喋る魔物3
長く家を空けるのもと思い、イリティスが帰宅したのは夕方だった。
リーシュに心配をかけるかと思ったのと、村が心配というのもある。ここが襲われない保証はないのだ。
『変わった魔物だね。魔物と言っていいのかわからないけど』
「そうねぇ。あれは魔物と呼ぶのも違う気がするわ。シオンとグレンが気に入った意味もわかった気がするけど」
最初に相手をすることになったあの二人は、さぞ驚いたことだろうと笑う。
丸投げするように報告したと聞いていただけに、気持ちはわかるとイリティスは納得した。丸投げしたくなるだろう、あの性格では。
「呼び方が困るから、ずっと変わり者の魔物と呼んでるけど」
なにか呼び方を考えるべきかも、と思ってしまった。
「まぁ、それは追々ね。今の問題ではないし、ブライもしばらくは警戒してくれるそうよ」
太陽の輝きは必ず帰ってくると、ブライは信じている。同時に、月神が戻ってくることも確信しているようではあったが、そこには触れない。
シオンが望まない結果だからだ。
それとなく東にはグレンがいることを伝えたので、今頃は別の場所に行っている可能性が高いだろうブライ。どこを守ってくれるかはわからないが、間違って討伐されないことを願いたいものだ。
「それ、セルティに伝えておきましょうか? そうすれば、誤って討伐される可能性は低くなるのではないでしょうか」
話を聞いていたリーシュが言えば、イリティスとシャンルーンは顔を見合わせる。
どうしようか、と視線だけで会話をしているのだ。
「話せばわかる魔物だし、シュトラウス家ならある程度は把握しているのではないかしら」
『ルーンもそう思うけど、万が一もあるよ』
「そうね」
正直なところ、今は誤って討伐されるということは避けたいところ。
外のことを察知することもできるようだし、目が届かないところで外からの魔物を倒してくれている。
それなりに強い魔物ではあるが、なにがあるかわからない。傭兵組合に所属している者達は強いし、各地に散らばるハーフエルフやエルフ達もいる。
魔物と見て討伐しようとする者は出てくるだろう。
念のために伝えておこうと決めれば、リーシュは精霊に伝言を頼む。
「精霊で通じるの?」
レアラの家系は精霊の声を聞くことができるが、シディの家系も聞けるのか。
イリティスが不思議そうに問いかければ、その辺りは秘密だと誤魔化す。現状として言えることではないのだ。
「おそらく、イリティスお姉様になら言っても構わないと思うのですが、これは本人が話すまでは私からは言えません」
「わかったわ。とりあえず、精霊の伝言を受け止める手段があるということね」
それなら問題はないと頷く。しっかりと伝言が伝わると彼女が言うなら、それを信じるだけだ。
「ありがとうございます」
「いいのよ。言えないことぐらい、誰にでもあるわ」
特に、自分ではなく人の秘密となれば、言えなくて当然のことだ。勝手にばらしていいものではない。
必要なことなら聞き出したかもしれないが、現状として必要なことでもないし、とイリティスは笑った。
(でも、精霊の伝言を聞ける手段って気になるわね)
いつか会ったら聞いてみようと、心内に決める。
ここまでくると、北へ渡った血族は優秀なのだと思うことができる。息子とはタイプが違うようだと。
「あら、返事が早いわね」
伝言を頼んだばかりだというのに、すぐさま了承の返事が来たことに驚くイリティス。
受け取ることができれば、当然ながら向こうから伝言をすることは簡単だ。見えない精霊へ巫女に頼むと言うだけで伝えてくれるのだから。
「本当ですね。今日はお休みだから、なにもしていないのかもしれません」
「休みの日に連絡を取り合っているのかしら」
「というか、休みを取っているようです。連絡を取る日は固定がいいとのことで」
決めた日にセルティが休みを取っている。そうでもしないと、休みを取り忘れるという理由と、連絡を取る日ぐらい解放されたいという理由だと聞けば、イリティスは笑った。
「セルティが言うに、じゃじゃ馬女王なのだそうです」
「苦労していそうね……」
けれど仕方ないのではないかと思う。バルスデ王国の王族は、グレン以降からだいぶ様変わりしてしまったのだから。
ただ守られる女王ではいないだろうことは、容易に想像できる。
困った国ね、と笑いながら紅茶を飲むイリティスに、リーシュは傭兵王も似た感じだったのだろうかと思うことにした。
「きっと、じっとしていてはくれない女王なのでしょう」
「そうだと思います。前にも遠征についてきて大変だったとぼやいていましたから」
遠征という言葉に、イリティスの表情が少しばかり引きつる。さすがにそこまでやるとは思わなかったのだ。
グレンでも遠征には出ようとしなかった。国を空けるわけにはいかないと、行きたい気持ちを堪えていたのだ。
「女王は双子ということで、留守にしても妹が代わりを務めてくれるそうです」
「……それ、グレンが知ったら羨ましがるわね」
こんな手があったとは、思いもしなかったとイリティスが笑う。
遠征に行きたがっていたグレンを知っているだけに、間違いなく羨ましいと思うことはわかる。抜けることはできたが、そうするとカロルにすべて任せることになるとやめたのだ。
双子なら任せやすいだろう。同じ王族なのだから、周囲からもなにも言われない。
「久しぶりに、北へも行ってみようかしら」
懐かしいな、と呟くイリティス。故郷ではないが、それでも大切な場だと思うのは仲間と出会った地だから。
北へ行かなければ、グレンやアクアと出会うことはなかった。シオンとの関係もどうなっていたかわからないと思う。
今とは違った関係になっていたかもしれない。
いや、と思う。間違いなく、今この場にはいなかっただろう。シオンを一人にしていたと言い切れた。
「行かなくても、最終的には行くことになりそうだけど」
この先は読めないが、この世界を守るためには北へ行くことになる。なぜかそんな気がしていた。
「そうですね。この事態が続くなら、北へ行くことも必要でしょう」
戦力が必要となってくれば、北へ行くしか道はない。南に、この村には戦力がないのだから。
「それまでにシオンが戻ってくることを祈りましょう。あれがいれば、外なんて怖くないわ」
太陽の輝きさえあれば、誰が相手であっても負けないと言い切れた。その力がではなく、その存在が傍にいるだけで、いくらでも頑張ることができるのだ。
自分も、自分の仲間もとイリティスは笑った。
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