新たな一歩3
どちらにしてもすべてはグレンの判断次第であり、このあと起きるであろう戦闘次第。
そこまでは真面目に話していたのだが、気付けば話題が反れていた。
「そんなに飲むのか。酒場に二人で行ったという情報は聞いていたが」
「あれは、酔い潰れるなんてことは起きないだろうってぐらい飲みますよ」
そのときのことを思いだしながら、苦笑いを浮かべるシュレ。
「そういえば、私も現役のときに何度か酒場へ行ったわ」
情報を聞き出すため、定期的に行っていたとエシェルも言う。
「潰れるどころか、酔ったところも見たことはないけど」
たいして飲んでいなかっただけだと思っていたが、そうではなかったのかと彼女は苦笑いを浮かべた。
「それは飲んでみたいものだ。私もお酒の強さには自信がある」
「そのようなこと、誇らないでくださいな」
ため息を吐く姿に、この人も大変なんだなとシュレは思う。
仕事の話を受けたときにたまに会うのがカルヴィブだ。組合のトップである彼とは頻繁に会えるわけもなく、話したことはないに等しい。
今回グレンと関わったことで、組合のトップはこんな人だったのかと思ったほどだ。
「アイカも酒癖の悪さが直れば行ってくれるだろうさ」
「は、はぁ…」
笑いながら言われれば、自分はそんなに酒癖が悪かったのかと表情が引きつるアイカ。
自覚がなかったというのと酔ったあとは記憶がないことから、今まで思いもしなかったのだ。
「またひとつ、学んだじゃないか」
「うるさい」
シュレが言えば、アイカは拗ねたように視線を逸らす。
今までのように強気になれず、けれど彼とどう接するのがいいのかと悩んでいるようでもあった。
わかっているから、シュレは今まで通りに接することにしたのだろう。そうすることで示しているのかもしれない。
「笑うな」
理解したエシェルが笑えば、組合のトップなど関係ないと言うように睨んだ。
少しばかり和んでいた一行に、張り詰めた空気が流れたのはすぐのこと。
魔物の気配が辺りを包んだのだ。
「これはおまけかな」
やれやれと立ち上がったカルヴィブに、本命ではないだろうと誰もが頷く。
どう見ても普段となんら変わりのない魔物だ。準備運動だなと笑うカルヴィブは、まだ現役でいたかったのではないかと思わせるには十分だった。
「お前、なんで現役を辞めて組合のトップなんて引き受けたんだ」
そこへ気配もなくグレンが現れれば、仕方なかったんだと苦笑いを浮かべる。
当時、適任者が誰もいないと言われ、カルヴィブ自身もそう思っていた。トップを不在にするわけにはいかない。
現役を辞めたかったわけではないが、辞めるしかないと思ったのだ。
「そういうことか」
「続けながらできるものでもなかったしな」
「そりゃそうだ」
さすがに無理だとグレンでもわかる。仕事によっては、長く空けることになるのだから両立はできない。
「そんなわけで、今日は楽しませてもらうよ」
構わないだろ、と言うようにカルヴィブが視線だけで語りかければ、勝手にしろとグレンは笑う。やりたいというなら手を出さずに見ていると。
逆に呆れたようにため息をつくのはエシェルだ。もうなにを言っても無駄だと思っているのかもしれない。言うのも面倒なのだろう。
グレンはわかっているからこそ、笑いながら見ているのだ。
「組合長が大剣使いだったなんて」
見た目だけだと、柔らかいイメージから戦う印象すら受け取れないカルヴィブ。実際は大剣を振り回す傭兵だったのだから、アイカやシュレは驚きだ。
これはグレンも想定外なこと。彼が傭兵をしていた頃には、少なくともカルヴィブはいなかったから。
「じっくり見させてもらうか。今の傭兵組合トップを」
迫ってくる魔物を見ながら不敵な笑みを浮かべる姿に、グレンは楽しみだと笑う。
つまり彼がそう思えるだけ、カルヴィブなら問題ないと思っている証でもある。
やる気に溢れたカルヴィブが大剣を構えると、それまでの雰囲気から一変した。
「やはり、実戦になると雰囲気が違うな。手合わせのときより鋭い」
手合わせのときも感じていた鋭さ。それに磨きがかかった雰囲気に、これだから楽しいのだとグレンは見ていた。彼が傭兵を辞められない理由のひとつである。
「さすが組合長になるだけある」
実力は手合わせでわかっていたが、それ以外の部分は実戦を見なければわからない。
鋭い視線はすべてを見渡しており、多勢に無勢という状況でありながらも平然と魔物を斬っていく。大剣の扱いも、グレンが知っているかつての仲間に劣らないと思っていた。
「準備運動になったのかもわからないな」
フッと笑うグレンの姿を見ながら、アイカはあれを目指すべきだと密かに思う。あれほどにはなれないだろうが、目指す先はこうだと。
(冷静になる……)
それは、今までの戦い方ではいけないということだ。
(あたいは、一人で突っ込んでばかりで……)
いけなかった部分はここだと、自分を見つめ直すことができた。
この戦いは、自分が変わるためのもの。新しい一歩を踏み出すための。アイカはなんとなく、そんな風に感じていた。
きっかけを与えてくれたのは、誰よりも強い一人のハーフエルフ。だから彼のために働くことが最初の一歩だと思う。
当然ながら、彼はそのようなことを気にしないだろうが。
「いや、少し足りないぐらいだったね」
いつもの雰囲気に戻ったカルヴィブは、本命はいつかなと言うからグレンが笑う。
その中に混ざっているシュレを見れば、自分はまだまだなのだと痛感できる。できるようになったというのが正解だ。
「カルヴィブの気分が下がる前には……」
『グレン!』
次の瞬間、夜空を流れていく星にヴェガが声を上げる。おそらく目当てのものだろうと言うように。
「きたか……」
彼には妻のような力はないが、長年の勘であれがそうだと感じとることぐらいはできる。なにせ、昔も戦ったことがあるのだから。
流れ星など珍しいことから、誰もが見入ってしまう。これが外からの影響だと聞かされていても、きれいだと思ってしまう気持ちは抑えられなかった。
しかし、余韻に浸ることもなく感じた禍々しい気配。すぐさま全員が鋭い雰囲気となる。
その中、グレンは持っていた包みから聖剣を取り出す。
「使うのか」
「さすがに、あれは魔剣でどうにかなる相手じゃない」
黒い霧のようなものを見ながら言えば、シュレはさらに気を引き締める。
目の前にいる英雄王がこうまで言うほど強いということになるからだ。自分達ではどこまで手助けができるかわからないと、シュレは思ったほどだ。
「ヴェガ預かっといてくれ」
後方にいるのはシュレだけ。他の三人も接近戦タイプなだけに、託せるのは彼しかいなかった。
「わかった」
主がいない聖獣は戦えないことも聞いていただけに、それが手助けになるならと受けとる。
金色の炎が周囲に現れたのを見て、ここから始まるのだとシュレは弓を構えた。
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