湧き上がってきそうだ。
もしも、自分が本当に愛した人が亡くなったにも関わらず、すぐに勧められたらその人を嫌いにだってなるだろう。
「うん、だからお父さんもそれが嫌だったらしくて、顔見知りだった義母さんと形だけの結婚をしたんだって」
「……義母さんは良かったのか?」
「元々、子どもが生まれにくい体質だったみたいで……一度別の人と結婚していたんだけど、離婚になっちゃってたんだって。だから、たぶん納得はしていたと思う」
……それは、また大変だ。
貴族ゆえの問題ではあるのだろうが、義母さんもかなり苦労していたようだ。
「だからか、義母さんは私を本当の娘のように扱ってくれて……そういうわけで、フェイクのこともきちんと紹介したかった」
まだ恥ずかしそうな表情ではあったが、アリシアの真剣な様子に俺は頷いた。
「なら、俺はアリシアに恥をかかせないように頑張らないとな」
「そんなに張り切らなくても、フェイクは普段通りにしていればそれが一番魅力的だよ」
満面の笑顔とともにそう言ってくれたアリシアに、俺も笑みを返した。
そう言ってもらえる自分で居続けられるように、頑張らないとな。
それからしばらく廊下を歩いていくと、アリシアが一つの扉の前で足を止めた。
「ここがフェイクの部屋」
アリシアとともに用意された部屋へと入り、中を確認した。




