第8話
彼は決して睨んではいないのだろうが、それでも睨まれているという意識が芽生えるのは、彼が持っている雰囲気が原因だろうか。
まるで絶対零度のような冷たい威圧感。
「初めまして、リガード様。フェイク、と申します」
「リガードだ。別に様はつけなくてもいい」
「で、ですが」
「一応は家族になるのだろう? そう堅苦しくされても困る」
リガード様は発言こそ柔らかなものだったが、その表情は険しい。
……とはいえ、さすがに何も敬称をつけないというのも難しい。
せめて、さん、くらいはつけて呼ぼうか。
リガードさんはすっと振り返り、屋敷のほうへ体を向ける。
「バーナストから休みなく来たのだろう? とりあえず、詳しい話は中に入ってからにしようか」
それだけを言い放つようにして、リガードさんは歩いていった。
リガードさんが屋敷に入った途端、空気も柔らかくなったように感じた。
それは俺だけではなかったようで、護衛としてついてきていた兵士たちも私語を挟みながら荷物を下ろしていた。
「兄さんは相変わらず」
アリシアのため息まじりの言葉に、苦笑を返す。
「……さすが、ゴーラル様の息子さんだな」
「……人前では、ね」
アリシアはぽつりとそう漏らした。
人前では?
アリシアの言葉の意味が分からず首を傾げていたが、
「フェイク、中に行こ」
「あ、ああ」
俺たちが中に入らないと兵士や使用人の人たちも入れないからな。
一応、旅先には主人より先に入れないとかなんとか。
まあ、護衛に関してはその限りではないらしいけど。
アリシアとともに屋敷へと向かっていき、屋敷内へと踏み込んだ。
広々とした空間が目に入った。
入ってすぐに二階へと続く階段があり、その階段の手すりに体重を預けるようにしてこちらを待っていたリガードさんを見て、俺は急ぎ足で彼の元へと向かう。
それを確認したリガードさんはすぐにスタスタと歩き、俺たちはそのあとを追いかけるようについていく。
……どんな風に接すればいいか分からない。
妹の婚約者という立場ではどのように接するのが正しいのか分からず、結局一言も話すことなくリガードさんが部屋へと入っていく。
俺たちもその後をついていくと、リガードさんの使用人がすっと扉へと近づいて閉じた。
ここはリガードさんの書斎だろうか。
部屋には、俺とアリシアとレフィ、それにリガードの護衛の兵が二名とメイドが一名だけとなる。
それを確認するようにリガードさんは一瞥してから、顔をぐしゃりと歪めた。
「アリシアぁぁぁ! お兄ちゃん、迷宮は入りたくないよぉぉぉ!」
先程までの男前はどこへやら。
泣きじゃくるリガードさんの姿に、アリシアが見たことのないような冷めた顔をしている。




