護るべき地2
シュスト国に関しては仕方ないと考えることをやめる。
国がどうなるかに関して、イリティス達は関わらないと決めていた。自分達を神と思ってはいないが、長い時を生きることは事実。
普通よりも強い力を持っていることも、また事実である。だからこそ、人々の生活には関与しないと決めているのだ。
「魔物の流れがよくわかるわ。これはすごいわね」
精霊の情報を元に記録されているのは、今現在の魔物に関するものまである。
「イリティスお姉様はわかっていらっしゃると思いますが、あの件に関わった者の家系は連絡を取り合っています。私が主に連絡を入れるのは北ですが」
連絡のやり取りに関しては、多少なりとも偏りがある。精霊の巫女が直接やり取りをするのは一人だけなのだ。
「精霊達から魔物の増加なども報告して頂き、それを北に回してます」
「なるほどね。増加したら討伐部隊を出すというわけなのね」
「はい。場合によりますが、北に関しては西と合同でやることもあります」
東はエルフやハーフエルフ達が自主的に討伐してくれることもあって、そこまで困ることはない。南側がエルフ、北側がハーフエルフ達の里になる。
傭兵組合もあることから、国がなくても問題なく安定していた。
いざというときは、北が東のために動くだろう。なにせ傭兵組合を立ち上げたのは、北の英雄王であるのだから。
「うまく繋がっているのね。ここにある連絡用の魔力装置は、オーヴァチュア家と繋がっていたはずだけれど」
今でもそうなのかとイリティスは問いかける。さすがに長い月日が経っているだけに、変わっているかもしれない。
「オーヴァチュア家ではないですよ。これは……いえ、イリティスお姉様なら問題はないですね」
精霊の巫女とは、太陽神と虹の女神の息子夫婦の娘から始まった。二人の息子がいることは有名だし、その家系が精霊の巫女になったことは一部では知られている。
あくまでも一部であり、世間的に知られていることではない。
「レアラ・アルヴァースは巫女となった際にレアラ・シーゼルと名を変えました。名が重いというのもあったと思うのですが」
「そうでしょうね。世間的には英雄の名だから」
精霊の巫女として村人以外とも会うのを考えれば、英雄の名は厄介ごとにも巻き込まれると判断したのだろう。
それを見て動いた人物がいた。
シディ・アルヴァース――レアラ・アルヴァースの弟で、北へ渡ってしまったハーフエルフだ。
「あら、北へ渡ったのがいるの。初耳だわ。一々報告しろとは言っていないしね」
孫がもう一人いることは知っていたが、会ったのは数えるほど。気付いたときには村からいなくなっていたので、独立したと気にしていなかったのだ。
「レインがディア達を気にしていたからかしら」
「そうかもしれませんね。理由はあちら側なら知っていると思うけれど」
もしくはレアラなら知っていたのかもしれないが、巫女へ伝えられてはいない。
北へ渡ったシディはアルヴァースとは名乗らずに、シーゼルと名乗っている。
「今、北にいるのはセルティ・シーゼルという名の者です。どうやら、色々と巻き込まれて表に引っ張り出されているようですが」
「ん?」
苦笑いを浮かべるリーシュに、どういうことかと問いかけるようにイリティスは首を傾げた。
あちらに渡って生活をしているなら、主だった家系とは友好的なはず。一体なにへ巻き込まれたというのか、イリティスには不思議だった。
「今のバルスデ王国は、史上初の女王が即位しているのです」
北へ渡ったシディは、決して表に出ることはなかった。王家の裏にひっそりといるだけに徹していたのだ。
「知っているのは、シュトラウス家のみだということです。当時ならそれぞれの当主ぐらいは知っていたでしょうが」
レインの友人となる仲間達はおそらく知っている。だが、他は誰も知らない。情報操作しているのだ。
意図的にシディを隠した。裏で動けるようにという意味だったのかもしれない。それぐらいのことを考えそうだと、イリティスは思う。
「これは、クレドの仕業ね」
間違いなくそうだろうと思った。王家の裏で動いてもらうために、役立つかはわからないが。
「ずっと裏で活動していたのですが、女王への反発が酷くて」
おそらくその関係で表に出てきたのだろうとリーシュは言う。
今の女王は歳も同じで幼馴染みであることから、引っ張り出された可能性が高い。
「なるほどね。それはありえそう」
けれど、とイリティスは思う。
彼女は自分の息子に関しては、マイペースでどことなく頼りないというのが本音。決して知識があるわけでもなく、頭の回転もそこまで早くない。
わかっているからこそ、どうしても孫が優秀とは思えないのだ。
「クレドの元で鍛えられているなら、優秀になるのかしら……」
「あの、そんなに不安なのですか?」
考え込むイリティスを見ながら、リーシュは苦笑いを浮かべている。どうしてこうも不安げなのか、とても不思議というのが彼女の気持ち。
自分の血族だからこそ、安心していると思っていたのだ。
「そうねぇ……レインはマイペースな子だったから」
しっかりした息子に育つのか、という部分が気になっているのだと言う。
「レアラはしっかりした子だったし、下の子はマイペースという可能性の方が高いのかなって」
勝手に思っただけだから気にしなくていいとイリティスは言った。
(そうよね。全員がマイペースになっても困るわ。シオンだけで十分よ)
夫のマイペースをよく知る妻としては、血族だからとみんな同じになっても困る。
「セルティは一度だけ、会ったことがあります。神殿を通してですが」
巫女となったあとだが、彼は百年以上生きているハーフエルフ。今も姿は変わらないだろうし、あの印象なら問題ないと思っていた。
「とてもしっかりした方でしたよ」
「信じられないわ。レインの元を離れたからかしら」
面白いわね、と呟くイリティスは、本気で楽しみだしたようだ。
実際に会わせたらどうなるのだろうか。そんな風に思ったが、いつか会う日がやってくる。今が外と戦う日々ならば。
「長生きすると楽しいこともあるのね」
「イリティスお姉様が楽しいなら、私は構いませんが」
どのような息子だったのだろうか、と思わずにはいられない。母親にこうまで言われるのだから、それほどにマイペースな息子だったのか。
さすがのリーシュも気になるというもの。
(いつか機会があったら、聞いてみようかな)
彼女からではなく、セルティからでもなにかしらの話は聞けるだろう。
楽しみができたと笑うと、精霊達がなにを楽しんでいるのだろうかと不思議そうにしていた。
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