第46話
「そうじゃな」
「アリシアが持ってきてくれた手記のおかげだ。誰かに教えてもらって、それで鍛冶を成功させられただけだ」
ベストルの求める鍛冶師と、俺は違う。
彼は俺にヒントを教えてはくれなかった。だが、俺は別の場所からヒントを得て、それによって鍛冶を完成させた。
「そうかもしれないの。だが、助けてくれる人がいる。それを含めて才能じゃ」
ベストル。
彼はふっと儚く笑い、それから天井を見た。
「わしは自力ですべてを片付けてきたんじゃ。周りからはよく孤独の天才といわれたものじゃ。こんな性格なことも誰も知らぬままにの。わし、ただの人見知りだっただけなんじゃよ」
からからと笑うベストル。……そういうことだったんだな。
噂に尾ひれがつきやすいものだから、変な風に伝わってしまったんだと思っていた。
「おぬしはわしとは違う。周りを巻き込み、それを力に変えられる」
「……周りにいる人たちが、優しいだけだ」
「そうかもしれぬな。おぬしは伝説の鍛冶師、ベストルにはなれないじゃろう。わしとはまったくタイプが違うからの」
ベストルはこちらをじっと見てきた。真剣なまなざしにわずかに優しさが混じっていた。
「じゃが、伝説の鍛冶師、フェイクにはなれるかもしれんの」
「……ベストル」
「あの店を、大事にするんじゃよ」
「……ああ、ありがとうベストル」
答えると、ベストルは微笑み、ふっとその体が消えた。
わずかな寂しさがあったが、今はこの剣をベルティに届けるのが先だ。
鍛冶工房を出た俺は、この剣を届けるためにベルティを探しに向かった。
屋敷へと到着したとき、何やら騒がしいことに気づいた。
いつもと雰囲気がまるで違う。一体何があったのだろうか?
疑問に思っていると、こちらへアリシアがやってきた。
「フェイク……どうしたの?」
不安そうにこちらを見てきたアリシア。必死に何かを隠そうとしているようにも見える。
「……剣が、出来上がったんだ」
「エスレア魔鉄の!?」
「ああ。だから、ベルティに届けたいと思ってな」
俺が背中に背負っていた剣をアリシアに見せると、彼女はほっとしたように息を吐いた。
「に、西側にホーンドラゴンが迫ってきているの! 今、冒険者や兵士たちが向かって戦ってる。お父さんが総指揮官で!」
「なんだって!? ど、どうしてもっと早く言わなかったんだ!?」
「……みんな、フェイクに余計な負担をかけたくなかったって。お父さんも、ベルティが黙ってくれるのなら……って」
「西に行けばいいんだな?」
「えっ!? そ、そうだけどフェイク一人で行くの!?」
「ああ! 肉体をエンチャントで強化して、全力で走れば……たぶん、すぐに到着できるはずだ!」
俺は背中の剣を握りしめ、
次の瞬間、体内へと魔力が逆流する。
剣の柄から魔力が体へ流れ込んでいる。
恐らくだが、俺の魔力を吸収し、それを強化して俺の肉体へと返してくれている。
一瞬、異物を入れられたかのような嫌悪感に襲われたが、次の瞬間、肉体が軽くなる。
「ありがとな……! 今すぐ向かおう!」
俺は剣の柄を握りしめ、それから軽くなった体で走り出した。
体に手を当て、エンチャントで肉体を強化した俺は、剣の強化も合わさって街を駆け抜ける。
予定以上に早く走れた。
西門へはどんどん近づいていく。
人がまったくいない夜の街、不気味だ。
皆、避難をしているようだ。
西門に到着すると、こちらに気づいた兵士が驚いたような声をあげる。
「ふぇフェイク様!?」
「通してくれ! 剣を届けに来たんだ!」
「わ、分かりました……! ですが、外にはたくさんの魔物がいます!」
僅かに開かれた門から、外の状況は伺えた。
外には魔石がばらまかれ、夜だというのに異常に明るい。
魔物に比べて人間は夜目が効かない。
視覚的な差をなくすために、明かりとして使われる魔石をばらまいているようだ。
そのため、戦場の様子は容易に見ることができた。
酷い状況だ。
人があちこちで倒れている。死ぬ前に前線から離れている人たちばかりだが、傷はかなり目立つ。
怪我人以上に、魔物の死体があることだけはせめてもの救いなのかもしれない。
……もっと早く剣を作れていれば――。
いや、後悔するのはあとだ。
「大丈夫だ。俺は剣を届けるだけだ。……行ってくる!」
多少魔物との戦闘経験だってある。
ホーンドラゴン以外に、そこまで強い魔物はいなそうだ。
数が多いだけで、恐れる必要はない。それに、俺がここで手をこまねいている間に、もっと多くの死者が出てしまう。
門の外へと駆け出し、俺は剣の柄を握る。
頼む。
ベルティに届けるまでは、力を貸してくれよ!
俺は背中に握った剣を両手で持つ。
ベルティは片手で振れるのかもしれないが、俺には少し重く感じるからだ。
「ガアア!」
一体のウルフが飛びかかってきた。
それを俺は……剣に教えてもらった。
……こいつは、本当に優秀な子だ。
接近してきたウルフに合わせ、俺は剣を振りぬいた。
え?
ウルフの体はあっさりと両断される。
それだけじゃない。
一撃は、空間という概念を排除した。
その後ろにいたウルフさえも斬り裂いた。
……なんつー切れ味だよ。




