シュスト国2
「なんだ、ぞろぞろと……ヴェンか」
困惑したように見る人達を尻目に歩いていれば、この辺りをまとめている老人が現れた。
突然消えた青年に、驚いたように見てくるから頷く。見間違いでも別人でもないと告げるように。
「どこへ行っていたんだ」
「砂漠越えをしててな。なにがあって、こうなったのか教えてくれねぇ」
今の状況を教えてくれと言えば、どうしたものかと悩む老人。彼を疑うわけではないが、話していいかは別問題だ。
なにせ、老人達からすればヴェルトはどこの者かわからない子供だ。突然現れて、ここを遊び場にしていた子供。そして突然いなくなった。
自分達の害となる存在ではないと思っていたから、ここへ立ち入ることを許していただけ。
「爺様、それ以上はダメだ。こいつが俺達にとって害がなかったのは、いなくなる前までだ。別地区に住んでるに決まってる」
「そうだ!」
別地区、という言葉に眉を顰めるヴェルト。城下が地区分けされているなど聞いたこともなかったのだ。
つまり、民の間で地区分けされているということ。なぜそうなっているのかはわからないが、地区ごとで争いになっているのかもしれない。
別地区で暮らしていて、密偵とでも思われている。状況がわかれば、どうするかなと考え始めた。身分を明かすのは避けたいところ。
(信頼が得られなければ、そのときはやるが……)
彼らしか深い交流がないだけに、ここを拠点にして動きたいと思っている。
「……おじいさん、私達は別地区に暮らしてなどいません。砂漠を越えていたのも事実です。ですが、これ以上のことを伝えることはできません。あなた方がこちらを完全に信じてくれないのであれば、当然話すことなどできません」
口調は穏やかだが、彼が静かに話すことほど恐ろしいことはないとヴェルトは知っていた。
威圧を与えているわけでもないのに、なぜか威圧を感じる。老人は年の功だろうか、察していた。目の前にいる人物は、今とてつもなく機嫌が悪いと。
「なんなんだよ、てめぇ!」
「やめるんだ!」
若者が一人、トレセスへ掴みかかる。慌てたように老人は呼びかけたが、すでに遅い忠告だ。
トレセスは腕を掴み、軽々と捻り上げていた。
「やめろ、トレセス。お前が本気でやれば、腕が折れる」
さすがに手を抜いているだろうが、これ以上は止めておかないと本気で折る。
彼は任を解いたとはいえ、護衛騎士という肩書きを持つ騎士だ。自分を守るために動くことを当然とする。
「……わかりました」
渋々という表情を浮かべると、トレセスは若者の腕を離す。けれど、穏やかに見せていた表面的な姿は完全に消えてしまった。
「お前、意外とキレやすいか?」
思わぬ行動に、アシルが驚いたように見ている。彼がこのようなことをするとは、さすがに想定外なこと。もっと落ち着いたタイプだと思っていたのだ。
「時と場合によります」
言われた言葉に苦笑いを浮かべるのはヴェルトだった。今はその時ではないと思っているのだが、彼の行動は大体わかっているのでなにも言わない。
どうしようかと考えていたが、トレセスのこれによって考えるのも面倒になった。
「長老、連れが悪かったな」
「いや、こちらも悪かった。まさか、お前さんが王子だったとはな」
衝撃的な言葉に、それまで敵意を見せていた若者が真っ青になる。
ヴェルトが王子となれば、掴みかかった相手は護衛となるからだ。やり返されて当然どころか、命があるのは奇跡だとすら思う。
「……なんでバレてんだよ」
「先程の言葉でわかった。第二王子、でよいのかな」
トレセスへの一言でそうではないかと思った。言われてしまえば、これは仕方ないと笑う。
間違いなく、あの瞬間だけ王子として言葉を発してしまったとわかっている。若者ぐらいなら誤魔化せるだろうが、この老人に見抜かれても不思議ではない。
「間違いない。ヴェルト・ベルニュカス・スヴァルナだ。任を解いたはずの護衛騎士と、傭兵組合の者達」
連れている仲間の紹介をすれば、老人は一通り見たあとに頷く。
「さて、今まで表に立つことのなかった第二王子が、この時期に何用だろうか」
「あぁ、王位なんて継がねぇからな。俺を縛れるのは精霊の巫女だけだ」
さすがに惚れた女と言うことはできなかった。女のために王位を捨てたとこの場で言えば、彼らからの情報協力は得られなくなる。
惚れている女が精霊の巫女なのだから、嘘は言っていないとヴェルトは長老を見る。
「精霊の巫女か……あの美しい女性のことか?」
「いや、それは先代だ。すでに亡くなっている」
長老が先代の巫女を知っていたことに驚きながらも、ヴェルトは巫女が代わっていることを伝えた。
なぜと聞こうかと思ったが、聞くことはしない。自分が抜け出して出会ったとき、精霊の巫女が通っていた道は裏道だった。
つまり、そういうことなのだろう。
「そうか。亡くなられたのか……。儂は一度だけお会いした。言っておったよ、救いの星は風の加護と共に戻ってくるとな」
意味はわからなかったが、いつの日か救いが来ると言われていることは理解したと言う。
「今が、そのときなのだろうな」
真っ直ぐに見てくる長老に、どうだろうなとヴェルトは濁す。自分がそうだとは思っていないのだ。
「長老、一歩引き下がってこいつが王子だと認めて、救いの星とは思えない。王族だぞ」
王族が自分達を助けてくれるわけない。若者が言えば、聞いていた者達がそうだと声を上げる。
それだけでわかるのは、民の暮らしを苦しめているのが兄だということ。
若者の言葉に、再びトレセスが苛ついていること察しながらも、ヴェルトは聞き流すことにした。言われている言葉の意味はわかるからだ。
今まで王族がしてきたことを考えれば、こう言われることこそ当然のこと。
「別に、お前らがその態度でいくなら放置してもいい。ここを遊び場にさせてもらったから、どうにかしようと思ったが」
王族だとわかったら態度が変わるなら、リーシュの元へ戻る。本来、ヴェルトはリーシュのためになること以外するつもりがない。
協力することを拒まれたら帰るつもりでいたのだ。
「愚か者が王になって滅ぶか、それとも精霊達に滅ばされるか……。足掻く気がないならそれまでだ」
精霊達も限界が近い。本気で南を滅ぼすかもしれないと、ヴェルトは思っていた。
基本的には従っているが、独断で動かないわけではないということを、ヴェルトは聞いて知っている。契約した精霊が言っていたのだ。
「精霊達はお怒りってわけか」
「精霊がお怒りだなんて、お前にわかるわけねぇだろ!」
アシルがニヤッと笑う。王族が王族なら、民も民なのかもしれない。だから精霊達は南が嫌いなのだろうと、なんとなく理解したのだ。
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