第47話
これを作った鍛冶師が本当に俺なのかと疑いたくなる。
足を止めている場合じゃないだろ? と剣から指摘される。
「あ、ああ、分かってる! もうすぐ、おまえのご主人様に会わせてやるからな!」
俺は戦場を駆け抜ける。ベルティがいるのは少し離れた奥地だった。
そこで一人、ホーンドラゴンを抑え込んでいた。
……ただ、ホーンドラゴンの体に一切の傷はない。
逆に、ベルティには傷が目立つ。
急がなければならない。
道を阻む魔物たちは、斬りさき、先を進む。
「ふぇ、フェイク様! あ、ありがとうございます!」
助けた兵士から感謝される。その兵士は別の魔物へと飛び掛かり、道を切り開く手助けをしてくれる。
ようやく、ベルティまであと少しだ。
「ベルティ! 剣だ!」
声を上げると、ベルティがこちらに気づいた。
その口元が緩み、元気よく手を振る。
「フェイク! 待ってたわ!」
「いや、ホーンドラゴン迫ってるから!」
しかし、背後に目でもついているのか、ベルティは華麗な跳躍で攻撃をかわす。
ホーンドラゴンは苛立ったようにベルティを一瞥した後、こちらを見てきた。
そして、その顔に恐怖が見えた。
「ガアアア!」
吠えると同時、ホーンドラゴンは俺へと突撃してきた。
……なんつー迫力だ。
ベルティは、こんな魔物を一人で足止めしていたなんて。
「ちょっとホーンちゃん! 私を無視するなんてひどいわね!」
ベルティが慌てた様子でこちらへやってきたが、俺は首を横に振った。
「最後に一撃……力を貸してくれ!」
剣に叫び、俺は残っていたありったけの魔力を注ぎ、剣を振りぬいた。
空間を斬り裂く一撃がホーンドラゴンへと放たれ、その突進をそらした。
これが、俺の限界だろう。
だけど、ベルティまでの道はつながった。
彼女は俺の隣に並ぶ。
「できたのね?」
「ああ。これで最後のエンチャントだ」
剣に名前をつけ、ベルティへと渡す。
受け取ったベルティが、刀身を一撫ですると、赤く燃え上がった。
……これで、あの剣は完成だ。
『エリアルーラー』。
あの剣がつけてほしいと言っていた名前が、それだった。
名づけのエンチャントに関しては、まったくといっていいほど剣の性能を高めることに関係しない。
だがまあ。ベルティの剣はそれでやる気が出るようだった。
ベルティは右手にその剣を持ち、ゆっくりとホーンドラゴンへと向かう。
ベルティはその剣の使い方をすでに理解しているようだった。
一歩、また一歩と距離を詰めていく。
ベルティと向かい合ったホーンドラゴンは、動かない。
……いや、動けないんだ。
ベルティがそれを見て、笑みを浮かべる。
これまでと同じような余裕げな表情。
しかし、それまでとはまるで違う研ぎ澄まされたもの。
笑みに、恐怖したのは、ホーンドラゴンだった。
「が、ああああ!」
ホーンドラゴンが雄たけびを上げ、大地を蹴りつける。
地面をめくりあげ、がむしゃらな突進。
俺はホーンドラゴンの雄たけびに、すべてを理解した。
……あれは、威圧するためのものじゃない。
悲鳴だ。
「じゃあね」
ベルティはただその一言だけを言って、剣を振り下ろした。
……一撃だった。
半分になったホーンドラゴンを見て、俺は茫然としてしまう。
確かに、エリアルーラーは凄まじい剣だ。
だが、俺が使っていたときなんて全然本気じゃなかったんだ。
「フェイクって戦いも結構いけるみたいね。ホーンドラゴンへの一撃、見事だったわよ」
ベルティはぐっと親指を立てる。
「……そうでもないって。ちびるかと思った」
「ふふ、ホーンドラゴン相手に突っ込んでこれるだけで度胸は十分よ。どう? よかったら私の弟子にならない?」
「嬉しい話だけど、俺は鍛冶師として限界に挑戦したいんだ」
そういうと、ベルティはぺろりと舌を出す。
「あら、残念。この剣、ありがとね」
赤く燃え上がった刀身をベルティが撫でると一瞬だけ光る。
まるで俺に別れの挨拶をくれたように感じた。
あれだけ語り合って作った剣だ。なんだろう、子どもが旅立つような寂しさってこんな感じなんだろうか?
これまで作ってきた剣とは違った悲しさがあった。
ベルティは背中に剣を背負った後、周囲へと視線を向ける。
すでに、すべての魔物は倒し、周囲は静けさに包まれていた。
これで、全部解決か。
何とか……被害が広がる前に間に合ってよかった。
そうほっと息を吐いていると。
「え、英雄だ……」
そうだな。ベルティは英雄だ。
魔物たちの親玉であったホーンドラゴンを仕留めてくれたんだからな。
「ああ、本当に二人は英雄だよ。ベルティ様とそれに、フェイク様!」
ん?
兵士の一人がそう叫ぶと、次々に声が上がる。
『フェイク様! ベルティ様! フェイク様! ベルティ様!』
い、いや俺の名前まで言わなくてもいいって!
周りからの止まらない歓声。
今すぐに逃げ出したかったが、周囲は兵士や冒険者たちに囲まれてとてもじゃないが動けそうにはなかった。




