メイスへ帰還
シュスト国を出たヴェルト達は、そのまま砂漠を引き返すのではなく、南にあるレスラという町へ向かった。ここで食料の調達をするのだ。
往復の分を持っていくと荷物が増えるし、シュスト国にどれほど滞在するかもわかっていない。アシルがレスラへ行く分だけ確保しておけば、そこで調達できると提案したのだ。
以前もそうやって砂漠越えをしたのだと。
さすがに精霊で食料はどうにもできないので、ヴェルトとトレセスは即答で決めたのだった。
「港なのか」
「私も驚きです」
シュスト国から出たことがない二人は、当然ながらメイスへ行く道のりの街しか知らない。まさか国の南にこのような町があろうとは思ってもいなかったのだ。
「しかも、地味に人が多いな」
「そうだろ。ここはミヤーフ神殿へ行く小船が出るだけ。なのに、なぜか旅人が多く訪れるんだ」
不思議に思っていたが、ようやく理解できたとアシルは苦笑いを浮かべる。
それだけで二人も理解できた。シュスト国に立ち寄りたくなくて、砂漠越えをしたい旅人が立ち寄るのだろうと。
旅人も立ち寄らなくなった国。これでは流通も止まっているのかもな、と思った辺りでヴェルトは考えることをやめる。
もうあの国は終ったのだ。結末まで予測できる状態で、救うつもりは欠片もない。考えるだけ無駄なことだ。
ヴェルトは無駄なことが嫌いなだけに、これ以上の無駄を積み重ねたくないと振り払う。
「ここなら問題なく食料が手に入りますね」
すぐに仕入れてくるとトレセスが動けば、ヴェルトは港へ向かうことにした。
港と呼べるものではないが、遠くに見える小島を見たかったのだ。
「ここを使った記憶がねぇってことは、どうやってミヤーフ神殿へ行ったんだろな」
「なんだ、それ」
小さく呟かれた言葉に、アシルが拾ってしまった。声に出してしまったのだから仕方ない、と笑う。
「王族にはミヤーフ神殿へ行く決まりがあったんだ。まだ護衛騎士がつく前だったが、それでも覚えてる。ここは使ってねぇ」
他にも行き方があるのだろうか、と思わず考えてしまったのだ。
「なるほど。道があるのかもしれませんね、ミヤーフ神殿と城に」
聞いていたシザが言えば、なんだそれと言うように二人は見る。
視線を受けてシザはクスリと笑った。
「道というのは、魔法の移動用のことを言います」
「魔法で移動なんて、この世界にはないのだろ」
そう教わったとアシルが言えば、一般的な情報はこれで間違っていないと言う。
「誰でも使えるものではないので、基本的には知られていないのです。私はシュトラウスの名で知っているだけで。そもそも、この道を使える者はほとんどいないと聞いていますが」
シュスト国の建国を思いだせば、もしかしたら王族に使えるような仕組みがあるかもしれない。
なかったとしても魔力装置などで作動する可能性もある。
ヴェルトがここからミヤーフへ行っていないなら、可能性のひとつとしてあるだろうと言われれば、そうかもしれないと思う。
精霊の巫女となんらかの繋がりがあったのだろうが、現在は途絶えている。だから会えないのかもしれないとすら思えた。
「今度リーシュに聞いてみるか」
城と繋がりがあったかはたいして気にならないが、魔法で移動できる道には興味がある。それがあれば、出かけていてもすぐに戻れるからだ。
使う日がくるかはわからないが、知って損はない。
「精霊の巫女か……やはり会ってみたいな。この王子がすべてを捨てても選ぶ女だし」
気になるなと言われれば、呆れたように見るシザ。
「あなたこそ、いつまでふらついてるつもりで。奥様、お怒りかもしれませんよ」
「……言うな。だから帰りたくない」
奥様と聞いた瞬間、アシルから表情が消えた。どことなく引きつっているような気もして、彼にこんな反応をさせる奥様とは、一体どのような人物なのかと思う。
「あれはな、鬼だぞ……」
「鬼って。妻なんだろ」
「鬼だ」
念を押すように言うから、意味がわからないと怪訝そうに見る。
鬼と言われる相手とは、どのような性格なのか。もしかしたら、妻も傭兵なのかもしれない。互いに傭兵なら、少しだけ納得できる気がしたのだ。
「ヴェルト様、食料の調達終わりましたが……どうしましたか?」
微妙な雰囲気に、トレセスはなにがあったのかと不思議そうにしている。
「なにもない。調達できたなら、さっさと行こう」
今までの会話をなかったかのような切り替えに、ヴェルトとシザは笑った。
レスラで食料調達を終えれば、そのままバーゼルへと向かう。ここまでがアシルとの行動と決めていたのだ。
そのままあとは支度して、メイスへ戻るだけ。そのはずだったのだが、想定外な情報が彼らを待ち構えていた。
「アシル! ちょうどいい!」
水連亭に戻れば、慌てたように姿を現す傭兵達。何事かとヴェルトとトレセスは顔を見合わせる。彼らがこんなに慌てるなど、なにか普通ではないことが起きているのだろう。
そうでなければ、傭兵達が慌てるなどないと思っているのだ。
「魔物が急激に増えている!」
緊急事態が起きているのかと思いはしたが、自分達には関係ないと思った次の瞬間、ヴェルトの耳にはそんな言葉が飛び込んできた。
「魔物が…。それはどこだ?」
増えているなら、その魔物を討伐する必要が出てくる。フェイラン地方に関しては、傭兵組合の支部があることから放置するわけにはいかないのだ。
「それが…」
言いづらそうにする姿を見て、どこなのか予測ができた。
「目的は、精霊の巫女か!」
ヴェルトが慌てたように声を上げれば、傭兵達はそうだと言うように頷く。
魔物が大量発生しているのは、精霊の巫女が暮らす村の近く。そこまではわかっているのだが、それ以上はわからないとも言う。
「精霊達があの一帯を守ってる関係か。それでわからねぇんだ」
「こういうときは厄介ですね」
どの辺りから精霊の管轄になっているのかわからないが、村だけではなく周辺も精霊達が妨害している。傭兵達も近寄ることができず、正確な情報を得られていないのだ。
ただ、まだ精霊に妨害されている状態だという認識ではある。
「精霊の手に負えなくなる前に、討伐へ向かう必要があるな。だからといって、ここの守りを減らせない。十人ほど連れて行く」
決して多くの傭兵が滞在しているわけではない。すべてを連れて行けば、ここでなにかあったときに対応することができなくなる。
すぐさまアシルが十人の名前を出せば、傭兵達は慌ただしく動き出す。
シュスト国へ行ったメンバーにプラスして十人。魔物の数に対してあまりにも少ないのだが、それでもやらないわけにはいかない。
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