第6話
「今回の迷宮はDランク迷宮なんだって」
「ディ、Dランクだと!? だ、大丈夫なのか?」
思っていたよりも高ランクの迷宮で、俺は驚く。
基本的に、冒険者ランクと迷宮のランクは同じ程度と考えて間違いない。
Eランク迷宮で魔物と戦いたいのなら、Eランク相当の冒険者である必要がある。
そして、身近な冒険者でいえばイヴァスたちがEランクだ。
もうすぐ、Dランクに上がれそうだとは言っていたが、それなりに戦っている冒険者と同じ程度のランクが必要ということに、俺は不安しかない。
しかし、そんな俺の心配を否定するようにアリシアは首を横に振った。
「Dランク迷宮はそんなに高ランクじゃない。私だって、そのくらいは戦える」
「……そ、そうなのか?」
つまり、アリシアはイヴァスたちを軽く捻れるということなのだろうか?
その姿を想像し、少し震える。
俺だって戦えないわけではないが、こんな可憐な見た目からイヴァスをボコボコにできるかもしれないということがちょっと怖くもある。
「うん。それに、お父さんも心配しているから私に護衛を何人かつけるとも言ってたから」
「そ、そうだよな」
ゴーラル様ならそのくらいはしてくれるはずだ。
ほっと胸を撫でおろしていると、アリシアが申し訳なさそうに目を伏せた。
「心配……させちゃってる?」
……俺の反応が大げさだったかもしれない。
俺が原因でアリシアにまで心配をかけさせてしまったということに、罪悪感が生まれる。
「まあ、それは多少は……な」
「それは……ごめん。でも、私は大丈夫」
「……ああ、そうだな」
「それに、いつも私はフェイクに良いところを見せられてなかったから、今回は私の貴族としての姿も見てほしい」
「アリシア……」
少し恥ずかしそうにそう言ったアリシアに、俺は首を横に振った。
「アリシアの良いところはもう十分見せてもらってるよ。……だからまあ、そんなに気張らないでくれよ?」
努力が空回ってしまい、怪我でもされたら困る。
俺がそういうと、アリシアは頬を赤らめながら嬉しそうに笑う。
「うん……頑張る」
お互い笑みをかわしていたときだった。
がたん、と大きく馬車が揺れた。
「わっ」
アリシアが短く悲鳴をもらし、少し態勢を崩す。
「大丈夫か!?」
アリシアが倒れないよう咄嗟に腕を伸ばし、その肩を掴む。
細く小さな彼女の体を抱きとめるように、力をこめる。
「う、うん……でも、どうしたんだろ?」
僅かに頬を赤らめていたアリシアに、俺は外へと視線を向ける。
窓の外を見てみると、少し道が荒れているように感じた。
そんなことを考えた時だった。
馬のいななきが響き、それから馬車が止まった。
急停車に驚きはしたが、その前の衝撃のこともあり、俺たちは特に事故などはなかった。
揺れが治ったところでレフィが、すぐに御者台へと繋がる幌へと近づく。
レフィだけではなく、他の兵士たちもだ。
兵士の一人は魔石を耳に当て、何かを聞いているようだ。
確かあれは、遠隔で通話するための魔道具だったか。
遥か遠く、までは無理だが馬車と馬車くらいの距離ならば連絡が取れるはずだ。
恐らく、護衛としてついてきていた他の者たちと通話をしているのだろう。
それらを観察していると、御者台にて御者といくらかの言葉をかわしていたレフィがこちらへと戻ってきた。
「前方にて急に魔物が出現したようで、現在はその対応を行っております。対応が終わり安全が確認でき次第、出発するそうですので少々お待ちください」
「……なるほど、そういうことか」
俺たちを守るように護衛の馬車が走っているため、今回のような緊急事態には彼らが動くことになっている。
普段俺たちの護衛をしてくれているカプリたちもそこにはいると聞いている。
彼らなら、問題はないだろう。
……とはいえ、野生の魔物の相手をしているとなると多少は不安もある。
戦いに、絶対はない。
怪我などなければいいのだが。
そんなことを考えていると、つい手に力がこもり、熱が返ってくる。
あれ? と思ったのと束の間。真っ赤な顔のアリシアの上目遣いが視界に入る。
そこで気づいた。俺はずっと彼女を抱きしめるような形でいたのだと。
「フェイク……も、もう大丈夫、だよ?」
「え? あ、ああ……ごめん」
初めに触れたときよりもじんわりと熱を帯びた彼女の肩から、手を離す。
アリシアに触れる機会が増え、お互い慣れてきたとは思っていたが、こういった急な対応だとまだ少し照れる部分もあった。
それに、アリシアの嬉し恥ずかしそうな表情を見せられると、こちらとしてはとても恥ずかしく感じてしまっていた。
「ありがとね、フェイク」
「いや、別に大したことしてないよ。それより、いつまでも掴んでて悪かった」
俺がそういうと、アリシアは小さく首を横に振った。
「嫌じゃ、なかったから」
「そ、そうか?」
「うん……嬉しかったよ」
「それなら……良かった」
そんなことを言いながら微笑むアリシアに、俺も苦笑を返した。
お互いに見つめあっていると、不思議な感覚に陥る。
なんとも言えない落ち着いた空気が俺たちの間に生まれ、しばらくその空気に浸っていようと思ったときだった。
視界の隅でレフィが映った。
……そ、そういえば、ここにはレフィや護衛の人たちも一緒だった。
俺は慌てて視線をレフィのほうへと向けると、彼女は真剣な表情で顎に手をやる。
「私たち、いないほうがよろしかったかもしれませんね」
レフィの言葉に兵士たちも考えるように頷いていた。




