新たな一歩2
夕焼け空を見上げながら、星がうっすらと輝くのを確認する。
ここまでくれば、流れ星と共にくると思えてきたのだ。
「夜営の準備するか」
アイカといるから距離を置いていたシュレが、確認するようにやってきた。
少しばかり考えていたグレンは、食事と軽く仮眠をとるだけでいいと答える。
夜営の準備をしたところで、おそらく寝ることはできない。
「わかった。まぁ、そうなるだろうとは思ってたが」
その視線がお前も寝ろよと言われていることに気付き、グレンは苦笑いを浮かべる。
「ほっといたら寝なそうだからな」
「お前、俺を理解しすぎだ」
間違っていないだけになにも言えない。
当然ながら、寝るつもりなどまったくなかったのだ。寝ていても魔物の気配などで起きることはできるが、そんな気分になれないというのが本音である。
(寝たふりもバレるよな)
こう考えていることもバレているのだろう。わかるだけに、どうしたものかと思わずにはいられない。
一度だけ視線がアイカへ向けられると、シュレはなにも言うことなく離れた。
態度からして、アイカとの喧嘩はもうしないのだろうと察するグレン。ただ、それを抜きにしてもあまり好きではないようだとも思う。
それは仕方ないかと思わなくもない。
(煩さで言えばアクアと変わらないが、大丈夫なんだろうか)
騒がしいのが好きではないのだろうが、妻も変わらないとわかっている。それだけに、会わせたらどのような反応が返ってくるのか楽しみでもある。
「気にするな。元々、騒がしいのが好きじゃないだけだろ」
「確かに、騒がしい場所には近寄らないみたいだけど」
酒場などに一人で行くことはないと、傭兵仲間では有名な話。誘えば意外と付き合ってくれるらしいのだが、誘う人はほとんどいない。
「そうだったのか。普通に酒場へ連れていったが、行き慣れてたから気にしなかったな」
フィフィリスと行っていたのかもしれないとシュレを見る。
「言うタイミングを逃していたが、俺は独り身じゃない」
アイカの気持ちには応えられないと言えば、それはもういいのだと答えが返ってきた。
「たぶん、あたいはヴィル…グレンだったね。グレンに認められたかったんだ」
強いからと言えば、もはや苦笑いしか漏れない。
グレン自身は自覚がない上に、ただ長く生きているだけだとしか思えないのだ。
聖剣を使えば次元の違う力を使うことは間違いがないのだが、それ以外はどこにでもいるハーフエルフだと。
「まったく…俺をなんだと思っているんだか」
最近は似たようなことばかり言われてるとぼやけば、アイカは笑うしかない。
彼に至っては仕方ないことだと思うからだ。
『自覚が無さすぎるんだよ、てめぇは』
黙って聞いていたヴェガが乱入すれば、そんなことはないというようにグレンは見る。
ある程度の力は認めているつもりだ。磨いた自分の腕に自信はある。
察したヴェガがそうじゃないと言うようにため息を吐く。
『まぁ、お前もシオンもあいつとは違って、そこはいいと思うぜ。あいつはもう少し謙虚になれと思ってたからな』
やれやれと呆れてみせると、ヴェガは空を見上げる。
『仮眠ぐらいとれよ』
「気が向いたらな」
あっさりと言えば、ヴェガは絶句してグレンを見た。
正確にはその背後だ。彼もわかっている。シュレが立っているのだと。
「おとなしく寝ろ」
聞いたこともないほど低い声で言われれば、さすがにアイカも引いていた。引きつった表情でグレンの背後を見ている。
「シュレ、アイカが引いてるぞ」
「話を変えても無駄だからな」
話題を反らそうとしてみたところ、それは失敗に終わった。
降参だと言うようにグレンが立ち上がれば、苦笑いを浮かべているエシェルの姿が。
彼女も、シュレがここまでやるとは思っていなかったのだろう。
仮眠用の天幕へ入っていくのを見ると、エシェルとカルヴィブはアイカの元へ移動した。
周囲に誰もいない方がいいという判断だが、同時に寝ないだろうという確信もあったりする。
「さて、寝ている間に話をしておきたいんだが」
寝ていないとわかっていながら、そこに触れることなくカルヴィブは話し出す。
「グレン殿はこのまま組合を離れるだろう。そのとき、シュレは」
「勝手についていきますから気にしないでください」
あっさりと言われた言葉にカルヴィブは頷く。言われるまでもなく、わかっていたことだ。
グレンもそのつもりでシュレにはすべてを話している。
「あの様子だと、アイカにも同行を求めてくるだろう。行くか」
「行きます」
事情はなにも知らない。それでも、グレンが必要としてくれるなら行きたいと思ったのだ。
今までとは違う表情に、カルヴィブはわかったと一言告げた。今の彼女なら問題ないという判断だろう。
アイカが行くと言った瞬間、シュレの視線が探るように向けられる。
グレンが許可を出せば文句の言いようもないが、不安要素が拭えないのは言うまでもない。
「さて、私も行きたいところなんだが」
「バカなことを言わないで」
バッサリと切られれば、わかっているとカルヴィブは苦笑いを浮かべる。
「だから、いざとなったら君に頼むよ」
「はい?」
この人はなにを言い出すのかと、怪訝そうに見るエシェル。本気なのかと探ってみたが、どうやら本気のようだ。
「君しかいないだろ。この二人以外で、グレン殿と組んだ経験のある傭兵」
なにかあったとき、組んだこともあり事情を知っているエシェルが適任だと言えば、そうかもしれないと思えてしまうから困る。
なにをするかわからない英雄王。それがエシェルの評価だったりするから。
「シュレがいるなら、私はいらない気もしますが」
もしも求めてきたなら、そのときは同行することを承諾した。
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