7話-愛情×非愛情-
壮絶なあの出来事から一夜明けた翌朝。今日から学校もしばらくは休校だ。なのにその日に限って早く目が覚めてしまうのは何故だろうか。頭がボーっとしながらも寝間着から家着に着替え、洗面台で顔を洗い、鏡越しに歯を磨く。今日は平穏な一日になる事を祈りたい。
「ギャヒヒヒ・・・」
「・・・・!?」
奇妙な笑い声が深々と響いた。一瞬ではあったが確かに私には見えたのだ。あの殺人鬼がフードで顔を隠し、鏡越しに笑みを浮かべている姿を。夢か幻か、きっとまだ寝ぼけているんだと思いたかったが、凍てつくような視線が私を背後へと振り向かせた。
「おはよう!お姉ちゃん!」
「よ、よぉ…おはようサツミ」
そこに居たのはあの殺人鬼ではなく、寝癖を爆発させ不気味に笑顔を絶やさない幼きミイラだった。
「えーっと…サツミ、なんで包丁なんか持ってる?」
「・・・斬り殺してたの」
「斬り殺し…ってお前まさか!」
「野菜さん達をね」
「・・・あ、あぁ…朝ごはんの準備を手伝ってたのね」
「サクッ…サクッ…サクッ…可哀想だね、悲しいね、野菜さんたち」
私はコイツを『サツミ』と呼んでいる。元殺人鬼という事もあって安易ながらそこから取らせてもらった結果のサツミだ。可愛いだのカッコいいだのと言ってややこしい名前を付けるよりも単純で覚えやすい方が何かとアレだからね。しかし、たった一晩でこんなにも雰囲気が変わるものなのか、既に殺人鬼としての片鱗がチラチラと見えてるような・・・。
「さっちゃーん!卵とってくれるー?」
「ほら、ママが呼んでんぞ。行ってこいサツミ」
「うん!分かった!」
どうやらウチのママには懐いてるようだし今の所は心配なさそうだ。問題なのはいつ元の姿に戻ってもおかしくないって事だけかな。理由は分からないが突然幼くなった事を考えると可能性はゼロじゃない。
ガラガラガラ…
「ふぅー、やはり朝風呂というのは身体がスッキリするものだな」
「ぬおッ!・・・い、居たのかよアナミ!びっくりしたぁ!」
「なんだ、居て悪いのか?」
「昨日、フラフラしながら出ていったってママから聞いたけど大丈夫なんか?」
「あぁ、気にするな。ところでさっきのガキは誰だ?見覚えのある顔をしていたが」
「言うべきか言わないべきか…やっぱ言~わない!」
冗談の通じないアナミの握力がミイラの顔面へと襲い掛かる。
「貴様、私に対する態度が日に日に付け上がってきているようだが一体何様のつもりだ?このまま顔面を潰されたくなかったらさっさと教えろ」
「ぬぐはぁーッ!!たんまたんま!顔がへちゃげるぅー!!」
「へちゃげる?違うな「木っ端微塵になる」が正解だ。それが嫌なら・・・っ!」
「は、はい…わ、分かりました・・・ててててッ!!」
ともあれ、取り敢えずは腹ごしらえだ。アナミを連れて洗面台を後にしたウチはママとサツミが待つ食卓へと向かい朝食を囲んだ。
「あれまミイラ!その顔どうしたの~?真っ赤な手形がついてるわよ?」
「ママよ、どうやらウチには最悪の悪魔がとり憑いてるようだ。この隣に居るヤツを今すぐ追い祓ってくれ」
「はい、さっちゃん。あ~ん」
「って、聞いてねぇッ!!」
「貴様は黙って飯も食えんのか。そんな子は二階に行ってなさい」
「お前は誰目線だよッ・・・ご飯ならやらねぇかんな」
「チッ…」
朝食を終えた二人は、サツミを二階の部屋へ連れ込み、ミイラはアナミに今まであった経由を全て説明した。テロリスト襲撃から夢で見た女の話し。貴婦人ドールの存在。その揉め事の最中に現れた別次元ミイラ、つまりはサツミの事。ワイルド・サーガという政府組織の介入。そしてサツミの逆成長についてはまったくの不明と、現状を伝えた。
「なるほど。私がいない所でそんな事があろうとはな」
「あれ、意外と冷静じゃん」
「んな訳あるか。コイツがあのイカれたミイラとは…一番驚いたぞ」
「ウチも未だに信じられないよ。殺人鬼と一つ屋根の下なんてさ・・・」
「殺人鬼って言っても子供になってしまったのだろ?どうする、ガキの内に始末しとくか?」
「・・・特殊部隊の奴らもそう言ってた…始末するって。まぁ、コイツが今までしてきた事を考えると仕方ないのかもしれないけど、でも、子供の内は休ませてあげようよ。少しだけの幸せくらい…良いじゃん」
「ふんっ、情が湧いたか愚か者め。コイツは危険だ。それは何があろうとも変わらない。こんなチンチクリンの姿になったとて元は人を殺しまくってた畜生だぞ」
「・・・そうだけど」
「ハァ、ならどうしたいんだ?貴様は」
「決めた。ウチが面倒みる」
「ほーう、えらくコイツに固執してるじゃないか」
「あの時、「ママ」って…「探しに来てよ」って…そう叫んでたんだ。きっと心の奥底では救いを求めてる。放ってけないよ」
「(同じ人間だからこその『何か』を感じたか…あるいは・・・)では、しばらくは様子を見るとしよう。どうせガキの間は何も出来まい」
浅はかだった。"子供だから何も出来ない"そんな思い込みが今後、周りをも巻き込みミイラ自身にも災難を与えようとは思いもしなかったであろう。
「ねぇねぇ、お姉ちゃんたちぃ~」
「あっ?」「んっ?」
「ポケットから変なオモチャ出てきた」
いや、既に序章とも言える出来事が今目の前で起き始めている。何せそれは、"オモチャ"と言うべき物から程遠いい代物『手榴弾』そのものだったのだから。そして何を思ったかサツミは、とぼけた表情で迷う事なくピンを引き抜いた。
「えんだぁぁあーッ!!アナミィィッ!!ヘルゥゥプッ!!!」
「矢先にこれとはッ・・・!」
間一髪、無防備に床へ転がる手榴弾をアナミは持ち前のスピードで即座に掴み上げ窓の外へと放り投げた。瞬間、爆発する手榴弾。
「わぁーっ!花火だぁーっ!」
「おいミイラ…コイツ本当に中身まで子供になってんだよな?手榴弾を取り出してからピンを抜くまでの手際の良さが教官レベルだったぞ…ベテラン軍人顔負けだったぞ」
「た、たまたまだって…玩具にピンが刺さってあったら誰でも抜きたくなるじゃん?子供なら尚更…」
「僕、もっとやる!ママにも花火見せる!」
興奮覚め止まぬサツミは、再び自身が身に纏うフードコート内をあちこちとまさぐり始めた。その仕草に「まさか…」と嫌な予感を巡らせたミイラは、この幼き悪魔をスッと抱き上げるや否や強制的に反転させ、両足を掴んだ状態のまま宙吊りにしてから激しく上下に揺らしてみた。
「のわぁ~!ゆうう~れええ~るうう~!」
「うげっ!!マジかコイツ・・・」
案の定、出てくるは出てくる拳刀法違反のオンパレード。まるで戦争の最前線にでも赴くのかとツッコミたくなるような武器やら刃物やら爆発物が滝のように溢れ出てくるではないか。しまいには真っ二つに折られた筈の巨大な太刀までもがコート内からまっ逆さまに床へ落下してきた。
「いやいや待て待て。明らかにおかしいだろ…お前はビックリ人間か」
「歩く殺人兵器だな。今からでも真面目に鍛えればボディーガードくらいにはなるんじゃないか?」
「冗談言うなしアナミ。それにっ!サツミにはもう戦いや殺しはさせないし!」
最中。
「みんなー?今日はお外へ出掛けようと思うんだけど一緒に来ないーっ?」
一階のリビングから聞こえる母の声に、ミイラは掴んでいたサツミの足をサッと手離した。
「あにゃば!」
「ウチらが行かないって言ってもきっとママはサツミを連れていく・・・アナミっ!一緒に来るよね?」
「却下。興味ない」
「なんでも奢るから!」
「早くいくぞ貴様ら」
「変わり身はや!」
ー 午前10時 ー
ここは『ワイルド・サーガ総本部』の支部にあたる『なでしこ異療部隊』の組織施設。
「うっ…我輩は寝てたのでありますか・・・」
「目覚めたようねサガミ。調子はどう?痛むところは無いかしら?」
「医療サイエンティスターの長…エタナ隊長・・・」
「随分と派手にやられたようね。一般隊員なら死んでいるレベルよ?」
「うむ…奴は強かったのであります。さすれば認めてやるのも強者の余裕なり・・・」
その言葉にエタナの表情は一変した。
「はっ?なによそれ。負け犬の分際で何が強者ですってぇッ!?ノコノコとみっともない傷だけ残して帰って来やがってッ!!雑魚の余裕なんてこっちは見たくねぇんだよ!!」
激しく怒鳴り付け怒涛の罵倒をサガミへ浴びせたのだ。
「サガミ、悪人に負けるヒーローなんて必要ないの。分かるわよね?」
「うぅ…ご、ごめんなさい・・・」
「チッ、ごめんなさいだぁーっ?「次は死んでも勝つ」くらいの一言もいえねぇのかこの敗者がッ!!お前には教えた筈だサガミ!負けて帰ってくるなど恥じ以外のなにものでも無いと!勝つまで戦い続けろ!敗北を悟れば潔く散るんだよ!二度と同じ無様は晒すなッ!!!」
「ひくっ…ひくっ…了解・・・した」
「泣き虫の糞ガキが。大人しく寝てろ!」
そして、無慈悲にも部屋の扉は閉じられた。
「エタナ隊長…あれは少々言い過ぎなのでは・・・」
「なに、文句でもあるわけ?」
「い、いえ…文句など・・・」
「いいのよ。あの子の代わりなんて腐る程いるんですから」
「と、言いますと。別世界のサガミ…ですか」
「妙な子よね~。全ての世界線であの子だけは皆同じ力を保有しているなんて」
「そぅ…ですね・・・」
「あんな強力な力…いくらでも代用が利くんですから唯一無二の兵隊よ。だから私がそれ込みで十二位まで引き上げてあげたんだし、言いなりになってもらわないと割りに合わないわよ」
「しかし…それを良く思っていない人間もちらほらと」
「大体検討はついてる。同じ『ステルス暗技部隊』でもある序列五位のナタカに『スカイ遊戯部隊』序列九位の竜々(たつたつ)・・・厄介なのはこの二人くらいね」
「心配は無用…という事でしょうか?」
「私を誰だと思ってるのよ。神人守護エタナよ?」
神人守護エタナ。『なでしこ異療部隊』の部隊長にして現在の序列三位の女。
「さてと、そろそろ新たな実験の準備でもしましょうか」
「新しい実験ですか?」
「今のサガミに別世界のサガミをぶつける。あの子が更に力を付けるには自分自身との戦いで成長を促すしかない」