旅立ちの決意2
ひたすらに眠り続けたクオンは、二十日経った夕方に目を覚ました。
身体の奥底にもう一人の自分がいる。感じることはできるが、接触することはできない。向こうが拒絶しているのだとなんとなくわかった。
色々と聞きたいと思っていたが、甘えるなということだろう。
(わかった。昔とか今とか、力とか聞かねぇから)
ちょっとした話し相手ならいいだろ、と語りかけてみた。
『お前、変な奴だな』
(失礼じゃね。あんたは俺だろ)
自分に向かって変な奴とは失礼だ。そう言ったところで、笑って済まされる。
生きている年数が違う。普通に言い合ったところで勝てる相手ではない。
(俺であって、俺じゃねぇ)
確かに違う、と実感した。リオン・アルヴァースほど長く生きれば、同じになるのだろうか。
思わず考えてから、それはわからないなと苦笑いした。
自分に話しかける。それは不思議で、少しだけ二重人格になった気分だ。実際にはまったく違うのだが。
(これなら、答えてくれっか? どうすれば、早く思いだす)
あれだけ見たくないと思った記憶。それが、今は見たいと思う。
これは止まらない。リーナがいてもダメなのだと理解した。青年の記憶は魂に刻まれたもので、すべて思いだすまで続くだろうと。
『嫌だったんじゃねぇの』
(それは、おんなじのばっかだからだ)
なんとなく、青年が意図的に見せたものだとわかった。
警告だったのだ。リーナを巻き込むという。彼女をきっかけに見始めたのがその証だ。
(もっとあるんだろ…)
『まぁ、何千年も生きてりゃな』
手っ取り早く思いだせるなら、そうするのだと決めた。
ずっと感じていた急かすような感覚。それが、あの日もう一人の自分と接触し、さらに強くなった。
『……手はあるぜ。けど、耐えられるのか』
一人で行くのだろと言われれば、クオンは外を眺めながら頷く。
誰も巻き込めない。よくはわからないが、とんでもないことに自分が巻き込まれている。それだけは理解できていた。
大切だから巻き込みたくはない。今度は死なせてしまうかも、と思ったら怖くなったのだ。
『お前が決めたなら、止めねぇけど。止めても無駄だろうし』
すべてが同じではないが、すべてが違うわけでもない。所々、自分にも似ていると思った。
魂が同じなのだから必然的にそうなるのだろうか。不思議だと、青年リオン・アルヴァースは思う。
少しばかり考えた。決めるのはクオンだが、本当に一人でいいのかとも思う。あいつぐらい連れていけばと思ったのだ。
『俺に強い繋がりがある物。それがあれば、早くなるだろうさ』
クオンが国へ戻ってから酷くなったのは、この家がリオン・アルヴァースの息子がいた場所だから。
すでに三千年は経つが、それでも魂が反応してしまったのだろう。
(そんなの、あるのか?)
『ねぇな。ほとんど処分しちまったから』
あっさり言われた言葉に、殴りたくなった。目の前にいたなら間違いなく殴っていただろう。
「この国にリオン・アルヴァース縁の地なんかねぇぞ! どこいきゃいいんだー!」
「中央の大陸セレンだろうな」
思わず頭を掻きながら叫べば、思わぬ声がしてクオンは固まった。
恐る恐る振り返れば、そこにクロエが立っている。
「い、いつからそこに?」
「今来たばかりだが」
すべてを見透かすように見てくる姿に、冷や汗が流れるのを感じた。
(この目、苦手なんだよな…)
『叫ぶお前が悪い』
どことなく呆れた声を最後に、リオン・アルヴァースの気配が消える。関わらないというように奥底へ戻ってしまったのだ。
薄情者と叫びたくなったが、これは自分がやってしまった失態。そして、目の前にいる幼馴染みは逃さないだろう。
「お前の考えなんて、お見通しなんだよ。悪いが、俺とリーナはすでに決めてる」
「ちょっ、待て…」
一歩譲ってクロエは仕方ないと思える。なによりも、彼は自分なんかより強い。
だが、彼女を巻き込むことだけは絶対にしたくなかった。
「あの日から、もう二十日経つ。リーナにすべて話し、二人で決めた。お前は絶対に一人で動くとわかっていたからな」
その通りなだけに、クオンはなにも言えない。
「今のお前には、リーナが必要だ。なら、俺はそれに手を貸してやる」
ハッとしたように見上げれば、兄の顔をしたクロエが見ている。
わかっていた。彼女がいるから耐えられる。いなければ、耐えることができないかもしれない。
それでも一人を選んだのは、今の自分が守れないと気付いてしまったからだ。
「で、行くんだろ」
「…行く」
「なら、三日後の夜だ。外に行くぞ」
二十日も寝ていたのだから、出発まで鍛えてやると言う。
その表情が今までとはまったく違った。手抜きではなく、本気で相手をすると言っているのだ。悔しいと思っているのを察してくれたのだろう。
(そうだ。悔やむ時間があるなら、強くなってやる)
身体の奥底で笑う声が聞こえた気がして、クオンは無視した。
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