覚醒の鼓動3
視界が暗闇に閉ざされる。いつものように記憶を見ているわけではない。これは、自分の奥底にいる。
『チッ、こんなのが俺だというのか』
不機嫌そうに言う青年は、夢で見ていた青髪の少年だ。
「お前が、俺…」
『そうだ。俺はお前、お前は俺だ』
わからないと言わせない。無言の圧力をかけられクオンは圧倒される。これほどの圧力、今まで感じたことがない。
「俺は…お前になるのか…」
『ちげぇな。お前はお前だ』
普通なら意味がわからないと言うところだったかもしれないが、クオンには意味がわかった。
『バカではないらしいな』
「うるせぇ」
自分に向かって、なんてことを言う奴なんだと思う。これが本当に自分なのかと疑ったほどだ。
しかし、目の前にいるのは間違いなく自分だと直感が言っている。
『まだ、すべてを受け入れるには早いか』
ゆっくりと近づいてきた青年は、クオンを値踏みするように見て言う。
『けど、あれはお前では無理だ』
どうするかと問いかけてくる視線。意味がわからないと視線で返せば、青年がニヤリと笑った。
『手を貸すか貸さないかだ。もっとも、聖獣がいなけりゃ聖剣もねぇ。力は半減しちまうがな』
「倒せる、のか…」
『俺なら、な…』
ただし、と青年は付け足す。身体はクオンのもので、それ相応の負担がかかると言う。
それでもよければ青年が力を貸す。七英雄の一人であり、月神と呼ばれるリオン・アルヴァースがだ。
「あいつをぶっ倒して、リーナが救えるなら…なんだってしてやる」
『…フッ。お前は、やっぱ俺だな。身体を借りるぜ』
頭をぽんっと叩かれると、クオンの意識は途切れた。
急ぎ駆けつけたクロエとセルティは、その場の光景に驚いた。二人から見ても目の前の魔物は普通ではない。
「リーナ!」
なによりも驚いたのは、大量の出血で倒れているリーナだった。
いますぐに駆け寄りたいが、動かなかったクロエ。いや、動けなかったと言うべきだろう。
「クオンの、力なのか…」
急激に温度が下がっていく。銀色の風が吹き始め、地面がピキピキと音を鳴らしながら凍りだす。
圧倒的な力に、畏怖すら感じた。本能が近寄るなと告げているのだ。
「月神の力だな」
それはセルティも同じこと。彼ですら、いままでに感じたことのない魔力。強い力の波動に危険信号を発している。
(俺が、畏怖してるとはな…)
そんな力の中心に、何事もないようにクオンは立っていた。
青みかかっていた紺色の髪が完全な青へと変化すれば、クロエは息を呑む。
「覚醒、したのか…」
月神として覚醒すれば、クオンがどうなってしまうのか。これは誰もわからないことだ。
それだけに、彼はどうしても伸ばしたかった。避けられないならば、覚醒を遠ざけて調べる。そのつもりで動いていたのだ。
風を使い、落ちていた剣を拾って握る。構え方が違うと気付けば、拳を握り締めた。
(クオンじゃない…)
今目の前にいるのはクオンであってクオンでない。その事実を叩きつけられ、クロエは悔しくなる。
「あれが、月神の力か…」
見ていたくないと思いながらも、目が逸らせない。圧倒的な力でねじ伏せていく姿に、自分の中でなにかがざわつくのだ。
それがなんなのかクロエはわかっていた。彼だからこそ、反応してしまうのだと。
すべてが終わるまで、数分しかかからなかった。圧倒的な力で魔物を氷漬けにし、粉々に砕いてしまったのだ。
これが月神なのかと思わずにはいられない。と同時に、そんな神が死ぬほどのことがあったのかとも思う。
魔物が倒されれば、クオンはリーナに近寄る。かざされた手から銀色の光が溢れ、傷を治していく。
「リオン・アルヴァースか?」
振り向いた彼は冷たい輝きを宿した銀色の瞳に変わっており、セルティが確認するように問いかけた。
「そうだ。このバカの頼みで、身体を借りた」
ニヤリと笑う姿はクオンと代わりない。むしろ、まったく同じと言っても過言ではなかった。
「身体を借りた、とは?」
思わぬ言葉に、セルティの視線が見抜くように向けられる。そこには、英雄への敬いなどは欠片もない。
「俺は俺で、こいつはこいつだ。けど、こいつは俺だし、俺はこいつ」
そういう関係だと言えば、クロエも意味は理解できた。つまり、覚醒してもクオンは消えないということだ。
しかし、リオン・アルヴァースは消えてしまうのだろう。なぜか、それもわかってしまった。
「こいつには、まだ受け入れ体制が整ってないみてぇだからな。だから、俺が出てきた」
「つまり、受け入れ可能となれば…」
「俺が消える」
自分のことをあっさりと言う姿には、セルティも言葉を失う。
「消えたくない、と思わないのか」
クロエは思わず問いかけていた。目の前の英雄はあっさりと言うが、消えずに済む方法があるのではないか。
長い月日を生きていた人物だからこそ、それを知っていてもおかしくないと。
驚いたように見た後、リオン・アルヴァースは声をあげて笑った。
「死んだ奴が、新しい身体乗っ取ってどうすんだよ。結局、死者に代わりねぇだろ」
その表情を見たとき、二人ともがすごい人だと思う。目の前にいる英雄は、満足して死んでいったのだとわかったからだ。
「俺は自分で選んで死んでいった。だから、いまさら新しい身体で、俺として生きようとは思わねぇ。可能なら、こいつにもそんなもん背負わずに生きさせてやりたかった」
しかし、それが許されない状況になってしまった。なにかが起き、月神の力が求められている。
不本意なことに、転生した魂は過去を背負うことになってしまった。
「決めるのは、全部こいつだけどな」
すべての記憶を知り月神の力を得たとしても、どう動くのかはクオン次第。そう言ったとき、リオン・アルヴァースは寂しげな表情を浮かべた。
自分が動けないことが少し辛いのかもしれない。つまり、この一件には太陽神が関わる。
「なにがあるか知らないが、行くよ。クオンは、そういう奴だ」
「そうか…なら、ひとつだけ言っておく。巻き込みたくねぇなら、あの女は置いていけ。こいつの覚醒は止まらない。このまま傍にいたら、あの女は星の女神に選ばれちまう」
二度も大切な者を巻き込んでしまった。リオン・アルヴァースは後悔したからこそ、次は後悔させたくないと言う。
月神だからこそ知っている、女神に選ばれる条件。クオンでもあるから、どれだけ惹かれているかも知っている。
「まぁ、結局選ぶのは本人達だがな…」
ふらついた身体に、クロエが支えに近寄った。
「今の状態じゃ、これが限界か…力の負担がでけぇ…」
次に目を覚ませば、あんたの大切な幼馴染みだと呟く姿に、クロエは己を恥じる。
「また、会えて…嬉しかったぜ…」
「気付いて…」
小さく呟かれたそれに、視線を伏せた。こうも悲しく感じるのは、魂が原因だと言い聞かせながら。
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