メイスへ帰還3
「助かった。俺一人ではどれだけかかったかわからない」
すべての魔物を蹴散らしたヴェルト達は、入り口を守っていたハーフエルフと握手を交わす。
一緒に戦っただけに、彼らの間には不思議と仲間意識が沸いたようだ。
「名前を聞いてもいいか?」
「シャルだ。シャル・フィアラント」
フィアラントと聞いた瞬間、シザの表情が一瞬動く。彼女には知識として、その姓が伝わっていたのだ。
「俺を知っているのか?」
気付いたシャルが問いかければ、誰もがシザを見る。そうなのかと言うように。
「知っているというか、フィアラントという姓を知識として知っている程度です」
有名なのか、とヴェルトがアシルを見るのだが、さすがにアシルも知らない。だから知らないと首を振る。
「私は傭兵組合専属の情報屋、シザ・シュトラウスです」
「シュトラウス家の者か。なら、俺に反応するのは納得がいく。俺の祖は、元がバルスデの騎士だからな」
バルスデの騎士だったと言われれば、ここで全員が納得した。それならシザの家系にも知られているはずだと、理解できたのだ。
二人の関係性に納得した後は三人が名乗りを上げる。他にも傭兵達はいたのだが、村に宿はない。
「野宿でいいぞ。今回は退けたが、魔物がまだ来るかもしれない。傭兵組合で見張りを受け持とう」
精霊達も守ってくれているが、先程までのことを考えれば絶対ではないとわかる。数で攻められたら、精霊達でも抑えきれないのだ。
この一回で終わりという保証もないだけに、引き返すという選択肢はなかった。
「村の責任者にはお会いしたいところですが」
「長老だな」
確かに、村の外であろうと滞在するなら会わせた方がいいかもしれない。
どれだけの滞在になるのかわからないが、長引くなら協力も必要だろう。ヴェルトも放置という選択肢はないだけに、向かおうと言った。
「その必要はないわ。今現在は、長老ではなく私がすべてを受け持っているから」
待機の傭兵達へ声をかけ、中へ行こうとしていた彼らの元へ凛とした女性の声が呼びかける。
見た先にはエルフの女性。隣にはリーシュがいるのを見て、ヴェルトは驚いた。
辺りを見渡すと、エルフの女性は苦笑いを浮かべる。
「随分来たわね。お陰で助かったわけだけど」
この人数は想定外だったが、来てもらえなければ大変なことになっていたのは間違いない。シャル一人で対応できなかったかもしれないと思う。
「傭兵組合が動いているとは思わなかったわ。けれど、どうして情報が来なかったのかしら。誰か精霊契約をしているのかしらね」
そうでもなければ、情報が回ってこないなどということはあり得ない。
「あんた、何者だ?」
ヴェルトが警戒心丸出しで見れば、にっこりと笑顔を浮かべる女性。
「イリティスお姉様、遊んでいますよね」
「あら、わかった?」
「わかると思うが」
呆れたようにシャルが言えば、リーシュも同意するように頷く。
これ以上やると、ヴェルトがキレると思ったのかもしれない。
そして、それは間違いではないだろう。ここでリーシュがイリティスお姉様と呼ばなければ、キレていたかもしれない。
「虹の女神に会えるとは思いもしませんでした」
シザの言葉がとどめとなり、ヴェルトは黙ることにした。
その場が一瞬にして凍りつく。とてつもない爆弾を落としたものだと思う者もいたかもしれない。
「さすが、カロルが育てた情報屋ね。イリティス・アルヴァースよ。精霊の巫女は私の家系となるわね」
遊んでごめんなさいね、と言われてしまえば、ヴェルトにはなにも言えなかった。
さすがにリーシュの血族となれば、言えるわけがない。苛立ちすら吹き飛んだほどだ。
「随分と魔物が来たのね。知らせなさいって、シャルには言っておいたと思うのだけど」
「困れば知らせます、とも言いましたが」
「……あなた、本当に厄介な騎士ね」
ため息交じりに言えば、中で話そうと招く。
「しばらく滞在するようなら、他の傭兵達にも泊まる場所を提供できるようにするわ」
さすがに野宿はさせられないと言えば、待機を命じられた傭兵達が喜びの声を上げる。
野宿に慣れてはいるのだが、家で寝起きできるならその方がいいに決まっていた。
しかも、泊まれるのが精霊の守る村となれば、これほど貴重なことはない。普段は立ち入ることができない村なのだから。
リーシュの自宅で話そうということになり向かった。あまり広い家ではないが、それでも話をするぐらいはできる。
その日の晩、話し合いもすべて終えて、傭兵組合の傭兵達がしばらく滞在することも決めて、各々が休息を取る中リーシュは彼の元へ。
「よくわかったな」
村の外れで空を見上げるヴェルト。もちろん、居場所は精霊達に聞いたのだ。
「わかってるくせに」
わかってて言っているのだ。白々しいと言えば、ヴェルトは笑った。
「精霊契約したの、なんで?」
「決まってんだろ。お前を守るため。精霊から提案されたが、俺は俺の意思で決めた」
真っ直ぐに見つめられれば、リーシュは顔が熱くなるのを感じる。明るかったら、真っ赤になっているのがバレバレだろう。
「国を捨てたのも?」
「あぁ。お前といるため。つうか、ずっと言ってただろ。継ぐ気はねぇって」
信じていないのはわかってたが、と呆れながら言えば視線を逸らされた。
信じていなかったわけではない。国を継がなくても、いつかいなくなるかもしれないと思っていただけだ。なら国を継ぐと思っていた方が楽だった。
「大体のことは精霊達から聞いたし、調べてきたつもりだ。それでも、リーシュが知っていることより、俺の知っていることの方が少ないだろうな」
まだ足りないのだとわかっている。わかっているからこそ、知りたいと思っていた。すべてのことが知りたいと。
「まさか、女神様に会えるとは思わなかったし、女神様がここを守ってるとも思わなかった」
自分がいなくても、彼女は安全なのだろう。わかっているが、それでも譲れないことがある。
「リーシュを守るのは俺だ。これは、誰にも譲らねぇ。女神様にもだ」
ハッキリと言われた言葉に、リーシュはなぜか涙が溢れた。自分でもどうしてなのかわからない。
けれど、悲しいからではないとだけわかる。悲しくなどない。むしろ嬉しいぐらいなのだ。
「お前を誰かに譲る気なんてねぇし、手放す気もねぇからな。まぁ、リーシュが嫌だって言うなら、そのときは引くけどよ」
「そんなこと、言わない。私も……ヴェルトとずっといたい。そう気付いたの」
彼がいない日々を過ごして、リーシュが気付いた気持ち。なにがあっても彼と共にいたい。
これが素直な気持ちなのだ。
互いの気持ちを伝えあう夜、普段は邪魔する精霊達は静かに見守った。
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