聖剣と女神の力3
「ヴェルトが?」
その情報は唐突に入ってきた。ヴェルトが聖剣を手にしたと。
少しばかり驚いたが、リーシュを守りたいと願う強い想いを知っているだけに、納得もいく結果だ。守るためなら、どんなことでもやりそうな青年だと。
「なにか新しい情報でしょうか」
にこやかに問いかけてくるイクティスに、彼も侮れないとはイリティスの内心だ。
中にいる魔物と外にいる魔物は同じ個体と見抜き、束縛までしてみせた。同時に倒さなければ、また別の場所へ逃げられてしまうだろうとも彼は言う。
一度中へ逃げられてしまっただけに、イリティスもそうかもしれないと思い、同時に倒せるよう現状は見守っているのだが。
(彼にこのような力があろうとはね)
さすがに想定外だ。イリティスが知っているクレドは魔力なしのエルフ、ということもあって、甘く見ていた自分を叱咤したほどだった。
「虹の女神殿?」
「ごめんなさい。なんでもないわ。中で聖剣を継いだ者がいると、連絡があったものでね」
それで考え込んでいたと言えば、一応納得はしてくれた様子。完全に信じてはいないだろうが、嘘でもないと思っているのだろう。
それで、とイクティスが見てくるから笑う。どうやら、彼も聖剣を継いだ者が気になるようだ。
「そういったところは、クレドにそっくりね。あの子も、知りたいときはそんな表情していたわ」
本人なのではないかと思うほどだが、違うのはわかっている。都合よく転生してくるわけがない。
仮に転生して記憶を持っていたとしたら、この対応はしないだろう。太陽神すらこき使ったクレドだ、もっとイリティスにも求めてきたことは間違いない。
(判断基準がこれも、どうかと思うのだけど)
そう思わせるほど似ているのだ。親もこうなのかもしれないと思えば、クレドの子供自体が似ているということだろう。
「そんなに、似ていますか?」
考え込むイリティスに、自分はそれほど似ているのだろうかと不思議そうにしている。
「似ているわね」
「そうですか。まぁ、僕は父に似ているようなので、父がクレド・シュトラウスに似ているということなのでしょうね」
「なるほど。そういうことなのね」
似た者親子となり、そのまま続いているのかと笑った。
「それで、聖剣を継いだ人物ね。会った方が早いと思うのだけど」
どうせ会っていくのだろう、と言われてしまえば、イクティスは笑うしかない。
会うつもりがなくても、村の中へ入れば自然と対面するだろう。仲間が村にいる以上、ここでさようなら、というわけにはいかない。
「その通りですね」
彼女からの評価なら信用できると思ったのだが、会うのだから自分で確認するべきかと思い直す。
「まぁ、面白い子ではあるかもね」
会ったときには気付かなかったが、しばらく一緒にいて思いだしたのだ。以前、ミヤーフ神殿ですれ違った子供だと。
つまり、リーシュはなにも言わなかったが、彼は王子だということになる。
「あなたが言うのですから、間違いはないでしょうね。楽しみですよ」
笑いながら言うイクティスに、少しだけ不気味さを感じるのであった。
彼は、クレドと似ているがそうではない。おそらく、隠された本性があるのだろうと、このときイリティスは気付いたのだ。
見た目以上に厄介な存在だと。
グレンを連れてくればよかった、などと思いながらイリティスは精霊達の声へ耳を傾ける。
目の前にいる彼を相手するには、間違いなくグレンがいいだろうと思ったのだ。自分ではまともに相手できないとすら思っていた。
「シャル、どう……」
村の中から光の柱が立ち上ると、シャルが驚いたようにどこかを見ている。
気付いたイリティスがそちらを見て、その光景に驚く。イリティスだけではない。イクティスも驚いていた。
「フェーナ……」
一人の女性が目の前にいる。どことなく透けているような姿に、誰も言葉を発することはない。どう声を掛けたらいいのかわからないのだ。
むしろ、声を掛けたら届くのかすらわからない。
『イェルク…先に消えるわね』
透けているフェーナが聖槍へ触れながら言えば、三人ともが理解する。彼女は消える前に、挨拶をしに来たのだ。
聖剣に焼き付いた存在だが、本人と変わらない存在でもある。恋人である彼に会いたいと思うのも、十分に理解できる行動だった。
それが最後の挨拶となれば、なおのことだ。
これを意味することは、フェーナ・ノヴァ・オーヴァチュアの聖剣を引き継いだ者は、自分のものにしたということ。
シャルはどうやったのか、ということよりも、今彼を解放させたいと思う気持ちの方が強かった。
同時に眠らせてあげたい。そう強く思ったとき、聖槍が問いかけてくる。どのように使いたいのかと。
(そういうことか。俺は槍だから気にしなかったが、彼女はレイピア使い。使い手がレイピアを使わないなら、自分に使いやすい聖剣へと変えたはず)
つまり、それが自分のものにするという意味だ。
ならば、と彼は聖槍へ意識を向ける。同調させるように声へ意識を向ければ、力に宿るものを感じ取れるようになった。
(なるほどな。俺は槍のままでいい)
剣も使うが、他とのバランスも考えれば聖槍がいいと思う。聖槍を手にした戦いのときも、槍が欲しいと思っていたところだ。
聖槍だからこその利点もある。形を変える必要はない。ただ、自分の槍となってくれればいい。
問いかけてきた声に答えれば、強い光を放ちだした。
手にしていた聖槍が軽くなったと感じたとき、目の前に一度だけ見た男性が現れる。聖槍の使い手であったイェルク・ソレニムスだ。
『まさか、このタイミングでやるとはな』
どことなく笑っているような表情で見てくるイェルクに、シャルは笑ってみせる。感謝しろと言うように。
『あぁ…感謝するべきなのだろう』
たとえ本人ではない焼き付いた意識であっても、彼らは本人達と同じ記憶を持ち、同じ感情を持つ。互いを恋人と認識しているのだ。
『ありがとう。私達を会わせてくれて』
フェーナが微笑むのと同時に、二人の姿は光の粒となって消え去った。
「シャル、合図よ!」
感傷に浸る時間もなく、精霊からの合図はやってくる。こちらの動きに合わせて、中も動くというものだ。
「……聖槍よ」
握り締めた聖槍。小さく呟くと、以前よりも格段に強い力が解き放たれていく。
これなら一撃で消し去ることができるだろう。塵も残さないほどに。
「頼むぞ、精霊達」
向こうは問題ない。いつ動くのか、わざと声に出してから斬りかかれば、あとは精霊と村の中にいる仲間を信じるだけ。
明るくなりだした空に、まだ終わりではないとセルティがリーシュを見る。
魔物はすべて倒したが、村中に撒き散らかされた花粉が問題だ。効果は人それぞれのようだが、どちらにしても毒に変わりはない。
「精霊の巫女なら浄化ができるだろ」
「できますが、一気になんて……」
一人ずつやったとしても、自分の力では無理だと思う。いくらなんでも、村すべてを浄化することなどできない。
「できる。血の解放をしているだろ」
血の解放という言葉に、ハッとしたように見る。やってみたことは間違いないが、精霊達は応えてくれなかった。解放されていないのだ。
自分には女神の力を使う資格などない。そう突き付けられたのだと思っている。
「……リーシュ、お前は使えるはずだ。お前の影響を受けたのがいるということは、血の解放をされているということだ」
セルティの視線がヴェルトへと向けられれば、なにを言っているのかと言いたげにするリーシュ。
「あいつは、どう見ても女神の影響を受けているぞ。お前以外にはいないだろ」
思わぬ言葉に、驚いたように水色の瞳を見開く。
血の解放をしてもらえなかったのではなく、すでにされている。いつしたのかは思いだせないが、すでに戦う力は己の中にあったのだ。
(私の力……)
使えるだろうか。今度は不安に陥る。
今までとは次元の違う力だ。使いこなせるかわからない。使いこなすことができなければ、村は消え去ってしまうかもしれないのだ。
「信じろ、リーシュ」
「ヴェルト…」
「俺達はみんな、お前を信じてる。精霊の巫女だからじゃなく、お前だからだ!」
ヴェルトを見れば、力強い瞳で真っ直ぐにリーシュを見ていた。
そのまま他の傭兵達を見れば、同じような表情で頷く。信じていると伝えるように。
「……やってみます」
自分は一人ではない。ここには自分を信じている仲間がいる。彼らの気持ちが自分を支えてくれるのだ。
身体の奥底へと意識を向け、そこから力を引き出していく。
(普段と変わらない。ただ、誰かに対してか村に対してかの違い)
それだけだと考えた辺りで、リーシュの中から強い力が溢れ出した。その力は村全体を飲み込み、本当の意味で戦いは終わりを告げる。
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