第43話
「エスレア魔鉄の魔力情報は、変化の方向性次第では、抵抗しようとしてくることがあるんだ。だけど、俺の加工の中でも問題なかった部分もあった。それが、エスレア魔鉄との対話なんだ」
「……な、なんとなく……分かる……かも?」
「エスレア魔鉄は魔力情報の抵抗によって示してくるんだ。だから、魔鉄が納得できるように加工してやることが大事なんだ」
「でも、つまりこっちの望む方向にならないってことも……あるよね?」
「そこは、上手く交渉するしかない。エスレア魔鉄の信頼を獲得し、望む方向へと進化させてやる。それこそが、エスレア魔鉄の加工でもっとも大事なことなんだ」
「……わ、分かったような、分からないような……」
俺は閉じた本をテーブルへと置き、加工してしまったエスレア魔鉄へと熱を通した。
先ほどの説明を思い出しながら、エスレア魔鉄との対話を試みる。
『熱いわボケ! もっと優しくしろ!』
魔力からの抵抗でそう怒られた気がした。
分かった分かった。
ここは程よい温度で溶かしてやる。今度は熱が足りない? ……わがままな奴め。
それならば、もう少し熱くって……今度は熱くしすぎってか? 悪い悪い。
この微調整も難しいんだから勘弁してくれよ。
対話を意識しながら、熱量を変化させて、溶かしていく。
全体を溶かし終えたところで、エイレア魔鉄と組み合わせようとしたが、そこでも俺は対話する。
……そうか。違うのか。
俺は溶かした魔鉄を入れるためのコップを用意する。
それは長い棒がついていて、水などを汲めるような形となっている。もちろん、耐熱性であり、鍛冶で使用するものだ。
俺はエスレア魔鉄とエイレア魔鉄の混ざった液体を、そのコップに移した。それから、エスレア魔鉄が嫌がっている部分を取り除いていく。
さながら、料理でいうところのアクをとるような感じだ。
このエスレア魔鉄はずいぶんとわがままちゃんだ。嫌な部分をはっきり嫌という。
その嫌っている部分を排除しないことには、上手く混ざりあうこともないというわけだ。
俺はエスレア魔鉄の抵抗からそれらを理解する。
取り除きまくった後、エスレア魔鉄は「足りない!」とばかりにアピールしてくる。
エイレア魔鉄はもうない。
だが、ビーレア魔鉄はいくつかある。
俺はビーレア魔鉄たちを手に取り、エスレア魔鉄が気に入りそうな子を厳選する。
そこで気づいたのは、魔鉄の個性だ。
ビーレア魔鉄にも、小さいが意志のようなものがあるようだ。
俺はこれまでそれをないがしろにしていたな。
これからの鍛冶はこの部分も意識する必要があるな。
ひとまずは、このエスレア魔鉄だ。
取り出したビーレア魔鉄を溶かしてやると、エスレア魔鉄は……受け入れてくれた。
エイレア、ビーレア、そしてエスレア魔鉄。
これら三つが溶け合わさった。
俺はそれを型へと流し込み、一枚の鉄板へと作り替えた。
その魔力情報を改めて確認する。
修正すべき場所は大量にある。そして、それらの修正のたびにエスレア魔鉄は抵抗してくるはずだ。
はは、膨大な時間がかかるだろう。
「……ここから、か」
まだあくまで入口に立っただけだ。
エスレア魔鉄の本当の加工は、ここから始まる。
そこで俺は額に浮かんだ汗をタオルで拭きながら、アリシアを見た。
一度、休憩を挟んで食事でもしてからにしよう。
「アリシア、そろそろ昼の時間だよな?」
「うん、気づいたんだ」
「ま、まあな」
「凄い鍛冶に集中してたから、ご飯抜いちゃうのかと思った」
「ちゃんとご飯は食べるって」
笑いながら俺はアリシアとともに鍛冶工房を出た。
そして、改めて彼女を見る。
「……さっきの手記、ありがとな」
「ううん。力になれて良かった」
「……もう、ずっと力にはなってるよ。本当にありがとな」
「……頑張ってね、フェイク」
「ああ、もちろんだ」
食事をしたあと、また鍛冶を進めないとな。
……これから、忙しくなるだろう。
でも、同時にゾクゾクとした興奮もあった。
一体、どれほどの剣が出来上がるのだろうか? 自分でも、分からない。
完成品を見るのが、ただただ楽しみだった。
昼食の席には、ゴーラル様とベルティもいた。
昼からこうしてみんなで食事をするのは珍しい。
さっき、鍛冶に熱中しすぎていつもよりも体は汚れていると思う。
……失礼になってないよな?
そう思いながら席につくと、ゴーラル様がちらとこちらを見てきた。
「フェイク。少し進捗を聞きたい」
いきなりの問いかけ。
前回は答えるのに迷いがあったけど、今は違う。
「はい。初代当主の手記を見て、ヒントを頂きました。この調子なら、なんとかなりそうです」
「……そう、か。それなら、良かった」
「何かあったんですか?」
ゴーラル様の深刻そうな表情が引っ掛かった。
何かあったのだろうか?
ゴーラル様を見ていると、代わりに答えたのはベルティだった。
「あら、そうなのね。もしかして前に進んだの?」
「そうだな。ただ、まだちょっと時間がかかりそうなんだ。明日か、明後日くらいまでには何とか完成させようと思ってる」
すでに依頼を受けてから一週間は過ぎてしまっている。
これ以上はさすがに待たせられないだろう。
お店的にも、な。
「あら、案外早そうね。やっぱり、フェイクに依頼を頼んで正解だったわね」
「すぐに完成品を持ってこれるように頑張るよ」
ホーンドラゴンの動向も気になっていたのだが、ベルティがそういうなら大丈夫そうだ。
俺は小さく息を吐いてから、昼食を頂いた。




