第42話
それから数日が経過した。
工房内に置かれた椅子に腰かけた俺は、腕を組みながらじっとエスレア魔鉄の剣と向き合っていた。
とてもじゃないが、ベルティに渡せられるほどの剣ではない。
まだだ。
もっとうまく加工できるはずなんだ。
……ただ、その方法が思いつかない。
「……どうすればいいんだ」
みんなにはかっこよく宣言したのだが、八方ふさがりなのは変わりなかった。
色々な方面からエスレア魔鉄に干渉してみたのだが、どれも失敗してしまっている。
一体、どうすればいいのだろうか?
頭をかきむしった後、俺はもう一度エスレア魔鉄の加工を再開する。
この数日、何度も加工に取り組んだことで分かったことがある。
エスレア魔鉄は、他の魔鉄とは違い……引っかかりや反発があるんだ。
それは、まるで魔鉄自身に意志があるかのような反発だ。
ベルティの剣を参考に、魔鉄を加工していこうとしても……その反発によってうまくいかないんだ。
これをなくすにはどうすればいいんだ?
色々と工夫してみたのだが、どうしてもうまくいかなかった。
「……もう、夕方か」
俺は窓から差しこむ夕日に、軽く絶望する。
結局今日も、一切前に進まずに一日が過ぎてしまったのだ。
もう、どうしようもないのではないか?
やっぱり、俺にはまだ早かったのかもしれない。
いやいや……情けないことを考えるな。
皆が待っているんだ。
弱気な考えを押し出すように頬を叩いたとき、工房の扉が開いた。
「フェイク、ちょっといい?」
突然声が聞こえ、俺はびくっと体が跳ねるのが分かった。
そちらを見ると、アリシアがいた。手には古びた本のようなものが握られていた。
なんだろうか?
「どうしたんだ?」
「これ、もしかしたら参考になる……かもとおもって」
「……これって?」
アリシアから渡された本の表紙には特に何も書かれてはいなかった。
ただ、古い本なんだろうな。っていうことしか分からない。
一体なんだろうか?
首を傾げていると、アリシアがにこりと微笑んだ。
「屋敷の書庫で本を探していたら、これが見つかった。もしかしたら鍛冶の参考になるかもと思った」
「……これは」
中を開いてみると、そこにはバーナスト家の初代の日記のようなものだった。
特に彼は鍛冶が好きだったのか、日記に書かれている内容は鍛冶に関するものばかりだ。
記載されている内容はどれも興味深い、というか共感できるものばかりなので読み進めているのも楽しかった。
下手な本を読むよりもずっと楽しい。
そんなことを考えながら、ページをめくっていくと、気になる文字を見つけた。
エスレア魔鉄。
それに関する記載があったのだ。
文字をなぞるように指を当て、俺はそれまで以上の集中で読みすすめていく。
初代当主は鍛冶に関して熱心な人間だったようだ。
鍛冶に熱中しすぎてよく妻に怒られていたとか、そんな冗談も書かれている。
隣に並ぶアリシアが覗きこんできて、くすりと笑う。
「これフェイクみたい」
「……俺は別にここまで――」
「熱中、してるよ」
アリシアのからかうような調子に何も言えない。
確かにその通りだったからだ。
頭をかきながらさらに読み進めていき、俺はとうとうその記述を発見した。
『エスレア魔鉄の加工を行った』
その文字を見た俺は、じっとその前後の文字を確認していく。
エスレア魔鉄の加工を行った際の感想や、その加工の難しさについて語られている。
まさに、俺が欲しい情報だった。
「フェイク……っ。ここだよ。ここに書いてあるんだよ」
アリシアの声に俺もうなずき、ページをめくっていく。
そして、内容を読み上げていく。
「エスレア魔鉄の加工でもっとも大事なことは、対話だ」
「……た、対話?」
アリシアが戸惑いの声を上げる中、俺は文字を読み進めていく。
「エスレア魔鉄の加工を行うには、エスレア魔鉄と心を通わせる必要があった」
「な、なにを言っているの……?」
「エスレア魔鉄としっかりと向かい合い、話をする。エスレア魔鉄の意志を尊重して、加工してあげることが大切だ」
「……い、意味わかんない」
アリシアががくりと肩を落とす中。
俺はその本を閉じ、エスレア魔鉄として加工してあげた剣を改めて観察した。
そして――。
「……そういうことだったんだな」
「え!? 今のでわかるの?!」
「ああ、すべて合点がいったよ。……そうか。魔鉄と話せばよかったんだ」
「……ふぇ、フェイク?」
これまで鍛冶を行っていた時に感じていた魔鉄からの抵抗は、それだったのだ。
エスレア魔鉄は人間のような意志があるからこそ、自分のなりたい姿というのもあるのだ。
ならば、それを解消する手段はいたって簡単だ。
対話すればいい。その魔鉄が望む姿に変えてやれるように、鍛冶を行う。
ただ、それだけのことだったんだ。




