第45話
途中、使用人に食事を運んできてもらい、その時に短時間ではあるが休憩を取ったとはいえ、ほとんど一日かかってしまった。
あとは魔力情報の修正だけだったので、まさか、ここまでこんなに時間がかかるとは思ってもいなかった。
だけど、あと少しだ。
エスレア魔鉄で出来上がった剣に、エンチャントを入れ、研げば完成となる。
しかし……俺は握りしめた剣を眼前まで持ち上げ、その内包された力に思わず唾を飲み込む。
まだ、エンチャントを施したわけではないのに……すでにこの剣は一級品であることが伺える。
素材が……良すぎる。
エスレアとエイレア魔鉄の間には大きな差がある。
……本当に同じ魔鉄なのだろうか。そう思いたくなるほどに、この剣は特別だ。
「……おまえ、すごいな」
思わず口をついて出てきた誉め言葉。
「……」
剣も少しだけ嬉しそうな雰囲気をだしている。
さすがに、一日向き合って話していたため、なんとなくだがこの子の言いたいこともわかる。
完璧に仕上げろよな! と言われたようで……俺は夕食の時間を過ぎてはいたが、そのまま作業を続けていく。
あとちょっとで完成なんだ。
今のこいつは裸のようなもので、このままここにおいていくことはできないよな。
俺はエンチャントを行うため、魔力情報を確認する。
大きな抵抗はない。すでに、お互いに方向性は決まっている。
細かな部分での抵抗はあるので、魔鉄に従うようにしながらエンチャントを施していく。
……凄まじいのは強化具合だ。
これまでの魔鉄ならばおそらく耐えきれなかったような強化も、こいつはやすやすと受け入れてくれる。
まるでアイテムボックス、ベルティの胃袋のようにどんどん吸収していく。
「……凄いな」
こんなものじゃない、とばかりに剣の表面が魔力できらめいた。
……ああ、そうだな。
驚かされている場合じゃない。
俺ももっと死ぬ気でエンチャントを施していく必要がある。
再びエンチャントを重ねていく。
……そうして、剣全体、細部までのエンチャントを施した後、風魔法を作り出した。
あとは、刃を研げば完成となる。
いつもと同じ意識で、しかし、いつも以上の鋭さを作り上げるために、丸い風を作り、そこに剣をいれた。
凄まじい音を上げ、剣が研がれていく。
剣を研ぐ際、できるのなら高密度の風魔法で研いだ方が良い。
そうすることで、エンチャントはより洗練され、刃も鋭くなる。
だが、あまりにも強力に魔法を放ってしまうと、剣自体がダメになってしまう。
だが、エスレア魔鉄はひるまない。この程度、やすやすと受け止め、さらなる魔力を要求してくる。
……ふざけた要求だな。
俺は呆れながらも、その期待に応えるように風魔法を放つ。
ここまで来たら、俺の魔力が持つか、エスレア魔鉄が耐えきれるかどうかの勝負だ。
魔力をさらに込めて、風で研ぐ。
そうして、剣が出来上がったところで俺は風魔法を止めた。
疲労感から、席へと座りなおした俺は剣を持ち上げ、確認する。
「……最高、だな」
達成感、喜び。
出来上がった剣は最高の一品だ。
……これが、エスレア魔鉄による剣。
刀身は、同じ剣とは思えない美しさを放っている。
俺はその剣を軽く振るってみた。
次の瞬間、その空間が……切れた。ような錯覚を感じた。
「……なんでも、切れるんじゃないかおまえ?」
問いかけると、剣は嬉しそうに表面をちらつかせた。
……こいつ、所有者の魔力を勝手に吸い上げてやがる。
これが、悪化したものが魔剣と呼ばれる類のものだ。
この程度ならばまだ可愛いものだが……俺はとんでもないものを作ってしまったのかもしれない。
俺は鞘へと剣をしまおうとした瞬間だった。
すっと、鞘が切断された。
「……おい、ふざけんな」
「……」
剣は何も言わない。しかし、どうやら鞘に納まるのは嫌いなようだ。
だからって、むき出しのままは問題だよな。
どうしようか考えていると、剣から何か伝わってくる。
……振り下ろせ、って言われたのか?
どうやら、それは正しいようだ。
ちょっと不安だったが、指示に従ってみようか。
俺は近くのテーブルへと視線を向け、剣を振り下ろす。
しかし、内心ではそれを切りたくないと思いながら――。
すると、剣はテーブルにあたって止まった。
どうやら、所有者の感情も魔力ごしに察することができるようだ。
「……なんでも斬れるが、なんにも斬れない剣、か」
「分かったよ。鞘にはいれない。おまえは鞘を持たない名剣として、ベルティという冒険者を支えてくれ」
俺は握った剣へとそう宣言し、それを背中に背負った。
刀身は当たっているにも関わらず、俺の体が切れることはない。
剣自身が、持ち主を決めるのだろう。この剣で斬れるような持ち主は、持ち主としては認められない。
将来的に、この子は魔剣と呼ばれるようになるかもしれない。
俺はそれでもいいと思っている。ホーンドラゴンを狩れるのならな。
「見事な剣じゃな」
「……ベストル?」
背後から彼の声が聞こえた。
振り返ると、そこにはいつもの微笑を浮かべるベストルがいた。
「それがおぬしのエスレア魔鉄製の剣じゃな」
「……ああ。でも、一人じゃたどり着けなかったよ」
俺の言葉に、ベストルは頷いた。




