ティンフスへ3
このまますぐに行くわけではなく、休息をとってから行こうとフィーリオナが言えば、クロエが同意するように頷く。
すぐさま向かうというのも構わないが、先がどうなるかわからない現状、休めるときには休むべきだ。特に、とクオンへ視線を向ける。
(今のところ異変はないが……ここがリオン・アルヴァースの死んだ地なら)
休んでいる間に夢で見る可能性は高いと思っていた。彼は基本的に夢で記憶を見ている状態なのだから、見ないわけがないと。
リーナと寝かせるべきかと思うが、覚悟を決めた彼に抑えをするべきなのかも悩ましい。
「お前は、保護者だな」
真剣に考えていれば、呆れたような視線。
「幼馴染みです、陛下」
「いや、今のお前は保護者だ」
「せめて兄にしてほしいものですね」
保護者と言われると、老けていると言われているみたいで気分がよくない。
自分でも時折思っていることではあったが、それを第三者に言われるのも気に入らなかった。幼い頃ならわかるが、今は保護者をしているつもりもないのだ。
とにかく、まずは休息をとる場所をとクロエが言えば、用意してあるとフィーリオナは案内する。
すべての手筈を整えてあるのだろう。管轄がセルティだと言っていたのを思いだせば、当然という気持ちの方が強い。
彼ならここまでやっていて当たり前。さすがなどと思わない。
用意されていた家も、おそらくはセルティが滞在用として使っているものだろう。管轄と言うからには、ここで滞在することもあるはずだ。
「この家の中なら、自由に使って構わない。私の家ではないけれどな」
あっさりと言われた言葉に、三人ともが苦笑いを浮かべている。これでいいのだろうかと思うが、家主は構わないから貸してくれているはず。
クロエだけではなく、クオンとリーナも気付いているのだ。この家はセルティがティンフスへ滞在する際に使用しているのだと。
「とりあえず、休むか」
「そうね」
色々と突っ込みたい気分ではあったが、休息には代えられない。
なにせ、騎士団の職務をこなしたうえに夜中は馬で走り続けた。さすがに少しは休みたいと思う。
『よく耐えたものだな』
一人になった瞬間、語り掛けてくる声にこの野郎と思うクオン。
村に入った瞬間、魂がざわつく感覚に吐き気が襲った。なぜなのかと、自分の奥底へ向けて問いかけたほどだ。
「で、どうなってんだよ」
ずっとざわつく感覚が残っている現在、理由が必ずあるはずだ。
「お前、ここと関係あるのか」
北にはないと思っていたことから、完全に油断していた。突然襲い掛かってきたものに、内心はふざけるなと悪態ついていたのは言うまでもない。
『……いや、北になにもないと思ってたんだ。すっかり忘れてたぜ。ここは俺が死んだ場所だな』
あっさりと言われた言葉に、ふざけるなと何度目かわからない言葉をぶつけたくなる。
どうやらとんでもないところに来てしまったようだ。
「そんな、あっさりと……」
健康なのが自慢と言っても過言ではないぐらい、クオンは体調を崩したことがない。吐き気で辛いなど、当然体験したこともなかった。
『初めて酒を飲んだときだと思っておけ』
「思えるかよ…」
むしろ、どんな例えだと突っ込みたくなる。
このまま寝たら、また夢に見るのだろうかと思えばため息すら漏れた。自分から決めたことだけに、夢を見たくないからリーナにいてくれとも言えない。
(むしろ、あれといる方が地獄……)
惚れた相手が無防備に寝ている姿など、これ以上見ていたくないというのが本音。
『お前な。男ならもっと強く出ろよ』
「うるせぇんだよ」
巻き込むと忠告してきたかと思えば、今度は関係が遅れていると言われたり、もっと押せとまで言ってくるリオン・アルヴァースに困る。
むしろ、リーナとのことは首を突っ込むなとすら思っていた。
『フラれる心配か? 情けねぇな』
これが自分とは情けないと言われれば、言葉に詰まってなにも言えない。
関わりたくないというように接触してこないが、こんなときだけは無駄に絡んでくる。遊ばれているのだとわかっているだけに、なんとかして返り討ちにしたいと思う。
『おっと、心配性の兄貴が来そうだな』
言い返す言葉を考えていれば、クロエが来ると奥底へ消えてしまった。
逃げやがった、というのがクオンの気持ちだったりする。
「入るぞ、クオン」
リオン・アルヴァースの気配が完全に消えると、外から声がかかる。どうしたものかと思うが、入れるしかないともわかっていた。
「勝手に入ってくるんだろ」
ダメと言ったところで聞くわけがない。自分の状況を考えれば、返事をしなければ勝手に入ってくるし、ダメと言っても入ってくる。
聞くなと思ったほどだが、一応声をかけてきただけでもマシかと思い直す。問答無用で入ってきてもおかしくはない。
「わかってるじゃないか」
当たり前のように入ってくるクロエに視線だけ向ける。
「……どういった状態だ」
ベッドの上でぐったりしている姿に、クロエの表情が険しくなった。なにかあったと思われているのだ。
「魂がざわつくような感覚がするだけだ。問題ねぇ……」
「それを判断するのは俺だ」
信用できないと言われ、クオンは黙った。
確かに、なにがあってもなんともないと言ってきた過去がある。クロエは誰よりも知っているだけに、信用できないと思われても仕方ないことだ。
「まったく……問題ないと言えるだけ、まだマシか」
もっと酷かったら言えないだろ、と言われれば黙って頷いた。
これ以上はなにも言わない方がいいと思ったクオンは、近寄ってきた幼馴染みをほっとくことにする。なにかをしに来たわけではないとわかっているからだ。
「……リーナは?」
これだけ確認させろと言えば、寝てると言われてホッとする。しっかりと休めているなら、クオンとしては問題ない。
「仮眠だと言っていたから、すぐ起きるかもな。機嫌も悪くないから、安心しろ」
「そっか…」
フィーリオナといることで機嫌が悪くなるかも、と思っていたのも事実で、どうしたものかとずっと思っていた。
けれど、リーナはクオンからもらった腕輪が響いているのか、フィーリオナを気にしなくなっていたのだ。
(狙ってないんだろうけどな)
狙ってやれるような青年ではない。ただ家の習わしで送っただけだとわかるが、今それで問題でもないので言う必要もなかった。
「とにかく、お前も寝ろ。おとなしく寝られるかはわからんが」
「あぁ…」
夢を見るかもしれないが、休息は必要だ。酷い夢でも見てうなされれば、おそらく起こしてくれるだろう。そのつもりで来たのかもと思えば、クオンは眠ることにした。
リオン・アルヴァースの記憶が渦巻く闇の中へ落ちながら。
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