継がれた聖弓2
動き出してみれば、大木の形をした魔物は想定外の速さだった。もしかすると、外の世界では違う形態なのかもしれないとグレンは笑う。
そちらの方が見てみたかったかもしれない。そう思う反面、外では形態が違うとはどういうことなのかと考える。
魔物の正体が気になったのだ。
(とはいえ、まずはこいつからだな)
まずは目の前の魔物を倒すこと。それが優先事項だと奥底へ押し込む。考えることなどいつでもできるのだ。
全身が凶器のような大木の魔物。それは厄介だと思ったが、幸いにも相性は悪くない。なにせ相手は大木の姿をしているのだ。
少なくとも入れ物を壊すことは簡単だと言えた。太陽神の力を秘めた聖剣は炎の力を得意とするのだから。
「やるしかないか……」
一気に片付けるしかない。これだけなのかも確認を取りたいからだ。妻の星視を使って。
「……聖剣よ」
小さく呟くと、待っていたといわんばかりに聖剣から強い力が放たれていく。
夜だとは思えないほど、辺り一帯が金色の炎で照らされた。魔物との交戦中だということも忘れそうになるほど、幻想的な風景だ。
「女神ノ力……太陽ノ輝キ…消せば…マモリ失セル……」
詳しいことを聞かされていなかったアイカだけが驚いたように魔物を見、他のメンバーは本当に喋る魔物がいるんだなと言うように見る。
そして、グレンはやはり自分が狙いかと苦笑いを浮かべた。
(わかっていたが、そこまでの存在になったつもりはないんだけどな……)
いつからそうなってしまったのか。それで助かっている部分があるというなら、別にいいかとも思わなくはない。
今回ばかりは、不足な事態が起きてしまっただけに悪くないと思う。
「喋れるなら、会話もできるのか?」
「話スコト…ナイ……」
「そうきたか」
当然だなと思うが、それはつまりなにかしらを知っているということかもしれない。
この魔物が外ではどのような存在なのかまではわからないが、知識は持っている可能性がある。
力づくで聞き出せばいい。無理だったとしても、こいつで最後ではないだろうと思っていたりもした。
(最悪、あいつを捜すか……)
この世界をふらふらしている喋る魔物。一勝負付き合えば、なにかしら話してくれるかもしれないと思っていたりもする。
「太陽ノ力……消ス……」
次の瞬間、大木の形をした魔物は襲い掛かってきた。重さなど感じさせない動きに、周囲を広範囲で攻撃する枝。
枝も葉もすべてが武器。大木のすべてが攻撃してくるようだと気付けば、その場にいる誰もが神経を張り詰めた。どこから攻撃されるかわからないと。
「葉はある程度燃やせる。枝は自分達で対処してくれ!」
それだけ言うと、金色の炎を撒き散らかしてグレンは斬りかかる。
巻き込まれた際には、それは自己責任だと背中が語っていた。傭兵ならうまく動けということだろう。
「相変わらず、腹が立つわね」
エシェルが不敵な笑みを浮かべてレイピアを握り直す。どうやら、闘志に火が付いたようだ。
鞭のようにしなやかな枝が、縦に横にと不規則に襲い掛かってくる。弧を描いて襲い掛かるそれに、一瞬の気の緩みすら許されない。
少しでも気を緩めれば、枝が容赦なく襲い掛かってくるだけではないのだ。金色の炎を逃れた葉が刃となって襲ってくる。
「シュレ、やれそうかい」
その中、後方にいるシュレが矢へ魔力を込めていた。それで枝を吹き飛ばそうとしているのだ。
狙いがわかれば、カルヴィブが意図的に守るよう戦う。彼には接近戦ができないから。
「その動きでいてくれればいけます」
「さすがだ」
さりげなく同じ動きを繰り返すことで、カルヴィブが枝の動きを一定にしてみせたのだ。さすが組合長だとシュレも思った。
一本の枝が魔力の込められた矢によって吹き飛ばされ、魔物の咆哮が響き渡る。
「シュレ!」
一寸の狂いもなく別の枝が襲い掛かってくるのを見て、カルヴィブが慌てたように向かう。今の攻撃で二人の間には距離ができてしまったのだ。
今まで鞭のようにしなっていた枝が槍のように突き進む。
「チッ」
一発目をぎりぎりのところで避けると、すぐさま次がやってくる。咄嗟的に防ごうとした瞬間、弓が真っ二つに切られてしまう。
さすがにこれはまずいと舌打ちした。
(弓が使えなくちゃ……)
魔力が弱いシュレにはなにもすることができない。それどころか足手まといになってしまう。
(足手まとい……)
それだけは絶対に嫌だった。けれど、どうしたらいいのかと悩む。他にできることが思いつかないのだ。
力が欲しい。それは、二度と足手まといになりたくないという思い。
誰のために。そう思ったとき、頭の中に浮かんだのはフィフィリスではなかったことに驚く。グレンのために戦いたいと思っているのだ。
(あぁ、そうだ。この、優しい英雄王のために俺は戦いたい。だから力が欲しいんだ)
彼女を迎えに行ける存在になる。その目的で近づいたが、気付けば彼のために戦いたくなっていたのだと気付かされてしまった。
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