神馬と月の腕輪3
父親ならなにか知っているのかもしれないが、少なくともクオンは聞かされていない。
「まぁ、まだ家を継ぐわけでもないし、教える必要はないと思っていたのかもしれないな。騎士団の職務に慣れてからと、思っていたかもしれないだろ」
家同士の交流はもちろん、幼い頃からクオンといたことでクロエは父親と面識がある。判断力に関しては間違いないと思っていたのだ。
騎士として現役だった頃のことも、当然ながら知っている。一時期、クオンの父親がいた月光騎士団に所属していたのだ。
「そりゃそうだな。今から家も継げ、なんてことはないよなぁ。継がないなら、教えられないことか」
「そうよ。私だって家のことはそこまで知らないもの」
クロエは知ってそうだけど、と二人とも見れば、一応と視線を逸らされた。
「クロエは後継ぎだしな…」
どことなく寂しげに言われた言葉に、気付いた者はいたのだろうか。フィーリオナがすぐさま切り替えれば、クロエだけが視線を向け、そのまま戻す。
「……とりあえず、初代の奥さんが姫さんだったから、そのままうちの家系がってことでいいのか?」
『そうだ。月神の家系であったのも、大きい』
神馬の言葉に、そういえばとクオンは思う。家のことを詳しくは知らないと。
「俺、そこまで詳しく知らないんだよな。たぶん、世間一般的なことしか知らない」
呟くように言われた言葉に、リーナもそういえばと頷く。シリウス家という家名は有名だが、その成り立ちはあまり知られていない。
リーナやクロエは家柄の問題もあって知っているのだが、シリウス家の初代当主が姫を嫁にしたことぐらいしか知らなかった。
「シリウス家とは、スレイ・メイ・シリウスが騎士として功績を上げた結果だ。詳しく知られていないのは、彼の本来の名が、スレイ・アルヴァースだからだな。七英雄にして月神リオン・アルヴァースの息子だ。クロエはセルティから聞いたのだろ」
「えぇ。アルヴァースなのは聞きました」
もう少し詳しく聞きたいところだったが、あれ以上は無理だともわかっていた。
『女神の血を受け継ぐ者だ。そちらもだな』
リーナを見て言うが、本人はなにを言われているのかわからない。困ったようにクオンを見るから、クオンもわからないと首を振る。
あまり話すと怒られる、と神馬が言えば、フィーリオナも理解したのか黙ることにした。
おそらく、クオンの中にいるリオン・アルヴァースを言っているのだ。話しすぎたら、彼のことだから表に出てくるかもしれない。
それはそれで試してみたいところだが、神の怒りに触れたくないとフィーリオナは思う。
『すべてを知りたいならば、受け入れるしかない。私は、これを渡すために来たのだ』
淡い光が浮かび上がると、銀色に輝く腕輪が現れる。どことなく懐かしく感じる腕輪に、クオンは不思議な気持ちになった。
『これは、スレイ・アルヴァースより預かった物。いつの日か、戻ってきた月神へ渡すようにと。太陽神が持つ腕輪と対になる物だ』
思わぬ言葉に、思わず手を伸ばしていたクオン。慌てたように止めたのはクロエだ。
「バカか。こんなものに触れたら、なにがあるかわからないぞ」
リオン・アルヴァース本人の持ち物となれば、記憶が一気に押し寄せてくるかもしれない。それこそ、今までの比ではないほどに。
言われてから、ハッとしたように手を引っ込める。言われている通りだと思ったのだ。
これを手にすれば、間違いなくすべてがわかるかもしれない。けれど、今までと違い一気に押し寄せてくることにもなるだろう。
耐えられるのかと視線だけで問われれば、さすがに即答できるものではない。
見るだけなら大丈夫だったかもしれないが、感情も流れ込んでくるのだ。あれをどれだけ耐えればいいのかと考えたとき、無理かもしれないと思う。
「しかし、受け取るだろ。月神の腕輪だぞ」
当たり前のようにフィーリオナが言えば、それはそうなのだが、とクロエも渋い表情を浮かべる。
これは受け取るべき物だろう。わかっているが、簡単に受け取れる物ではない。どうしたものかと悩むと、リーナを見たまま思考が止まる。
(夢も抑えたリーナだ。これをリーナに持たせておくというのも、ひとつの手か)
どちらにしても、この腕輪をどうするのか決めるのはクオンだ。覚悟があるなら、彼が受け取るのも構わない。
どうするかと、視線だけで問いかける。決めろと催促するように。
クオンもどうしたものかと、目の前に浮く腕輪を見る。これを受け取るべきだろうと思うのだが、今すぐになにか起きた場合は困るとも思う。
せめて心構えをしてからだ。そうでないと、情報量としても受け入れきれないとわかっていた。
なにせ、リオン・アルヴァースが生きていた年月はとてつもなく長い。
「受け取るなら、リーナがしばらく預かってるのがいいと思うが」
受け取りたいのだと察したクロエが言えば、一瞬なにを言っているのかと怪訝そうに見る。
「……あー、そういうことか」
少しばかり考えた彼は、クロエが言う意味を理解した。夢を抑えたリーナが持っていれば、とりあえず大丈夫ではないかということだ。
確かにそうかもしれないと思う。自分が手にしたら反応してしまうだろうが、彼女なら反応しないかもしれない。
あくまでも可能性でしかないが、彼女なら安心していられるという気持ちもある。信頼していないわけではないが、クロエに渡すと簡単に戻ってこない気もした。
フィーリオナは問題外だ。彼女に渡したら、戻ってこないとなぜか思えたから。
「どうだ?」
「別に、いいけど」
問いかけてみれば、よくわかっていないリーナが不思議そうに構わないと答える。なら託すかと、決断は早かった。
会話を聞いていた神馬がリーナを見ると、腕輪は自然と彼女の元へ移動する。
『受け取るといい、星の女神となりえる者よ』
「星の女神……」
またその言葉か、と思う反面、星の女神となればどうなるのかという気持ちにもなった。
『月の輝きに寄り添う星。でも、違う』
最後にそのような言葉を残し、神馬は光となって消えていく。
どことなく笑みを浮かべていたような気がして、リーナも自然と笑顔になる。言葉の意味が、なんとなく理解できたのだ。
「なに笑ってんだよ」
「なんでもない。それより、これからどうするの」
「……とりあえず、寝る」
寝ていたところを起こされたのだ。もう一度寝直したいと言えば、家へ戻っていく。
「私も寝るかな。書類はこのまま返しても構わないだろう」
どうせ嫌がらせだとぼやきながら戻るフィーリオナに、クロエがため息を漏らしながら戻っていく。困った女王だ、とでも思っているのかもしれない。
(月の輝きに寄り添う星、か。最後のあれは、星の女神って意味じゃなかったな)
受け取った腕輪を見ながらリーナは笑った。違うと言われたのは、リーナが隣に立ちたいと願う気持ちを察してなのではないか、と思えたのだ。
もしもそうなら、遥か昔にいた星の女神とはまったく違うのかもしれない。
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