第7話
「そ、そんなことないから」
「ですが、私がいなければそれはもう二人はこのままキスの一つや二つしそうな雰囲気でしたし。……空気の読めない護衛で申し訳ございません」
ぺこり、と見当違いな謝罪をしてくるレフィ。
半分はからかっているのだろう。
「も、もう……レフィ、変なこと言わないで」
アリシアがぷくーっと頬を膨らませ、レフィのほうへと近づく。
じっと睨みつけているアリシアの横顔は可愛らしい。
先ほどのレフィが話していたことを思いだす。
キスって……そういえば、まだしたことがなかった。
一緒のベッドで寝たことはあるけど……キスはしてないんだよな。
……あれ? これって順序としてはおかしいのか?
いやでも、そもそも順序という話でいえば、色々おかしいよな……。
あまり深く考えても仕方がないだろう。
……でも、アリシアはどう考えているのだろうか?
そんなことを考えていると、御者が顔を見せてきた。
「皆様。お待たせいたしました。魔物の処理が終わりましたので、再発車します。衝撃があると思いますので、席に座ったほうがいいかと思います」
御者の言葉に従うように、俺たちは座席へと座りなおした。
俺の隣にすっとやってきたアリシアに、少しだけ意識してしまい彼女の口元を見てしまった。
「どうしたの、フェイク?」
「い、いや……なんでもない。何事もなくて良かったなぁって思ってさ」
「うん、そうだね」
純粋に微笑むアリシアに僅かな罪悪感を覚えながらも、自分の邪な感情を秘匿できたことへ安堵の息を吐く。
座り直してからすぐに馬車は動き出し、それから元の速度に向けて加速していった。
魔物が出現するというハプニングこそあったが、それからは特に大きな問題などはなく、街へと到着した。
風の吹く向きが関係してか、潮の香りが鼻に届いた。
海に面するように街があるのも関係しているかもしれない。
「フェイク、そういえば今さらだけど海とかって大丈夫?」
「ああ、特に問題はないな」
「それなら良かった。全部終わったら、一緒に遊びに行きたかったから」
えへへ、と微笑むアリシアに、俺も笑みを返す。
確かに、これまでわりと働きっぱなしだったからな。
もちろん、宮廷にいたときとは違って自分の裁量で仕事量を決めることはできていたので、まったくもって働いているという感覚はなかった。
ただ、あまりアリシアと遊ぶようなことはなかったので、今回の問題が解決したら思いきり遊びたいという気持ちはあった。
馬車が街の門へと到着し、それから門をくぐり中へと入っていく。
外の様子がちらと窓から見えたが、やはり公爵家の紋章がついていることもあってか、注目を集めているようだ。
馬車はゆっくりと進んでいき、やがて高級そうな建物が並ぶ場所へと入っていく。
ここから先は貴族街のようだ。
バーナストの街と比べると、さすがに規模は小さいようだが、それでも立派な建物が並んでいるのは間違いない。
馬車が目指していた先に、ひと際大きな建物が見えてきた。
「あっ、フェイク。見えてきたよ」
この街についてから見てきたどの建物よりも大きいな。
どうやら、街一番の建物がバーナスト家の屋敷のようだ。
段々と近づいてきたその屋敷は、バーナストの本邸と比べれば小さいが……それでも平民の俺からすれば大層な大きさだ。
門が開き、馬車が敷地内へと入っていく。
それから屋敷近くについたところで、馬車は止まった。
俺が体の凝りを解すように伸びをしていると、馬車の入口が開かれた。
「皆様、到着しました! 長旅お疲れさまでした!」
御者の方が笑顔とともに扉を開いて待っていた。
アリシアの後に続くようにして、外へと降りた。
馬車から出ると、むわっとした熱気を感じた。
馬車内では、魔道具の関係もあって気温は一定で保たれていた。
しかし、外に出るとバーナストよりもずっと熱気で包まれているのがよく分かる。
確かに、この気温で海水浴ができるのならさぞかし気持ち良いだろう。
そんなことを考えていると、屋敷のほうの扉が開いた。
そちらから、護衛と思われる兵士を引きつれた男性が現れた。
少し強面というか、厳しい表情をしている。
恐らく、あの方がアリシアの兄にして、ゴーラル様の息子であり、次期当主のリガード・バーナスト様だろう。
ゴーラル様の息子、と言われれば納得できる雰囲気もあった。
しばらくの間、視線がぶつかる。
彼は切れ長の瞳をこちらへと向けてきて、それからアリシアを見た。
「アリシア。元気だったか?」
「うん」
「そうかそうか。それなら良いんだ。それにしても、まさかおまえに婚約者だなんてな。大きくなったものだな」
「別に、大して年齢変わらないでしょ」
アリシアがむすっとした様子で答える。
決して仲が悪いという雰囲気ではなく、どこかからかうような調子だ。
リガード様はアリシアから視線を外し、それからこちらへと視線を向けてきた。
「そちらの男性が、婚約者のフェイク、で間違いないか?」
凛とした声は、自然と背筋が伸びそうなほどに冷たいものだ。




