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月が戻る日

 賑やかな歓声が青空の下、響き渡っている。それは何年かに一回、あるかないかという出来事を見ているためだ。


 もしかすると、百年に一回かもしれない。だからこそ人々は集まって見ている。


「グレン君、やっちゃえー!」


 一際大きな声で声援を送るのは、背に真っ白な翼を生やした少女。いや、少女に見えるだけかもしれない。


 歌と舞いで神へ感謝を捧げ、神官となるのが当たり前のセイレーン。空の精霊とまで言われる種族で、長寿の一族だ。容姿と年齢が同じとは限らない。


「魔剣士の兄ちゃん、負けんじゃねぇぞ!」


「やっちまえー!」


「そこだそこ!」


 セイレーンの少女と共に、数人の若者が声援を送る。まるで派閥があるかのように周辺の見物客も、やれやれと叫び声を上げた。


 その反対側にはエルフの女性が、ピンク色の獣を抱いて立っている。


『負けたらイリティスに触れさせないからねー!』


 傍らに金色の小鳥がおり、エルフの女性よりは小鳥が騒いでいるのが現状。


「うるさい! バカ鳥!」


 それに対し、剣を振るっていた赤髪の青年が怒鳴る。


「バカ鳥! 気が散るから黙ってろ!」


『キィー! 誰がバカ鳥よー! シオンなんて負けちゃえー!』


 小鳥が怒鳴れば、エルフの女性がやっちゃったという表情を浮かべた。同じように、ピンク色の獣もため息を吐く。


 金色の炎が辺りに溢れだし、さらに観客の歓声が上がる。見るだけならきれいな炎なのだ。


『ふぇー! イリティス助けてー! うむむっ』


 しかし、凶器にもなる炎だった。小鳥を捕まえると、喋れないようにクチバシを押さえ込む。


「あなたがいけないのよ、シャンルーン」


 二人の勝負を邪魔するから、と呆れたように言う。さすがに庇うことはできない。


 腕の中ではピンク色の獣が頷く。本心ではいい加減学習しろ、と思っていた。


『それにしても、いつまで続けるんだろね』


「どちらかの剣が弾かれるまで、じゃないかしら」


 目の前で繰り広げられる剣技の応酬。終わりが見えない戦いに、飽きもせず見ている観客達。


 他に娯楽がある場所じゃないため、すぐさま集まって来てしまうのだ。情報が広がるのもあっという間だった。


「前回はどうだったかしら」


『夕暮れ前までやって、シオンが負けた』


「じゃあ、今回は夕暮れまでやるわね」


 負けず嫌いなんだから、と呟けばピンク色の獣も頷く。


 どれだけ長く生きても変わらないものがある。変わらずにいられるのだから、悪くはないと思う。




 空が茜色に染まり出した頃、金属音を鳴らして剣が弾かれた。


 戦っていた二人の荒い呼吸。それすらを掻き消すほどの歓声が辺りを包む。


「今日はこのまま祭りだー!」


「久々に夜が来るぞー!」


「星見祭りと行こうぜ!」


 住民達が暗くなる空を見ながら、そのまま騒ぎ出す。


 それを見ながらエルフの女性は赤髪の青年へ近寄る。


「お疲れさま、シオン」


「…ハァ。簡単に勝たせてくれなくなったよなぁ」


 疲れきった姿に、エルフの女性がクスクスと笑う。


「諦めなさい。フォーランには勝てなかったんだから」


 こうなる運命だったのよ、と言われてしまえば言葉に詰まる。自分でもわかっていたことだから。


 現状は、なんとか経験で対抗しているに過ぎない。互いの動きがわかっているから、なんとか勝つことができるのだ。


 反対側ではセイレーンの少女が、一見エルフに見える青年に寄り添っている。


 さすがに長時間も打ち合った腕は限界らしい。疲れきった青年の腕を確認するよう、少女は診ているようだ。


「アクア、どう?」


「大丈夫だよ。多少痺れてるみたいだけど」


 実力の違いではなく、二人が持つ女神の力の問題。こればかりは仕方ないことで、わかった上で二人はやっているのだ。


『まったくよ、昔となんにも変わらねぇな。どんだけやるんだよ』


 呆れたように水色の獣が言えば、セイレーンの少女が頭を乱暴に撫でる。


『なにしやがる!』


「ヴェガには今日のご飯あげないからねー」


『ちょっ、そりゃねぇだろ!』


「作るのは私なんだけど」


 水色の獣とセイレーンの少女が話す姿を見ながら、エルフの女性がため息を吐いた。


 赤髪の青年が一度汗を流しに戻ろうと言えば、三人は同意するように頷く。


 このまま祭り状態になった街。当然ながら四人も混ざるつもりなのだ。なにせ久しぶりに見た夜空なのだから、室内にこもっているなどもったいない。


「あっ…」


「どうした?」


 急に空を見上げたセイレーンの少女に、一見エルフに見える青年が呼び掛ける。


「リオンの力を感じる…」


「うん。月神の星が現れた…」


 赤髪の青年が言えば、セイレーンの少女は頷く。二人は同じものを感じ取ったのだ。


「リオンが…」


「ついに、戻ってきたか…」


 エルフの女性と一見エルフに見える青年が微かに笑みを浮かべる。


 長い時を待ち続けた。戻ってくることを信じる太陽神の傍らで。そして、その日々が終わりを告げた瞬間でもあった。






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