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カースト上位の底辺

 

 朝の通学路。身体がすごく軽かった。精神的な重荷がなくなったからだ。


 ……ずっと、苦しくて嫌な気持ちだったんだよな。

 いじられる事を拒絶して、突き放して、自分が一人ぼっちになるのが怖かった。教室で一人になることが怖かった。

 

 中学の時の俺もずっといじられ続けていたんだ。

 勉強が出来たり、運動が出来たりしたら、いじられないかも知れないって思ったんだ。必死で勉強した。トレーニングも沢山した。

 ……だけど、結果は同じだった。


 中学に上がってから幼馴染の茜からの当たりがきつくなる。

 茜は俺以外の友達も増え、幅広い交友関係を持つようになっていた。


『あんた、なんで勉強してんのよ。あたしより良い点取るの? ありえないわよ』

『暇ね、祐希、あんたが盛り上げなさいよ。はっ? いつもみたいにヘラヘラ笑いながら歌でも歌えばいいでしょ』

『リレーの選手になる? ちょ、笑わせないでよ。あんた運動できないでしょ。あんたは仮装リレーで笑いを取ってくれればいいのよ』


 笑いを取る。これは間違えだ。正確には俺は馬鹿にされて笑われているだけだ。

 クラスの空気が良くなる、そう思っていた自分は馬鹿だった。

 ずっと馬鹿にされ続けていると精神に異常が来す。


『……帰りにアイスでも食べるわよ。商店街に新しいお店ができたのよ』

『この問題は……、これであってる? うんうん、あ、そっか。あんた中々教え方うまいわね。褒めて上げるわよ』

『へ? なんで勉強してるかって? べ、別にあんたには関係ないでしょ……。あんた、西高受けなさいよ。絶対西高にしなさいよ! へ、偏差値的にもちょうどいいでしょ』


 茜は二人っきりの時は、小学校の頃のように優しい顔を見せる。それが一層頭を混乱させる。……でも、俺は気弱だったから理由を聞く事ができなかった。

 気弱な心は卑屈さを生む。

 それが、周りに悪影響を与え、更にいじられるのであった……。


 一人ぼっちになる事の恐怖心。それが今は何も感じない。


『あんた熱だしたの? ……寒いから気をつけなさいよ。明日は学校来るのよ』


 返信していない茜のメッセージ。俺がそれに返信することはなかった――


 ***


 俺は教室に着くなり机に突っ伏した。

 クラスメイトがどんどん登校して来る。


 時折、クラスの男子が俺を蹴ったり、起こそうとしていたが、俺は無視を決め込んで寝ているふりをしていた。


「マジつまんねー」

「祐希寝たフリだろ? 何これ茜が考えた新しいゲーム?」

「違うらしいぜ。ていうか、なんか頭に乗せとく?」


 俺の頭の上に物が置かれる感触があった。

 ひとまず無視を決め込む。


 茜達はリア充男子グループとのお喋りに夢中だ。


「祐希、あの寒い中待ってたんだって」

「バカじゃん」

「ていうか、雪降ったら遊ばないよね?」

「熱出してんの、アホじゃんw」

「ね、茜、今日はあいつで何して遊ぶの? モノマネでもさせる?」


 昔からよく知っている茜の声が聞こえてきた。


「あ、ああ、そうだね……じゃあ起こして……いじろっか!」




 背後から数人の足音が聞こえる。

 茜達が俺に近づいてきてるんだろう。


「どうやって起こす?」

「頭にのっているジュースでもかける?」

「シャーペン刺す?」


 ――俺はこんな目に遭っているのに、クラスメイトを友達だと思っていたのか?


 こんな事は冗談でも友達にやって良いことじゃない。

 だけど、今まではみんなが面白がる反応をしていた自分がいたんだ。気弱な自分は消えてなくなった。もう友達はいらない。


「うおぉ!? 動いた!」


 俺は手をゆっくり起き上がり、手をと動かして頭の上に乗っていたブツを一つ一つ机に移動させる。

 ジュース、消しゴム、ポテト、紙くず……


 鮫島が茜をチラチラ見ながら親しそうに俺の肩に手を乗せてきた。女子のリーダー格が茜だとすれば、男子のリーダーは鮫島だ。

 端正な顔立ちで運動も勉強もできる。人をいじって笑わせるのが好きなクラスの人気者だ。


「お! やっと起きたじゃねえかよ! クラスの人気者!!」

「ちょっと、あんた私のメッセージ無視したでしょ? マジむかつくわ」


 俺はクラスを見渡す。

 ほぼ全員揃った状態だ。

 ボッチ男子とボッチ女子だけいない。あいつらはギリギリ登校だ。

 なるほど、面倒な事に絡まれないように次から俺も見習ってギリギリで登校しよう。


 クラスメイトは何か期待をしているような目でこっちを見ていた。

 面白い事が始まる。おもちゃがいじられる。


 それを見て自尊心を保っているのだろう。ヘドが出る。


 俺はゆっくりと、鮫島の手を肩から剥がす。

 一切、笑みの無い顔で言い放った。


「――息が臭い」

「……はっ?」


 俺は立ち上がって机の上にあったゴミを捨てに行った。

 クラスメイトたちはどう反応していいかわからないでいた。


「なに、反抗? 超笑えるんだけど?」

「ははっ、鮫島の顔見ろよ! バカみたいな顔だぜ!」

「ていうか、あいつ祐希だよな? リア充グループの金魚の糞の?」

「切れたの? 超ウケる!!」


 意外にもクラスは爆笑の渦になっていた。

 気分悪い……


 茜が近づいて来て、俺の背中をバンバン叩く。


「ひ、ひひひっ! なに? どうしたの、祐希? いじりたくなっちゃったの?」


 俺は無言でゴミを捨てる。


「それ鮫島のジュースよ! ……ねえ、あんた何で反応しないんだよ? 大事な幼馴染でしょ? 『将来結婚すりゅ〜!』って言ってた幼馴染の茜ちゃんだよ?」


 人を小馬鹿にするような態度。

 ……俺の本気だった思いを冗談にして笑いを取ろうとする茜。


 ああ、確かに好きだったのにな。淡い恋心は熱と一緒に消えてなくなった――


「…………」


「ちょっと、いい加減にしてよ」


 俺は一切表情を変えない。こいつはもう幼馴染じゃない。ただの動く物体だ。

 茜は少し怯んだのか、頭を掻きながら、俺の耳元で囁いた。


「……放課後カラオケ行くわよ。機嫌直してよ。私達の仲じゃん」


 囁きながら俺の腹をきつくつねる。

 痛みが思い出す。


 走馬灯のように、おもちゃにされた過去がよぎる。

 それはどれも吐き気がするような所業であった。


「茜」


 名前を呼ばれただけで何故か嬉しそうな顔の茜。


「うん、カラオケ楽しみだね!」


 俺は無表情で茜に告げた。


「二度と話しかけて来るな。――永遠にさよなら」


「……え」



 俺は立ち尽くす茜を無視して席に向かった。

 怒りで真っ赤な鮫島が俺に怒鳴ってきたが、無言で睨みつけたら席に戻ってしまった。


 クラスが異様な雰囲気に包まれる。

 茜が泣いていて、友達が慰めていた。すぐに仲直りできるよ、茜は可愛いから大丈夫! って言っているが……


 ……それはお前らの主観だろ?


 クラスメイトは俺の悪口を言う。

 いじり過ぎたから拗ねただけと思っているだろう。

 リア充グループの底辺の乱心だと思っているのだろう。

 時間が経ったからいつも通り、道化を演じてくれるだろうと……本気でそう思ってそうな顔をしている。

 多分この後もクラスメイトは普通にいじりながら話しかけて来るだろう……


 ――こいつらは自分がやっていた事を覚えていない。


 一昨日までの俺だったら、この雰囲気に飲まれて、おちゃらけていた。

 だが、俺は変わった。


 熱と一緒にいくつかの感情が消え去った。


 クラスから疎外感を感じる。空気を読めない奴。役割をちゃんとやれって。

 俺は心を強く、誰にも負けない強さを……目指すんだ。



 ――これが、ボッチの世界への第一歩。



 その時、教室の後ろの扉から、ボッチ女子がひっそりと登校した。

 俺しか気が付かなかったかも知れない。


 彼女は教室の雰囲気がおかしい事を感じとったようだが、無関心で席に着いて本を読み始めた。


 ――なるほど、これからは本が必要だな。


 男子ボッチは俺が気づかない内に、席に座ってゲームをしていた。

 お、恐るべし……

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