大蛇の襲撃3
周囲に残された魔物は決して多くない。多くないが、大蛇を前にすれば多いと思うシャル。早く片付けて助けに行きたい反面、こちらに回された意味も悟る。
神官騎士はあくまでも神殿を守ることが優先されるのだ。実戦は積んでいるが、それは積んでいるだけのこと。
天空騎士や魔騎士とはまったく違う。最低限の実戦と、常に実戦の差がそこにはあった。
(セネシオ様が任せてくるだけある)
臨機応変に動くことができない上に、自分達が知らない魔物への対応はまったくできない。その都度、シャルが指示をだす必要があるほどだ。
これをセネシオに任せることはできない。アクアの護衛であるソニアは、なにがあっても離れないだろう。
(俺しかいないのはわかるが、自力で動いてくれることが理想だったな)
こうまでも違うのかと思ったほどだ。
今は騎士団との差を考えている場合ではない。この場を早く終わらせるためには、自分が動くしかないというのが結論だ。
指示を出すばかりでは終わらない。
確実に一匹ずつ魔物を倒していく。幸いなのか、シャルは魔法も得意とする。少し離れたところであろうと、確実に攻撃することが出来た。
負担が大きいのはわかるが、彼の本音は神官騎士には頼れないというもの。頼るぐらいなら自分でやる方が早い。
(多少の無茶は承知だ。この場をひとまず切り抜けられれば、後のことは後で考える!)
魔法を放ちながら、目の前に迫る魔物を倒す。それをどれほど繰り返したかわからない。
途中から神官騎士を置き去りにする勢いだったことは間違いなかった。呆気に取られながら、神官騎士が見ていたほどだ。
「すごい……」
「あれが城の騎士なの……」
どうしたらいいのかわからなくなった神官騎士。戸惑うように見ていれば、そこへ神官長ウラルが現れる。
「避難なさい。これ以上は足手まといにしかならないでしょう」
指示出しをやめたということは、自分でやる方が早いという判断。ならば、できることはこの場から退くことだと神官長は言う。
自分達では手助けできない戦いが始まろうとしている。そう言われてしまえば、神官騎士達はなにも言えなかった。
「シャル殿、後はお任せします」
一人でほとんどの魔物を倒しきった姿を見て、神官長は届いていないかもしれないと思いつつ声をかけた。
しかし、声はしっかりと届いたようだ。チラリと向けられた視線。避難していく神官騎士達の背中を見ながら、この場に現れた神官長に感謝した。
(やり易くなった。なによりも、指示がないとまともに動けないなら邪魔だ)
急ぎたい自分としては、動けなくなった時点で離れてほしいと思っていただけに、この判断はありがたい。
背後を気にしなくてもいいなら、動き方はまた変わってくる。後ろに余波がいかないよう、最低限は気にしていたのだ。
「あと三匹…」
これで終わりだと一気に攻撃した。あとは大蛇と戦う三人へ合流するだけ。
「チッ…少し急いたか」
シャルにしてはらしくないミスだ。一匹だけ逃してしまった。気持ちが急いてしまっただけに、落ち着けと言い聞かせてから、改めて剣を構える。
瞬時に斬りかかり、今度こそ終わったと息を吐く。これで、やっと雑魚は終わりだと大蛇を見る。
魔物と戦いながらも、ある程度は状況を見ていたシャル。大蛇である魔物は、想像通りに攻撃が通じにくい。
シャルとて、あれと戦う術を持っているわけではないのだが、それでも力を合わせればできることもある。少なくとも、ソニアとセネシオは悪くないと思っていた。
(自分一人では無理だが、あの二人とやれれば)
もう少しはまともに戦えるだろう。
そうまで考えた瞬間、大蛇の身体が大きくうねる。まるで目を覚ましたかのような動きに、今までは本能的に動いていただけと気付く。
「離れろ!」
怒鳴るのと、辺りが大爆発するのは同時。闇夜である上に、辺りを土煙が巻き上がり視界が塞がれた。
「アクア様!」
咄嗟的にソニアが動くのと、光の筋が周囲を襲うのが同時。視界が奪われたことで守らなければと思ったのだろう。
「ソニア!」
そのお陰でアクアは救われたが、光の筋はソニアに直撃した。
「吹き飛べ!」
土煙を吹き飛ばすようにアクアが怒鳴る声に、セネシオとシャルも見えていなくても事態は理解できる。
まるで魔法を使ったかのように、土煙がすべて吹き飛ぶ。アクアがなにかをしたのはわかっているが、今はそれがなにかなどと聞いている場合ではない。
「ソニア…」
見えない中、咄嗟にアクアを庇い、勘だけで辛うじて避けたのだろう。脇腹をかすっただけで済んだようだ。
ホッとしたのは一瞬だ。すぐさま立て直すのはさすが騎士だと思う。立ち上がったソニアを見て、ひとまず大丈夫だとシャルも大蛇を見る。
「これは……まいったね。あれが無意識だったとは」
「これからが本番というところですか。アクア様、あまり前へ出ないでください」
けど離れるなとも言う。いざというとき、すぐさま守れるようにだ。
「守られてばかりでいるつもりはないよ」
バサッと翼を広げると、アクアの奏でる音色が攻撃的になる。目に見えない刃が大蛇に襲いかかるが、刃が仲間を傷つけることはない。
「ソニア、いつでも下がれるようにしておけ」
前は自分がやるとシャルが飛び出せば、付き合うとセネシオも斬りかかる。このときばかりは、ソニアもシャルの言葉に従った。
彼女が優先するのは、第一にアクアを守ることだから。
二本の剣を握り直すと、ソニアは一撃離脱の戦い方へ変える。アクアの元へも行けるようにと、常に飛ぶことを選んだ。
いくら地上戦に慣れているとはいえ、いざというときは飛ぶ方が早い。
「シャル、勝算はあるかな」
「正直、現状としてはないですね。あと一人二人、手練れがいないと無理でしょう」
手練れがいればできるのか、と内心突っ込むセネシオ。彼にはまったく勝算がなかったのだ。
何人いようが勝てる気はしない、というのが本音。力の次元が違うというよりも、あの防御を破れる気がしないのだ。
攻撃を避けることはできる。当てることもできる。けれど、防御を破ることだけはできない。
どれだけ手数を用いても、破れる自信がないと思っていた。
「魔力攻撃は通じてるみたいです。なので、もう少し手練れがいればと思うのですが」
「魔法……」
なるほど、と呟いたあと、少し任せるとセネシオは言う。やってみたいことがあると。
魔力を高める姿に、シャルもこれならと期待する。想像以上にセネシオの魔力は強かったのだ。
(さすが予言者…)
予言者という肩書きを持つ神官なだけある。
ここは任せようと思えば、時間稼ぎをするように大蛇へ挑んだ。
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