9話-裏世界に潜む怪物-
「ワイルド・サーガだぁーっ!?・・・ああ~、私をみすみす逃したポンコツ無能組織のお出ましって訳かい。悪を逃すなんてみっともなぞ~?仕事しろよな、役立たずのヒーローどもさんよ。ニヒヒ」
「・・・ムカつくな、コイツ。人形のクセに」
「しかもネチッこいからね、コイツ。人形のクセに」
「"クセに"とか言ってんじゃねぇぇええッ!!!」
怒りを剥き出しに迫り来る歪な脅威。それと相対するクウに限り扱える対抗手段は「バースト・脚ッ!」その言葉と共に放たれる強烈な回し蹴りであった。予想だにしなかった一撃が鈍い音を立てガノプエルヴの頬に直撃する。威力は絶大を誇ったと言わざるお得ない程に悪魔二人の吹き飛ぶ様がはっきりと確認できたのだ。しかもそれだけではない。蹴った後をなぞるかのようにして空間に亀裂が生じていた。
「すっげ!サガミって人も凄かったけどあんたもホントに人間かよってレベルですげぇな。さすがは政府の部隊」
ミイラですら直ぐ側で見ていて技の凄さに驚きの表情を浮かべることしか出来なかった。
「人間よ、今はな。そんな事よりも、はよぉ逃げるぞ」
「逃げんの?なんでさ。この調子なら余裕勝ちじゃん。この際だ、あの糞ドールをボコボコにのしちゃってよ!」
「勝ち負けの話じゃないんよ。奴との遭遇もとい戦闘事態に問題があるんやって」
「なんそれ。つまり?」
「このまま争えばワシらの力に反応して"ヤツら"が集まってくる。本来なら直前で力を解放し、呼び寄せる前に表世界へ還るつもりだった」
「・・・っうむ?」
「あぁもう!君は理解せんとってええ!はよ行くぞ!」
だが、みすみす逃してくれる程貴婦人ドールは甘くはなかった。
「逃がすかボケぇぇえッ!!ガノプエルヴ!全力スピードでアイツらを捕まえろ!だが油断するなよ!」
その場を立ち去ろうとする彼女たちへ再び襲い掛かり、絶対に逃がしてなるものかという強固なる意識を露にしたのだ。大気をも切り裂く超加速が認識できていたガノプエルヴの図体を一秒にも満たない世界で消失させ、その姿を奪う。
「(速い…生物の限界を超越しとるんか、たいぎぃな・・・仕方ない、アレで一気に切り抜けるか)…フルバーストッ!!」
クウも又、己が持つ最大限の力を解き放ち、その変わり果てた姿を露にした。白光の如き輝く翼を象ったオーラを背に携え、頭髪は影をも受け付けぬ圧倒的白銀に。うって変わり肌は変色を見せ、まるで細胞一つ一つが壊死したかのような褐色に変異を遂げた。次の瞬間、クウはミイラの腕を掴み「このまま次元の壁を突き破る」そう伝え、迫りくる相手に合わせ迅速ダイブを繰り出した。
「うごあッ!!」
いきなりの出来事に驚いたミイラであったが、不思議と辺りの風景がスローモーションに映る奇妙な体験の中で見えてくる世界に何故だか魅了されていた。まるで時間が停止している空間を優雅に飛んでいるみたいだと。この感じた事の無い感覚を彼女は鮮明に脳へと刻む事だろう。眼にも止まらぬ速さだと言うのにも関わらず身体への負担も感じなければ、むしろ心地いい肉体のダルさを感じてしまうのだ。
「ギャオラア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!!」
「邪魔じゃ!どけぇや!」
両者は迷うことなく衝突。と、言うよりも咄嗟の切り返しで放たれたクウの飛び蹴りが絶大な威力を持ってガノプエルヴの脇腹を容赦なく突き破り真っ赤な花火を散らせたというべきか。まるで勝者への祝福のクラッカーのように弾け飛ぶ様は爽快感さえ覚える。
「ガノプエルヴ!何やってるッ!!!早く体勢を立て直せ!!自己治癒をするんだ!」
「お先ーっ!」
「ムキーっ!腹立つーッ!!こうなったら!!」
沸き起こる怒りの感情をコントロールできない未熟さ故の警告の筈だった。『貴方は直ぐ頭に血が上るから、くれぐれも余計な行動は厳禁よ?自分を保って役目を果たせばそれでいい。落ち着いて、気を付けて行動しなさい』というナヴィン・ローラルテの警告。それを忘れてペンダントを取り出した貴婦人ドールの愚かな行動が"ヤツら"と呼ばれる者たちを呼び寄せる結果に繋がろうとは誰も知るよしはなかった。
「よし、そろそろ時空の狭間じゃ。大丈夫か?古高ミイラ」
そんな事は露知らず、クウとミイラは順調な手順で裏世界を脱け出そうと試みていた。
「大丈夫だよ、天使さん・・・ウチは・・・大丈夫。天使さんが、いるから・・・」
「いや、大丈夫じゃ無さそうじゃな。ワシの力に触れ過ぎとるせいか…こりゃあ急がんといけんな・・・!」
「なんだか頭がボーッと・・・する」
「気をしっかりと持ちぃや!もうすぐじゃけぇ!(にしても衰弱スピードが早すぎる…精神的に貧弱では無い人間の筈なんにどうして・・・)」
「もう少しで帰れる…」意識がもうろうとする中でミイラは確かに微笑んだ。裏世界ではあったが、やはり一人ぼっちでの広い世界は寂しく、恐怖がうっすらと芽生え始めていたのかもしれない。いつ出られるかも分からない閉鎖された空間。そこに現れたクウの存在は彼女にとって大きかった。
「ママ…もう少しで帰るからね・・・」
「フッ、さっきは平然なフリをしとっただけで実際は精神的に追い込まれとったって事か。大丈夫、必ずここから出したるけぇ」
それでも"ヤツら"はアザけ笑う。
「んなッ!!!」
表世界へ帰ろうとする者の足を拘束し、ひたすらに笑う。
「ト"コ"エ"イ"ク"。ウヒヒっ・・・」
「・・・っ!?」
気付いた時には既にクウは片足を握られたまま自分達の来た方向へと投げ飛ばされていた。暗くなる視界が周囲の情報を奪ってゆく。どれだけの距離を飛ばされたのかも定かではないが、確かに言えるのは。
「グハっ!…いってぇ~・・・」
辺りをニヤけ面で囲む何かは複数匹もの集団で、しかも不気味に何かの塊を口にしながら此方を見ていたという事だけであった。
「キミ、大丈夫か!?」
「いててっ…帰ってこれた?」
「いや、残念じゃけどワシらはまだ・・・」
「なに…これ・・・」
「檻の中よ・・・」
ミイラは震える手を前に差し出し「じゃあさ、アレは何…?」そうクウへ問い掛けた。彼女はただ固唾を飲みながら一言「闇獣悪じゃ」そう答えるのみだった。"ヤツら"の正体とはクウの言うとおり『闇獣魔』であった。裏世界にて限定的に生息し、その生態の多くが謎に包まれているクリーチャーの一種だ。無制限に繁殖する人間達を食い荒らしている事から主なエネルギー源は人間だと推測され、特に表世界から迷い込んできた人間を好んで追いかけ回す特徴があるのだとか。というのも過去に一度、ワイルド・サーガ所属で現在一位の座を保持しているリェクスが数年前『裏世界の調査』を名目にこの任務を受け、闇獣魔との遭遇を報告した後に争っていた事が判明していた。ごく一部だが、その調査を行わなければ知り得なかった裏世界の情報を持ち帰る事に彼女は成功していたのだ。そんな闇獣魔が今、口にしているのが数体もの悪鬼。どうやら貴婦人ドールでさえ手に終えなかったようだ。
「ちょっ!離せッ!!私を食べても美味しくないぞッ!!ガノプエルヴ!どうにかしろ!!」
反応が無い。既に絶命している。
「嫌だ嫌だ嫌だ!!やめろ!!誰かーッ!!!!」
まるで地獄絵図だ。血みどろの景色が異臭を漂わせ鼻を曲げる。ミイラは自然とクウの手を握りしめ、怯えている心の拠り所にしていた。普段なら「やっちまえ怪物どもーっ!」「ざまぁ糞ドールめが~!」の野次くらいは飛ばせていただろうが、これは流石に無理だ。状況がヤバすぎる。
「ぬっ!おいこらミイラッ!!居るんなら見ていないで助けろッ!!」
「は、はぁ?な、何でウチが・・・」
「散々遊び相手になってやっただろうがッ!!今すぐ恩を返せぇーッ!!」
「冗談・・・っい、嫌だね」
「てんめぇ!私を見捨てんのかーッ!!!ならそこのワイルド・サーガ!早く私を助けろ!善悪問わず困っている者を救うのがお前らの仕事だろ!」
「いや無理…すまん」
「ぬおぉぉいッ!!!」
実際、無理な注文だった事に違いはない。いざ『闇獣魔』との戦闘になればミイラを守る事に手一杯となるのは明白。一匹でも厄介な相手が複数匹いるのだ、自分からノコノコと立ち向かうリスクを負える筈もない。しかし、何らかの決断もまた必要なのはクウ自身も分かっていた。
「悪く思うな人形・・・一回くらいは報いってやつを受けとけ」
「イギッ!!…だぁぁあッ!!腕が噛られたぁぁあッ!!」
「(さて、どうするか・・・フルバーストで脱け出せんかったんはかなりの痛手だ…あれでエネルギーの大半を持ってかれた・・・残る力を使えばどうにかなるにはなる…じゃけど、この子を庇いながらの無理な戦闘は更に危険を招く恐れが・・・)」
クウは考えながらも立ち上がり、その口を開くしかなかった。
「まぁ待てよアンタら…喋れるんよな・・・?」
彼女の発言に反応を示した闇獣魔たちは、同じタイミングで一斉に動きを停止させ、彼女へと視線を向けた。
「ワシの言葉を聞く気はあるんかを問いたい。どうなんな・・・」
すると。
「オ"イ"シ"ソ"ウ"ナ"ニ"ン"ケ"ン"タ"ナ"~。ニヒヒっ」
一匹の闇獣魔は不気味な笑みを見せびらかし、そう答えた。会話のキャッチボールが成立するかは怪しいところだが、確かに言葉は話せるようだ。
「先に言っとくけど、ワシらはお前たちのいいように食われる訳にはいかんのよ。それと…そこのヤツは人間じゃなぁよ、人形よ。食ったら腹痛の呪いに掛かっちまうけぇ吐き出した方が身の為になる」
「チ"カ"ラ"ア"ル"モ"ノ"ハ"タ"ヘ"ル"。マ"モ"ル"タ"メ"ニ"」
「守る?何を・・・」
その時だ。一匹を除いた複数の怪物たちは又もや一斉に行動し始め、クウと会話を交わしていたその一匹へと襲い掛かったのだ。まるで理解不能な行動だが、そのお陰で貴婦人ドールは片腕を無くしたまま床に落とされ、間一髪のところで解放された。それと同時に貴婦人ドールは二人の元へと猛ダッシュし、駆け寄るや否やクウの背後へとその身を隠した。
「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ・・・ぶねぇ~っ!」
「ケッ・・・」
「ん?なんだよ、何見てんだよミイラ!」
「ダサ見苦しいな、糞ドールめ。大人しく食われとけばいいものを・・・」
「お前だっていつもの生意気な態度はどうした?ビビった顔が丸出しじゃないか・・・」
「お前にだけは言われたくないんだよ・・・」
「こっちのセリフだ、糞ガキ・・・」
緊張感がいっそう増す雰囲気の中、クウの思考は積もった疑問で埋め尽くされていた。ヤツらは何故仲間を喰ったのか。特にこれが謎だ。会話の中でそれに繋がる行為があったとするならば、それは『守る』というキーワードだろう。クウですら一番に引っ掛かったポイントだ。
「ウヒヒ…エ"サ"カ"イ"ル"。エ"サ"カ"イ"ル"。エ"サ"カ"イ"ル"。ク"ウ"ノ"タ"。ク"ウ"ノ"タ"・・・」
「聞け!ワシの言葉をッ!!」
「エ"サ"カ"イ"ル"。エ"サ"カ"イ"ル"。エ"サ"カ"イ"ル"。ク"ウ"ノ"タ"。ク"ウ"ノ"タ"・・・」
ついには問い掛けすら通用しなくなり。躊躇なく襲い掛かってきた。
「くっ!…キミらは逃げぇッ!!!」
焦りを見せる暇など無い突発的な状況にクウは残された力の全てを瞬時に解放した。蒼き業炎を肉体に纏わせ人間の体である今の肉体を焼身させた。そして、綻び崩れた肉体を復元、本来の姿へと再構築。これによりクウは人間に転生する以前の姿『幽鬼の怪人』へと一時的に戻る事が可能なのだ。これが二つ名である『転生幽鬼』たる由縁。長髪をなびかせ、大きくカーブする二本角を携える堂々とした風格は元の人間の面影さえ感じさせない圧倒的インパクト。まさに怪人そのもの。そんな彼女に集団で降り注ぎ、喰らわんとする闇獣魔は数百キロはあるであろう巨体を盾に両腕を振りかざしたままクウ目掛け落下した。足下には青ざめた表情で逃げ遅れたミイラと貴婦人ドールが衝撃波と爆風に巻き込まれ、舞い上がった砂ぼこりの中へと姿を消したのだった。ほどなくして、反射的に瞳を閉じていたミイラは自身の体に異常がない事を体感で知り、無事だと自覚できた。しかし、肝心の瞳を開ける勇気が出てこない。貴婦人ドールもミイラ同様瞳を閉じ恐怖から目を背けていた。
「お、おいミイラ・・・何が起こっているのかを確認しろ」
「はぁ?命令すんなし!お、お前が確認したらいいじゃん・・・まさか怖いんか?」
「はぁ?こ、怖くねぇし!目にゴミが突き刺さって負傷しただけだし!そういうお前も怖いんだろ!?所詮はガキだな」
「ウチはアレだし!あの~、さっきの衝撃でコンタクトがアレで・・・」
「もぅ分かったわ!なら、同時にでどうだ?」
「・・・ズルすんなよ…したらシバくからな」
「お前もな…したら殺すからな」
「せーのッ!」「せーのッ!」
閉じていた瞳を同時に開けた二人の目に飛び込んで来た光景は。
「うぐぐっ!なにを・・・やっている!早く・・・ここから・・・離れろ・・・!」
闇獣魔の一撃を全身全霊で受け止め、必死にミイラたちを守るクウの姿であった。滴り落ちる赤い雫がミイラの頬に垂れ、流れ落ちていく。
「ウチらの為に…あんた・・・」
「ぐっ!…心配するな。キミは・・・この我が助ける・・・それが仕事だからな・・・だから早く…逃げろ!!」
ミイラはその覚悟に頷き、ドーム型に展開する闇獣魔たちの足下を縫うようにして脱出し全力で走った。貴婦人ドールも又、ミイラの服に捕まり脱出に成功する。
「いいぞミイラ!そのまま行け!走りまくれ!」
「ちょっと!自分で走れよ糞ドール!」
「まともに歩けないのに走れるか!いいから逃げろ!」
「何言ってんの?このまま逃げれる訳ないじゃん」
「はっ?…お前、まさか・・・」
「そのまさかってヤツな」
「無理無理無理ッ!!アホか!マジ死にてぇのか!」
「ウチをひたすら殺しに掛かって来てたお前がそれ言うか?」
「絶ぇえッ対に反対反対反対反対ッ!!!」
「(抵抗手段はあるにはある…一か八かだけど・・・いや、このままじゃクウって子が死ぬ!迷っている暇は・・・無い!)」
「おい糞ドール!お前が持ってたペンダントあるだろ!」
「それが何だっていうんだよ!」
「今すぐよこせ!確かあれで怪物とか呼び出していたよな!?」
「だからバカか!悪鬼、いや、ガノプエルヴでさえ瞬殺されたんだぞ!?」
「いいからよこせ!放り投げんぞ!」
「ちょ待てっ!分かったよ!!」
だが、貴婦人ドールがいくら自分の体を手探ろうともペンダントが服から見つかる事は無かった。
「なにやってんだよ!早く!」
「な、ないんだよ!どこ行った…無い無い無い・・・!」
「さっきまで持ってたろ!?落としたのか!?」
「あっ・・・喰われた時だ!片腕を喰われた時に落としたんだ!」
「と、いうことは・・・あそこか!!」
それを聞いたミイラは迷わず方向転換。先程まで貴婦人ドールが捕まっていた場所へと走った。
「おっ!アレじゃね!?」
独りでにポツンと床に転がるペンダントが一つ。その輝きを光らせている影でニヤける怪物が一匹。一方で、クウはというと。
「オ"ラ"ア"ア"ア"ア"ッ!!!」
群がる闇獣魔を全力で払いのけ、それでも絶え間なく襲い掛かってくる悪意を片っ端から相手に奮闘していた。動きもさることながら、闇獣魔の異常なまでの耐久性。加えて一撃一撃の破壊力。全てが彼女を上回っていた。
「(なんてヤツらだ・・・オリジンの一撃がまるで効いてない・・・!)なら、これならどうだ!バーストバイト・斬脚ッ!!」
当てた瞬間に伝わってくるぶっといゴムのような質感。攻撃が芯に届く前に弾かれてしまう。
「なんて強度してやがる!」
「ウヒッ!…ツ"カ"マ"エ"タ"。タ"ヘ"ル"。タ"ヘ"ル"」
「しまッ・・・!」
目の前の一匹に集中しすぎたせいか、背後から伸びる太い腕にクウは気付けなかった。うなじごと首元を掴まれ、身動きを止められてしまった先に待つのは集団からの殴打。
「ぐあああっ!!」
「ウヒヒヒ!」
「ぐっ!…やろーがぁぁぁあああッ!!!!バースト・拳ッ!!!」
それでも彼女は諦める事なく威力を爆発的に高めた右ストレートを前方へと突き出した。目の前の闇獣魔を問答無用で吹き飛ばし、体を瞬時に捻って体勢を切り返してからの裏拳。背後で自身の首を掴んで離さない闇獣魔の太い腕をへし曲げ怯んだところを今度は逆にその首根っこに腕を回しヘッドロック。そのまま振り回し囲んでいた闇獣魔たちを蹴散らしぶん投げた。何とか危機は脱したものの、それでも相手の猛攻は止む事を知らず。
「うおりゃッ!!!」
吹き荒れる嵐の如く攻防戦はどこまでもひたすらに続くのであった。その頃。
「ゲット!・・・で、逃げるんだぁぁあッ!!!」
ペンダントを拾い上げたミイラは、体力の続く限り走り回っていた。何故なら。
「『ゲット!』じゃねぇッ!!早く逃げろミイラッ!!直ぐ後ろに来てる!捕まる!主に私がぁぁあッ!!」
「これでも全力なんだよッ!!」
一匹の闇獣魔にターゲットされてしまい、追いかけ回されていた。
「うぎゃあああッ!!髪の毛掴まれたぁぁあ!痛い痛い痛いッ!!」
「ちょバカッ!!それならウチの背中から離れろ!!お前だけ喰われてろッ!!切れ端くらいは拾っといてやるから!」
「ふざけるな~・・・お前も道連れじゃあああッ!!絶対に離さねぇかんなッ!」
「それだけはマジでやめろッ!!ああー、もう!ちょっと耐えてろよな!」
コートをまさぐるミイラ。
「(どこだ…どこだ…何でもいいから武器を出さないと!)」
「もう無理だ~っ…頭皮が持ってかれる~…ぬぐぐ」
「もうこれでいいや!なんとでもなれ!」
彼女が手にしたのは手榴弾。そのピンを引き抜き直ぐ後ろをしつこい追いかけ回してくる怪物に向けて適当に放り投げた。運良くそれは放物線を描くようにして宙を舞い、口を開け貴婦人ドールを喰らわんとする闇獣魔の口内へ見事にゴールイン。そのまま爆発した。
「んなぁぁあッ!!」
「あっつッ!!」
巻き込まれたのは相手だけではない。ミイラと貴婦人ドール、二人も又爆発に巻き込まれ吹き飛ばされてしまった。
「いたた~…適当に投げて当たるとかウチの隠された才能か?」
「熱い!熱い!フー、フー・・・もうすこし考えて扱えよ糞ガキ!」
「う、うるさいな!助けてやったんだから文句とか無しだろ!」
煙の中で動めきく巨影。
「へ?…」「は?…」
そう、闇獣魔は平然と生き抜き、ゆっくりな足取りで二人の元へと歩み寄り始めていた。
「マジで・・・?おい糞ドール!このペンダントはどうやって使うんだッ!?さっさと教えろ!!」
「・・・終わった」
「おいいい!諦めんな!ウチを見ろ!そして使い方を教えろ!!」
ミイラはよほど焦っていたのか、内ポケットから取り出したナイフを意気消沈し呆然として動かない貴婦人ドールの片眼目掛けグサッ!っと一撃。
「ぬおぁぁあッ!!!何すんだよ!」
「正気に戻れ!そしてウチを見ろって!」
「いや見えねえよッ!!」
「じゃあ見えなくていいからこれの使い方を教えろ!早急に!」
「・・・何でもいい想像するんだよ!自分の中で強く存在する何かを!そして解き放て!そしたらゲートが開く!今は細かく説明できないが、これだけ説明すれば分かるだろ!?」
「(なるほど、分かりやすい…想像力なら!)」
瞳を閉じ、集中する彼女の頭によぎる強い何かの存在。それをひたすらに増幅させる。
「(強く…強く・・・そして解き放つッ!!)・・・って、あれ・・・」
「どうしたミイラ!?なにも起こっていない雰囲気だぞ!?」
「な、なんで・・・」
「ちなみに何を呼ぼうとした?」
「スー◯ーマン」
「はっ?・・・この期に及んでふざけてんのか!!」
「いやだって強そうじゃん!!一撃で解決してくれそうじゃん!!」
「外国人の顔なんて日本人からして見れば殆ど区別できんだろうが!!あやふやなんだよボケが!貸してみろ!」
「嫌だちょっと!お前が使ったら二次災害が及ぶ可能性がある!」
「アイツを殺るには更に上を行く危険生物を呼び出すしかない!」
「アホか!どっちにしろウチに被害が来んじゃねぇか!ウチに力が無いことくらい知ってんだろが!」
「知ってるわ無力人間が!お前に力がありゃ~な!今頃こんな苦労は・・・!」
「それだ!貸せ糞ドール!」
「あ、ちょっ!」
「(忘れてた…身近に居たじゃんかッ!!)」
ミイラは再び瞳を閉じて祈った。表世界に存在する彼女を呼び出す為に。
「(来い…頼む!)・・・アナミィィイイッ!!!!」
その声は表世界で微かに響き渡った。
「ん?私を呼ぶ声が聞こえたが…聞き覚えのある声だったな」
「あら、どうしたの?アナミちゃん」
「いや、何でもない。ところでミイラの奴はどこ行った?さっきから見当たらんぞ」
「ミイラ?誰かしら、そんな子いたかしらね?」
口から自然と出た名前『ミイラ』。知らない筈の誰かの名前を何故言ってしまったのか、アナミに自覚はなかった。
「私は何故・・・今ミイラと・・・」
脳内へ響く何者かの声。それはとても小さく、今にでも消えてしまいそうな灯火の炎のようであった。
アナミ…アナミ…アナミ・・・。
「ぐっ!誰だ・・・」
アナミィィィイイッ!!!!
「・・・ミイラッ!!」
次の瞬間、アナミの姿は表世界から消えていた。
「ママ~、誰と話してるの?」
「え?・・・クスッ…ママったら可笑しいわね。なんでもないわ、行こっかサツちゃん」
時を同じくして裏世界では。
「にゃあああッ!!き、来たぁぁあ!!」
「く、くっつくな糞ドールッ!!」
「ア"ア"ア"ア"ア"ッ!ク"ワ"セ"ロ"ォ"ォ"オ"ッ!!」
絶望的状況下でボロボロになりながらも奮闘を見せていたクウも遂に精魂尽き果て崩れ落ち、ミイラと貴婦人ドールは自身に覆い被さる『死』にどうする事も出来ず動けなかった。このまま何も出来ずに終わってしまうのか。勇気を振り絞りミイラは最後に叫んだ。
「アナミのバカァァアアッ!!!ウチが死んじゃったら利用も糞も無いじゃんかッ!!今すぐ来ないとホントに何もかもが終わりだぞぉぉおおッ!!!」
その叫びに呼応して降り注いだ流星は、ミイラを襲おうとしていた闇獣魔を一瞬にして木っ端微塵へと追いやった。まさに跡形も無くなるとはこの事。見覚えのあるその後ろ姿に彼女はこれまでにない程の安堵に心揺さぶられ、緊張が解けたのか思わず涙を浮かべた。
「誰がバカだって?少なくとも貴様よりかはマシな筈だが」
「・・・・っぬぉぉおお!アナミィィイイッ!!!」
「貴様っ!鼻水を私につけるな!汚い!離れろ!」
「ぐすん…」
「何処に行ったかと思えば裏世界に取り込まれていたのか。通りで気付かなかった訳だ」
「そうなの!散々な目にあったの!って事でこの状況どうにかして!!」
「まったく、仕方ない。腹ごしらえには丁度いいか」