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ガールズ in ゾンビランド~JK2人の終末くらし~  作者: 一二三 零


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16/24

予備の武器を持て

 それから数日経った。あいも変わらず車は見つからず、唐来達は楽園(エデン)から逃げ出せずにいる。寒さはもちろんのこと、この頃は天気が不安定でうかつに着の身着のままで脱出! なんてことが難しい。もっと足を伸ばせば見つかるかもしれないが、それには同行する楽園のメンバーが邪魔だ。戦う力がない以前に足を引っ張るばかりの少女は当然として、この頃の派閥対立の激化のせいか少女のかわりにくっついてくるようになったリコの部下の一人も厄介だ。きゃあきゃあと悲鳴もあげず的確にゾンビを倒せるかわりに、さりげなく、時にあからさまなほど唐来たちの行動をコントロールしてくる。

 楽園から離れすぎると理由を付けて引き戻される。ならばと二手に別れてみたが、こちらがひとりだけで逃げ出さないことを承知しているのか一方に粘着して隙を与えず、結局もう一方も戻ってくるしかなかった。

 そんな日々を繰り返したある日、リコへの報告を終えて出ていこうとして呼び止められた。

 さり気なくリコの部下たちが出口の扉の前を塞ぐ。唐来は工藤と目線を交わした。リコ相手ならば工藤の方がいいだろうと、彼女が一歩前に出るのを見送る。

「……キミたちも、この頃、ここの空気が良くないのは感じているだろう?」

 リコがゆるく笑みを浮かべた。今までも彼女は唐来たちにそれとなく味方になるように求めてきた。そのいずれものらりくらりと躱していたが、どうやら今日は直接的に言うことにしたらしい。

 リコは腰元に付けられたキーチェーンから鍵をひとつ取り出した。カツカツと音を立てて歩いて、部屋の隅にある物々しい金庫に差し込む。心得たように移動した部下が中から細長いバッグを取り出す。それはマホガニーの机の上に置かれると鈍く重い音を立てた。そう、重量のある金属の音だ。

 ジジジ、とリコはもったいぶってバッグのチャックを開けた。現れたのは黒光りしたそれ。唐来の想像の通り、銃だった。

「それ……」

 リコたちはハンドガンしか持っていなかった。だが現れたそれにはスナイパーライフルやショットガンもある。

「うん、自衛隊の奴らが置いていってくれてね」

 アタシが見つけたんだよ。ありがたいことだ、とリコは笑う。彼女の目の奥は妖しく揺らめいていた。いくつもの銃の表面を撫でるように手を動かして、リコは唐来たちと目を合わせた。

「外は危険に満ちている、だろう? ナイフもバッドも武器ではあるけど、銃には敵わない」

 妙な雰囲気だった。今まで唐来はリコの持つ「リーダー」という肩書は大したことがないと思っていた。現に彼女に従うのは指で数えられるほどであるし、“暴力”という力を持っているとはいえ、それにカリスマ性は感じなかった。つまり数人ばかりの頭ならばともかくとして、数十人単位をまとめ上げる力はないと思っていたのだ。

 しかし今はどうだ。思わず息を詰めるような圧力を感じる。

 リコはおもむろにショットガンを構えると工藤に向けた。唐来は無意識の内に足を踏み出して工藤を背にかばう。腰にはいたナイフの柄に手を当てる。

 真っ黒な目が唐来をじっと見つめた。込められた感情は読み取れない。だが狂気のようなものを感じた。

 唐来の頭の中であるものが弾けた。それ『リコが元リーダーを殺したのではないか』という思いつきだった。

 元リーダーである「隼」は、ある日調達に出かけて帰らなかったのだという。隼は街の唯一の男手で、調達も多い頻度で出ていた。戦えない少女たちの代わりに戦う男。少女たちが戦わないことを良しとした男。しかし聖人ではないだろう。聖人ならば、男の消えた後のこの街がこんな空気になっているはずがない。

 そして戦わない少女がほとんどを占める街に、リコのような女がいたらどうなるか。先程彼女は銃は自分が見つけたと言った。()を得た女はなにをしたか。

 この街に訪れることになった理由を思い出す。唐来たちに出会わなければゾンビたちの仲間になっていただろう少女たちを外に出したのはリコだ。銃を渡してもセーフティの存在さえ知らなかった少女。いっそ死んでくれれば、と考えただろう。

 緊迫した空気は、しかしリコがあっさりと構えを解いたことによってほどけた。

「ふふ、冗談」

 リコは肩をすくめて笑ってみせた。それでも警戒をやめない唐来だったが、工藤に背を叩かれてナイフからは手を上げた。自分の前に突っ立ったままの唐来が邪魔だったのか、工藤がぐいと唐来を横に押して前に出た。ふたりで並ぶようになる。唐来はむっと顔をしかめたが、工藤には無視された。

「脅しですか?」

 工藤の淡々とした声が部屋に響く。わざわざ聞くまでもなく脅しだろうが、こうして言葉に出してしまうのが堅物の工藤らしい。唐来は少し呆れて息を吐いた。拍子に肩の力が抜けて、それで自分が思った以上に緊張していたことを知った。

「いや、そんなつもりはない。ただ……そうだね、キミたちがアタシたちと一緒にいてくれるのならば、キミたちにも“力”をあげるよ?」

「いらないと言ったら?」

「ふふ、なにもしない。ただ……、背中には気をつけたほうがいいかもしれないな」


 部屋を出て、ふたりは大きく息を吐いた。互いに顔を窺うが、外で話せることでもないと重い足を動かして自分たちにあてがわれた部屋に戻ろうとした。

「待って」

 甘く幼さを感じる声。だがいつもよりどこか硬い。振り返る。そこにはリコと敵対している派閥の少女が三人いた。嫌な予感を感じながら唐来達は立ち止まった。少女たちは小走りに近づいてくる。

 その子達の他に周囲に人影はなかった。赤く染まった夕陽が唐来たちの影を長く伸ばしている。そう時が経たない内に辺りは暗くなるだろう。

 少女のひとりがぎゅうと手で服を握りしめて唐来を上目遣いで見上げた。他のふたりはその子の半歩後ろに控えている。こんな生活のせいでくたびれてはいるが、充分に可愛らしい顔立ちをした少女だった。大きな目がうるうると潤んで、まるでペットのうさぎのようだ。後ろのふたりも少女と似たような空気をまとっている。仲良し三人組、ということだ。そしてこの少女がこのグループのリーダー。少女たちの派閥でもそれなりに声の大きいひとりだったと記憶している。

「あのさ、出てくるのが随分と遅かったみたいだけど、なにかあった?」

「いや、そろそろ家に戻りたいけど、()が見つからないって相談してただけだよ」

 こういったタイプの相手は工藤よりも唐来の方が得意だ。唐来はさり気なく工藤よりも前に立ち、愛想よく微笑んだ。工藤も反対する気はないのか大人しくしている。

「そうなの……? でも、あの」

「心配させちゃったかな? ごめんね、わたしたちも疲れたから──」

 急ぎでないなら帰っていいかな、という言葉は遮られた。

「リコはひどいひとだよ!」

「え?」

「なにを言われたのか知らないけど、信じちゃダメだと思う!」

 きゅっと整えられた眉を上げると、少女は勢い込んで言った。目を白黒とさせている、後ろのふたりも交えて三人がこちらに畳み掛けるように言い募る。

 「きっとリコたちはなんだかんだ言ってこき使ってくるよ」「やめたほうがいい」「隼さんだって、きっとリコが」「このままだときっと……!」「あのひとおかしいよ!」

 リコに対する不満や、憶測に過ぎない……しかし彼女たちにとっては真実なのだろう事柄を矢継ぎ早に喋った。

 曰く、リコは悪逆非道なリーダーである。自分たちは戦えないのに食べ物を調達してこいと外へ放り出された。それで帰ってこない子もいる。そのくせリコは滅多に外に出ない。街の中の仕事もしない。横暴だ。でも銃を持っているから強く言えない。唐来たちは強いから、助けて欲しい。このままだと自分たちはリコに殺されてしまう。

 勢いに押されて思わず足を引く。そんな唐来を逃さないというように手を取られた。ぎゅっと握れられる。

「あたしたち、服部さんたちが心配で……」

 あなたのことを心底心配しています、というように少女は眉を下げた。先程のリコとはまた違う圧力を感じる。決して遠くない昔、自分の身近にあったもの。唐来はいつかの教室の残り香を嗅いだ気がした。

 動きの鈍い唐来にしびれを切らしたのか、さらに言葉を重ねようと少女は口を開いた。しかし近づいてくる話し声に気づいて唇を噛むと、今まで少女が見せた中で一番哀れっぽく目を伏せた。

「ほんとに、怖いの。このままだとあたしたち、殺されちゃう……」

 そこで口をつぐむと、目だけで雄弁に「助けて」と叫ぶ。鼻の頭を赤くして、ぱっと手を離した。そうして身を翻してあっという間に居なくなってしまった。

 二派の対立に、面倒ながらもはじめは少し面白がっている部分があった。タイガンの火事、というやつだ。しかし面白がるには渦中に居すぎた。勝手に当事者のひとりにされた今は吐き気がするほど面倒である。さすがに焼け死ぬ前に逃げたいところだが。

 少女たちが残した怒涛の言葉にくらくらとしながら、唐来はぼんやりと消えた背中の先を見つめた。工藤も熱にあてられたようにぽかんとしている。ふたりは影が伸び切り闇に溶けて消える前にやっと正気を取り戻すと、指定の場所で夕食を受け取ってそそくさと自分たちにあてがわれた部屋に戻った。


 ◆◆◆


「どう思う?」

「どうって……、いや事故物件だろ」

「それはそうだけど」

 部屋に帰り腹を満たして充分に時間が経ってから唐来は口を開いた。疲れ切ってこのまま寝てしまおうかとも思ったのだが、そうも言っていられない。おそらくこれは面倒だからと伸ばせば伸ばすほど厄介度が上がる案件だ。

 このまま留まって自分たちに味方をするならば実権を一部握らせてやる、だとか、このままだとあなた達も殺されちゃう、だとか。

 本当に勘弁してほしい。唐来は別に権力が欲しいとは思っていないし、ヒーローになりたいとも思っていない。願うのは笑って生きていきたいという()()()()()願いだ。

 リコと少女たち。少なくとも自分に牙があることを知っている少数派に、牙のない兎のような多数派。

 どちらに与する気もないが、仮にどちらかを選ぶとしても良い未来が訪れる気がしない。

 一方は武力だけは持っているが、統率力のない集団。

 もう一方は扇動力はあるかもしれないが、武力を持たない集団。

 特に後者はこの世界では致命的だ。前者は無理に集団の長を務めようとせずに少人数でまとまっていれば生きられる。だが、後者はどれほど大人数になろうと、どれほどそれらの心をひとつにしようと生き延びられない。

 かつての世界は違った。もっと余裕があった。だが、今はそんなものは水面に映る月のようなものだ。まぼろしでしかない。あるいは掴んだと思っても、慰めさえ与えずに消えてしまうもの。

 少女たちはかつての武器を使って、この世界で生きようとしている。けれどその武器はもう、相手から物を奪うよりも自分を傷つける回数の方がずっと多い。

 かつての世界には余裕があった。なにかを間違えれば死ぬなんてことが日常にはなかった。だから心を満たすために、彼女たちの笑顔を得るために差し出す者は多く居ただろう。けれど今は心を満たすよりも先に、命を守らねばならない。他者の寛容の上で胡座をかいていた人々は他の武器を見つけなければならない。今は、スプーン一杯の慈悲だって奪い合う世界なのだ。

 きっと、リコの前のリーダーが少女たちに夢を見させたのだろうと思う。この世界はかつての世界の延長なのだと、そう思っていいのだと許容したのだろう。

 この街を彼女たちは『楽園(エデン)』と呼ぶ。争いなく、飢えることなく、死の恐怖もない理想郷。実態はまったく違うけれど。

 現実から目をそらして夢見る少女たち。相手に望まれる姿で、態度で、自分の願いを叶えてきた。努力をしてひとつひとつ己の手で掴み取るのではなく、与えられることに慣れた生き物。それが罪とはいうつもりはない。普通の人間のものとはまた別の努力を重ねていたのだろうというのもあるし、彼女たちがそうあるように許した者は彼女たちに強制されたわけではないのだろうから。唐来が個人的に好きか嫌いかは別として。

 根本的に、彼女たちは労働に向いていない。汗水たらして働くことを得意としていない。

 この街で『優しさ』とは彼女たちの奴隷になることだ。彼女たちは『優しさ』によって生きてきた。自らが分け与えるのは形のない心の安寧で、代わりに『優しさ』から形のあるもの──食事や安全な寝床を与えられてきた。けれど彼女たちに『優しさ』を与えられる存在はいなくなってしまった。ここでは『優しさ』をちらりとでも見せれば貪り喰われて骨さえ残らないだろう。いや、そうなればまだ良い。“奴ら”に変わってしまえば目も当てられない。あるいは『優しさ』を与えた者たちは皆、そうなってしまったのかもしれない。

 かつての世界では“優しい”と称される行いも、この世界ではもう“愚か”と呼ばれる。優しさは自分を救ってくれない。

 だから唐来は工藤が井戸を直すと言おうとした時に止めたのだ。工藤に限って自分の身を滅ぼすほど与え続けることはないだろうが、少女たちは感謝する言葉を口にしても心の中ではきっと「当然のこと」とでもいうように受け取る。それを見たくなかった。

 少女たちはそろそろ目を覚ますべきなのだ。夢から目覚めなければ、待っている未来は暗い。さっさと知恵の実をかじって外の世界の現実を知らなければならない。

 生き延びるために必要なのは、状況によって臨機応変に対応することだ。いくら惜しかろうが過去の栄光を縋りつかないこと。と言っても、唐来には炭酸の抜けたサイダーのようなかつての日常への郷愁はあれど、どうしても縋り付きたい過去などないから、こうも簡単に言えるのかもしれないけれど。

「……どうする?」

「なるべく早くここから出る」

「車、ないけど」

「……それはもう、諦めるしかないだろ」

 ここにいてはいつまで経っても車など見つからない。

 唐来の脳裏にエンジンを壊された車が浮かぶ。この街に訪れることになった原因。パンクして停めておいた車。次に戻ったときにはエンジンはかからず、動かなくなっていた。

 あの時は不幸が重なったのだろうとなんとなくで納得した。だがよくよく考え直してみると()()()()()()()()()。もちろん、楽園側の人間にとって。

 彼女たちはずっと塀に守られた街の中で生きてきた。食料庫があったための幸運だろう、調達へ出なければならないといってもそう頻度が高いわけではない。そして外へ出て行った人間たちのほとんどが帰ってきていない。死んだのか、あるいは逃げたのかは分からないが。

 つまり、彼女たちは外で生き残るためのノウハウを持っていないのだ。反リコ派の少女たちと比べてリコは現実を見れている。つまり、いつまでも外に出ずにこの街だけで生きていくことはできないのだ。だから外を知る唐来たちを仲間に引き入れたかった。そのためにひとまずは()()()()()のではないか。

 以前、外に出た際に唐来と工藤がわざと別れた時があった。監視の目が工藤に向いた隙をついて、パンクした車を見に行ったのだ。そうして検分したところ、まるでペンチで無差別に引き抜いたようにエンジンが雑に壊されていた。明らかに人為的な跡だ。あの車を除いて今の今まで動く車は見つかっていない。見つけようにも監視の目がある。そのうちに同じように監視を巻いて足を見つけようとしていたが、現状ではそれを待っている時間はなかそうだ。

「はあ、わかった。……じゃあ、いつにする?」

「なるべく早く。唐来はいつがいいと思う?」

「それじゃ、明日」

 本気か? という目で工藤が見つめてくる。それに唐来は頷いた。ここで変に時間を掛けても後退こそすれ前進はしない。ならばすぐにでも行動するべきだ。さすがに今から、というのはまずい。できれば日が出て明かりがある時ではないと危ない。ならば明日の朝早くに抜け出してしまおう。

 唐来と工藤は一言二言、言葉を交わすとどちらともなく横になって目を閉じた。


 ◆◆◆


 焦げ臭い匂いで意識が浮上した。眠りの淵にまだ足をとられながら、ぼんやりとした頭でくんくんと鼻を動かす。やはり、なにかが焦げた匂いがする。料理とか、そういうものではなく、なんというか、もっとずっと……。夢見心地のまま重いまぶたを押し上げて目を開く。まだ夜だ。窓からの光でぼんやりと照らされた部屋に異常はない。なんだ気のせいか、と寝返りを打とうとして見えたものに目を見開く。さっと潮が引くように意識が覚醒した。

「工藤っ! 起きてっ!」

 寝起きのために声が掠れた。だが腹から出した大声は願ったとおり工藤を叩き起こしたらしい。

「ん、なに? あさ? でも、まだくらいよ……」

 寝ぼけまなこの工藤の肩を掴んで起こし、窓の外を指差す。

「…………は? なに、火?」

「うん、火事っぽい」

 窓の外で煌々と輝くのは炎の色だ。赤い舌が闇夜を切り裂かんと空を舐めている。工藤はさあっと顔色を青くすると跳ね起きた。言葉を交わすまでもなく手早く荷物を集めるとふたりは外に飛び出した。

「食料庫……」

 炎上しているのは食料庫だった。しかも隣の建物にも燃え移っている。食料庫ほどではないが鉄筋コンクリート製のそれの外装をチラチラと炎の赤が舐めている。

 いったいなにがあって火など上がったのか。懐中電灯の電池が切れたから、この頃は仕方なく蝋燭を使っている、なんて話を耳にしたが、もしかしてそれか? 煙草の不始末なんてことならば笑えるが、なとなく嫌な予感がする。

 唐来たちと同じようにちらほらと外に出て呆然とした様子で火事を見守る少女たちを視界の端に捉えながら、どうやって出ていくかを考える。そこで違和感を感じて、唐来は動かそうとしていた足を止めた。じっと目を凝らすようにして暗闇を睨みつける。そうして見えたものに顔を引きつらせた。同時に少女の悲鳴が上がる。

「おいおいおいおい、こーいうのはわたしたちが出てった後でやってよ……!」

 ゆらゆらと体を揺らしながら近づいてきた者は、塀に阻まれて入れないはずの(ゾンビ)だった。

 少女が無防備な首元を噛まれて、恐怖に歪んだ顔で甲高い悲鳴を上げている。その近くに居たひとりは凍ったように突っ立っていた。見かねた工藤が一歩踏み出そうとするが、そうする前に闇からもう一本腕が伸びてくる。その腐りかけの腕は立ち尽くしたままの少女を掴んで引き倒した。そうして先程の少女と同じように生きた肉を貪ろうと噛み付いた。

 (ゾンビ)は一体ではなかった。唐来が睨みつける先で闇から次々と姿を現す。どうやら今夜はとことんついてないらしい。火事だけではなく、街の塀もほころびたらしい。

 その場は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。何が起きたのか分からずに硬直していた者たちがめいめいに逃げ出す。唐来たちも同じだった。一体二体ならばともかくとして、こうも視界が悪い状態でやり合うのは得策ではない。他を助けている余裕もない。

 このまま街の外へ出てしまおうと足を動かして、しかし前を走る工藤が何者かに体当りされるように腕を掴まれた。

「ちょっと、キミ! 江戸川さんたち!」

 リコ派の女だ。鬼気迫る表情でぐいぐいと工藤を引っ張っていく。掴まれたのが唐来だったらやりようがあったかもしれないが、体が軽い工藤は女の力に負けて引きずられるようにして進路を変えていった。

「なに!? なんなんですかっ!?」

「リコさんが、リコさんを……!」

 女は要領を得ないことを繰り返す。工藤を取り戻そうと手を伸ばすが、タイミング悪く奴ら(ゾンビたち)が腕を伸ばしてくるため、その対処をしている内に女は先に行ってしまう。

 そうしてたどり着いたのはリコたちの拠点だ。応接間として使っていた建物の中に彼女たちの住処もあった。

 女は下の階からバタバタと扉を開けていく。中を覗いて誰も居ないことが分かると次の扉を。

「リコさんを見つけてっ!」

 悲鳴のような声で唐来たちに言う。自分ひとりで対処できないために、ここに連れてきたらしい。無視して逃げてもいいのだが、どうするか。工藤がちらりと唐来を見てきた。唐来は肩をすくめる。正直なところ逃げたいが、ここで逃げて後で恨まれても困る。幸いにしてまだ奴らは建物の中に入ってきていないようだがそれも時間の問題だろう。

「ちっ、少しだけだ」

「あー、マジかぁ」

 部屋の数も数えるほどしかない。流石に対面でここまで懇願されて「NO」とは言えなかったらしい工藤に、唐来は嘆息しながら頭を掻いた。まあ、三人もいるならば数分もしないうちに終わるだろう。

 そうして部屋を開けていったが、見つからない。順々に検分したが、最後に残ったのは応接間だった。自然と期待が高まる。「リコさん!」女が待ちきれないというようにドアを開けた。

 果たして、それは愚策だった。

「えっ、あっ、がぁッ!」

 唐来の前にいた女が()()()に飛びかかられて倒れる。反射で上げた手が()()に噛まれた。女は痛みと混乱で硬直している内に喉元に歯を立てられる。噛み切った場所からとぷとぷと血が溢れ出し、ひと目で手遅れであることが分かった。

「クソッ」

 唐来はとっさに反応できなかったことに顔を歪めつつ、素早くナイフを抜いて()()の頭に突き立てた。それは操り糸が切れた人形のように倒れた。

「──反リコ派の……」

 ()()は少女だった。つい先日「リコに殺されてしまう」と唐来たちにすがりついた少女。柔らかそうな頬の半分は喰われていて、それが死体であることを雄弁に伝えている。唐来の胸にちいさな痛みが走った。それは少女への同情だろうか、あるいは……。しかしその感情を明確にする前に工藤の大声が唐来の頭を殴る。

「唐来っ!」

 考えるよりも先に体が動いた。伸ばされた手を弾く。痛覚が死んでいるそれは気にする素振りなくもう一度手を伸ばしてくる。腕を掴もうとしたところ頭を近づけてきたために肩に手を当てて遠ざける。

「リコッ……!」

 それはリコの姿をしていた。「ぁぁ……」とか「ぅう……」とか気道をただ空気が通っただけのようなうめき声を上げて万力の力で唐来を掴んでくる。どうにか手に持ったナイフを突き立てようとするが、肩に当てた手を少しでも緩めれば噛みつかれそうだった。

 唐来が抑える後ろから工藤がナイフで攻撃しようとするが、タイミング良く相手が暴れたために取り落してしまう。ナイフはリコの足元に落ちた。拾えそうにない。

「クソッ!」

「ちょっちょっちょっ、工藤、どうにかして!」

「ま、待て!」

 工藤がぱたぱたと服の上から体を叩くが、緊急事態だったために寝たときの格好のままなのだ。装備はあらかた外して、ただひとつ装備していたナイフは先程取り落してしまった。

 焦ったように周囲に視線をやる工藤を視界の端に捉えながら唐来は歯を食いしばった。嫌な汗が手のひらから滲み出て滑ってしまいそうだ。

「ペンじゃムリだし、このハサミじゃムリ……ペン立てだって木のやつじゃあ……」

 ぶつぶつと工藤が焦ったように呟くのを聞きながら、唐来は早く早く、と工藤の助けを待った。

「ないないないない! ……なにかないか…………、あっ、そうだ!」

 工藤はバタバタと机の引き出しを開けて、なにもなかったのか頭をかき乱す。眉根を寄せて唸った後、ぱっと顔を上げるともみ合う唐来たちに近づいた。

 リコの腰に手をかけるとなにか──鍵が付属しているキーリールを伸ばして鋏で切る。用済みとなった鋏は地面に捨てられた。ちらりと見えたそれは先が丸まっていて仮に頭に突き立てようとすれば相当に苦労するだろう代物だった。唐来ならばともかく、工藤の力では荷が重そうだ。ガチガチと歯を鳴らして近づいてこようとするリコから顔をそむけながら、悲鳴を上げている腕にどうにか力を入れる。そうしている内に工藤はチャリチャリと音をさせながら金庫にかじりついたらしい。金庫の扉を開ける音、そしてなにかを取り出す音。そうして工藤は取り出したものを構えて、引いた。

 ──パァン。

 破裂音がして、リコの頭が揺れる。次いで、ぐらりと傾いだ。唐来は巻き込まれないように身を引いた。

「大丈夫か?」

「……遅い」

「悪い」

 はあはあ、と肩で息をしながら睨むと工藤は申し訳無さそうに眉を下げた。先程の破裂音の影響で鼓膜が痛い。

 工藤は黒光りした鉄の塊──拳銃を手にしていた。リコの管理していた銃のたぐいを保管している金庫から拝借したものだ。

 床に倒れているのは反リコ派筆頭の少女、リコの信奉者、そしてリコ。いずれも土気色の肌で、かつて生きていたが、しかし今はその心臓は動いていない。

 いったいこの応接間でなにが起きたのか。想像だが、少女はリコに直接訴えたのだろう。しかしもみ合いになり死んだ。ぱっと見た限り、少女は頭を殴打された跡がある。そしてもみ合って気づかなかったが、リコは腹にナイフを生やしている。こんな自体になったのと同じくしてどうして食料庫が燃えたのか、そして塀が破られたのか。それらは関連した事象かもしれないし、あるいはまったくの偶然の連続かもしれない。いずれにしても、真実は一生分からないままだろう。

「工藤、貸して」

 窓から外の様子を警戒している工藤の手から拳銃を受け取る。唐来は唯一復活の可能性のある女に近づくと、その頭に銃を押し当てて引き金を引いた。破裂音と共に脳漿が床にぶちまけられる。数秒、祈るように目を閉じたかと思うと、床に落ちたままの工藤のナイフを拾い直す。それを元の持ち主に返してやりながら、軽く肩で肩を小突いた。窓の外では奴らに追われて逃げ惑う少女の悲鳴が聞こえる。

「行こう」

「……うん」

 唐来は銃の入ったショルダーバッグを肩に担いだ。ぱしゃりと靴が赤くぬるつく液体を跳ね飛ばす。それが床を汚すのを見ることなく、唐来達は闇夜に消えた。


唐来たちは互いがいればまあ戦力的にも頭脳的にも問題ないかな、逆に人が増えるとその分面倒が起こるからヤダな、というスタンスなので集団生活をしても特に親しい人はできませんでした。街では結構面倒なあれこれがあったはずなのに、一歩引いた場所にいたために、こんな「よく分からないけど炎上しました」という感じに。ドラマ性、エンタメ性がない。残念。

また次回からはJKふたりの生活に戻ります。

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