6話-入り乱れた結末-
「キャハハハハハハハッ!!もっと!もっとッ!!感じさせて!僕をイかせてよーッ!ギャハハハ!!」
「嘘だ…悪鬼の肉体は如何なる兵器も通用しない・・・事前に確めたんだ…ましてや刃物ごときで・・・っ!」
なんの前触れも無く現れたその人物は、黒いマスクで口元を覆い隠し、青いフードコートを身に纏う鬼神のごとき女性だった。背に携えた巨大な太刀を豪快に暴れ振るう威風堂堂たる強さは、次々に迫り来る悪鬼どもを意図も容易く切り払っていったのだ。まるで狂喜狂乱の宴。
「足りないッ!血もッ!叫びもッ!絶望もッ!全部全部ぶち撒けて僕に浴びせてよッ!!受け止めてあげるからさぁぁああッ!!ギャハハハ!!」
「やれ!殺せ悪鬼どもッ!!あのイカれた野郎を蹴散らすんだぁーッ!!」
その猛攻たるや一人の人間が披露できる力の常識的範疇を大きく超えていた。生物の限界を根底から覆せる程の圧倒的能力と戦闘意欲。まさに獅子奮迅の勢いであった。傍から見ればあんなのは戦いなんかじゃない、殺戮だ。一方的な狩りに見えてしまうのも頷ける破格的存在感が切れ味鋭く全てに牙を向けている。
「夢なら覚めないで欲しいなぁ~。グフフ…久しぶりにイっちゃった…かも」
「ゆっ、夢なら覚めてくれ…あり得ねぇぇだろこんなのーッ!!!!」
そして決着。結果は誰が見ても明らか。軍配は彼女へと上がった。今頃、テロリスト集団も只では済んでいない筈だ。悪鬼相手に疲労困憊。特殊部隊から逃げ切る体力も残っていないだろう。それに、先程まで優位の立場を自慢げに振りかざしていた貴婦人ドールも又、死んだフリなのか、はたまたは人畜無害なただの人形を演じているのか、全く動かなくなった。大量の冷や汗をみるに演技派ではない事は確かだが、何はともあれ突発的に起きた危機は回避出来のかもしれない。これで大人しく一件落着…とはいく筈もなく・・・。
「動くな古高ミイラッ!!特殊部隊ワイルド・サーガだ!少しでも動けば即時処分対象と見なすッ!」
「えぇ!?ウ、ウチ!?あ、はいッ!!」
「あっ…すまない。君ではなくそっちの古高ミイラに言ったんだ」
「んん~?僕かなぁ?なんの用かなぁ?お前達も僕と一発殺りたいのかなぁ?」
「黙れ、化け物が。殺人件数1000件以上。政府を標的とした破壊工作件数300件以上。要人への暴行または非人道的拷問件数800件以上。器物破損件数2000件以上。どうやってこの世界に来たかは知らないが、凶器を床へ置き手を挙げてうつ伏せになるんだ。今直ぐに!」
やはりそうだった。アナミの言っていた黒いマスクに青いロングコートのイカれた女。間違いなくコイツだ。それを目の当たりにした途端、ウチの体は決して抗えぬ一つの感情によって全てを支配されてしまった。この世に生きる全ての生物が持ち合わせる危険察知能力『恐怖心』だ。すると、コイツは私の方へと振り返るや否や、座り込み俯く私の顔をゆっくりと覗き込むような姿勢を取り始めたんだ。
「指示に従え、古高ミイラ!その子に手を出すな!」
それだけだ。だだ、それだけの行為の筈なのに・・・。
「それ以上近付くなと言っている!」
怖すぎて動けなかった。
「あぁん?ファックだべろべろばぁ~っ!キャヒヒヒッ」
「良い度胸だな…お前は完全に包囲されているんだぞ」
「隊長、コイツは完全にイカれてます。こちらの話しを素直に聞き入れるとも到底思えませんし、ここで始末しておいて問題ないかと」
「なら、はっきり言って俺達だけでは無理だ…ここで処分するなら奴に対抗できる新たな強者が必要だ・・・」
「そう言う事でしたらお任せを。いざという時の為にアイツを待機させてましたので」
「アイツ?誰だ」
[こちらナンバー55『クサナギ進撃部隊』だ。『ステルス暗技部隊』のサガミをここへ要請しろ。早急に頼む]
[了解。彼女なら3秒も掛かりませんよ]
連絡から僅か1.2.3・・・。何層にも重なった分厚いコンクリートの天井をド派手にぶち破り、この場へと降り立った一人の少女が皆の視線を独占した。
「うむ。我輩は『ステルス暗技部隊』弾丸少女サガミである。ここにて参上しに参った」
弾丸少女サガミと名乗るこの年端も行かない少女。実はとんでもない立場の人物であった。特殊部隊ワイルド・サーガの中でも一際異彩を放つ部隊『ステルス暗技部隊』の若き隊員にして、その功績から"軍神者"の称号を持つ超エリート部隊員だったのだ。軍服を好んで着こなし、それらしい用語を多様する事から"なんちゃって軍人"ともしばしばからかわれがちな彼女だが、上位隊員だけが許される二つ名を『弾丸少女サガミ』として名乗っている。ちなみに、ワイルド・サーガでは所属する部署関係なく全ての隊員にランク付けがなされており、サガミの序列はなんと500人中12位。実力は折り紙つきという訳だ。
「ワーオッ!可愛いデザートだぁッ!!みてみて皆!あの子の格好超キュートじゃね!?」
「古高ミイラ。貴様に抹殺命令が下されたのであります。華々しく散る時でありますれば、潔く三途の川を見据えなすって」
第2波。大戦火の津波襲来。
「ガオー!喰っちまうぞーッ!キャハッ」
「突撃ィィイっ!!」
飛び込んだ両者の間に存在するのはただ食うか食われるか、死ぬか生きるかの二択のみ。強烈なインパクトを残したこの怪物に対してサガミが如何にして食い下がるかが見物だ。
「ニヒッ!」
衝突の瞬間、ミイラは太刀を水平に全力のフルスイングで相手の腹部目掛けて斬りかかった。通路が狭い事もあって刃先は大きく壁を削り火花を激しく散らせる。だが、振るうスピードは衰えず寧ろ加速を見せた。しかし次の瞬間、サガミは猛スピードで迫り来る太刀そのものをなんと手刀だけで叩き割りダメージを無効果。それに驚いたミイラは直ぐ様太刀の持ち手部分にぶら下げていたフラッシュ弾のピンを引き抜き強烈な光で相手の視界を奪いつつ、袖内部から取り出した小型マシンガン二丁を無差別に乱射して追撃に転じた。
「遅いのでありますれば、我輩は貴様の背後なり」
その声に振り向いた矢先の出来事だった。まるで眼の焼けるような強烈な光を今度はミイラ自身が受ける事となり、どういう訳か。
「我、奇襲二成功セリ」
サガミの蹴りによる一撃は先程マシンガンを乱射された位置から放たれたものだった。
「うぐッ…おえぇっ!・・・あっ、でも乱暴にされるのも悪くないかも、グフフっ」
「いい加減、観念なすって。貴様は我輩に勝てないのであり、我輩は貴様に負けないのである」
「チッチッチっ…子供が大人をあんましナメちゃあいけないぞ?」
ミイラが用意した次なる手段。それは、もはや体のどこに隠し持っていたのかと疑いたくなるような代物であった。
「貴様のコート内は四次元空間にでも繋がっているのでありますか?」
「テテテテェーン!人間粉砕機『げんこつバズーカァ~』」
そう、彼女によって魔改造を施された安定性も命中精度もクソもない威力全振りの禍々しい造形をしたロケットランチャーである。全長は通常の二倍はあるであろう大きさを誇り、その砲口は人々の希望を吸い込み恐怖として吐き出す地獄の入り口。まさに、心身共に人間の全てを粉砕し尽くす非人道的兵器そのものという訳だが。
「ミイラちゃん張り切っちゃうぞ~?」
それを、まるでトンファーの如く軽快に振り回す彼女の姿に周囲は唖然。しかし、他の隊員達が既に戦意を喪失しているであろうこの状況で、サガミだけは余裕の表情を浮かべ呟くのだ「神風が吹く・・・」と。同時にミイラも手にする武器を構えたのだが、なにを思ったのか彼女はロケットランチャーの砲口を逆側である背後に向けトリガーを引いたのだ。
「一緒にぶっ飛ぼうぜベイベー」
瞬間、ドでかいエネルギーが火の塊となって衝撃波を生み出し大爆発を巻き起こした。本来であれば遠距離からの目標破壊を可能とさせる飛び道具として開発された兵器の筈だが、彼女はそれを推進力として使い、尚且つ本体であるこの鉄の塊を直接攻撃できる鈍器として使えるよう改造していたのだ。もちろん発射されたロケット弾は真後ろへと放たれその役割を終えたが。
「えっ?…ちょまッ!!嘘だろぉぉおッ!!!」
悪鬼との死闘の末に怪我を負い、たまたまその場へもたれ掛かっていたこの世界の古高ミイラにその脅威が向けられた。
「無理無理無理ッ!!死ぬってぇぇ!!」
だが、放たれた弾はミイラが反射的に体を横へ倒した事により背後の壁へと直撃。したのにも関わらず、妙な事に爆発は愚かあれ程までの力で押し出されたモノがコンクリート程度の固さに阻まれ玩具のように地面へ転がってしまっていたのだ。
「・・・ふえっ?い、生きてる?・・・なんで!?」
最中にも、サガミと別世界のミイラ、両者の激突は再び火花を散らそうとしていた。体格差では明らかにミイラが勝り、加えて猛スピードによる突進が攻撃力を格段に向上させている。方やサガミの力は未知数ながらも太刀を一刀両断に砕き割り、素早い動きでミイラを翻弄するなどの申し分ない身体能力を兼ね備えたステータスを持っている。唯一、両者が同等に並ぶ能力を持っているのだとするならば、それはおそらく動体視力だろう。現に二人は今、一秒にも満たない世界の中で互いに目を離さず睨めっこをしているのだ。その距離、僅か数センチの間合い。無論、まともに食らってしまえば屈強な肉体を持つ人間でさえも木っ端微塵に消し飛んでしまうだろう。最も、まともに食らえばの話しだが。
「飛ぶのは・・・」
「にゃはッ!?」
「貴様だけで十分なのでありますッ!!」
ミイラにとってこれは予想外の反撃と言わざる終えなかった。なんとサガミは向かって来る標的に対して片足を全力で振り上げ、相手の持つ武器へと直接蹴り込んだのだ。軌道を直角に変えられたミイラは天高くロケットのように舞い上がり、一枚、二枚と分厚い天井のコンクリートを次々にぶち破っていった。ワイルド・サーガの部隊員は瀕死であろうミイラを早急に捕まえようと急いで上の階へ向かおうとするが、サガミは一向に穴の空いた天井から視線を放さず、上を向いたまま動こうとはしなかった。
「しぶとい奴め」
何故なら、再び点火された火薬の臭いがサガミの嗅覚へ微かに危険を知らせていたからだ。その予想通り、光と共に再びサガミの前へと降り立つミイラ。
「ふぅ~、危うく身体がバラバラになるところだった」
「そのまま生命尽きて貰えたならば、こちらとしても祝福あるのみだったのだが」
「ヒッドイなぁ。正義の味方ならちゃんと言葉を選らびなさい!命を軽んじるなかれ!」
「チッ…このバグりが。このままでは埒が明かなぬ。一気に決着を着けたい、いいな?本気であるぞ。死ぬ気の一撃であるぞ。さぁ、撃ち込んでこい!」
「いいねぇ!かっ飛ばすッ!!」
再び構えたミイラの手元には二本のロケットランチャーが顔を覗かせる。これで推進力は単純計算で二倍となり、加速は更なるスピードを生み出す。
「キャハッ!!」
周囲からしてみればそれは一瞬の出来事だったであろう。どデカイ爆発音、そして炎の球体が光と共にスモークを発したかと思えば、ミイラはサガミに覆い被さるようにぐったりともたれ掛かっていた。
「勝負あり。貴様の命は我輩によって完全に砕かれた。初めは死を実感できないであろう…語りかけても誰も振り向いてはくれないであろう…故に孤独であろう。だが安心せよ、地獄の門は開かれる。だから貴様はそこへ落ちればいいのだ、この糞野郎!」
最中に掴まれる片腕。
「ッ!?」
「凄いパンチだったなぁ…僕の攻撃を両腕で左右に弾き飛ばしてからのカウンター突き・・・土手っ腹に風穴が開くかと思ったよぉ~、んねぇ?」
「な、なんで生きている…あの威力であるぞ!!我輩は全力で・・・っ!!」
するとミイラはうっすらと笑みを浮かべた。
「ふふ…僕が自ら手加減したんだ。君を捕まえる為にね」
「貴様ッ!!片方は空砲だったのか!?」
サガミはミイラから捕まれた手を引き剥がそうと瞬間移動にも近いスピードで距離を取ろうとするも、ミイラのがっちりと締め付けた握力には敵わなかった。
「(なんて力だ…このままではマズイ!)」
そう思った矢先、ミイラの拳がサガミの頬を強打。彼女は転倒してしまうが、右手はまだ掴まれたままだ。そして、倒れ込んだサガミの頭を踏みつけるミイラに対し周りを取り囲むワイルド・サーガの隊員達は一斉に武器を構えた。
「古高…ミイラ…何故だ…何故分かった!」
「そんな顔しないでよぉ~。僕が一方的に女の子を虐めてるみたいじゃんかぁ~」
ゴキッ!
「あっ」
「ぎゃあ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!!」
「肩壊しちった。てへっ」
その時。鳴り響く銃声はミイラ目掛けて光を発した。ミイラはその一斉射撃を少しでも軽減すべく、咄嗟の判断でサガミを持ち上げ盾として前に突き出した。しかし、放たれた弾丸は二人を直前に勢いを失い殺傷能力までも失っていった。そんな事はお構い無しと撃ち続ける隊員達だったが、やがて弾は尽き果て嵐のような一斉射撃は一人の男の合図によって静止された。目的は何だったのか。サガミを犠牲にしてでも危険人物であるミイラを始末したかった故の行動だったのか。
「サガミッ!!特注品の炸裂弾をプレゼントだ!これだけやれば十分だなッ!?」
否。逆である。
「う、うむっ…感謝するぞ・・・『クサナギ進撃部隊』クサナギ隊長ッ!!」
サガミの渾身の後ろ蹴りはミイラの顔面を見事に捉え、仰け反ったミイラはそのまま一直線に背後へと吹き飛んだ。低いガッツポーズで「よしっ!」と勝利を確信した隊員達は肩を抱えて膝ま着くザガミに寄り添い怪我の具合を確認すると同時に、ミイラの生存確認をするべく新たな武器を携え煙立ち込める現場へと駆け寄った。
「隊長…これは流石に死んでますよね?」
「あれだけの力で蹴り飛ばされたんだ。これで絶命していなかったら本物の怪物だ」
そこにあったのは、瓦礫に飲まれうなだれるミイラの姿であった。
「しかし驚きましたよ。てっきり自分は隊長がサガミ班長を犠牲にしたのかと・・・」
「バカを言うな。サガミは我々ワイルド・サーガにとって破格の戦力なんだぞ」
「だから驚いたんですよ。しかし噂には聞いていましたが、まさかあんな少女にこれ程までの力が・・・」
「『ロブチェンジ』それがサガミの扱う力の正体だ」
「ロブチェンジ…ですか?」
「ああ、自らに飛んでくるあらゆる万物の役割を奪い自分に付加してパワーバランスを逆転させる事ができる」
「そ、そんな事が・・・!」
「最初にコイツの大刀を叩き斬ったのもそれの成せる技だ。瞬間移動に近いスピードはマシンガンの弾丸から、身体からフラッシュバンを放出できたのもコイツの大刀にぶら下がっていたフラッシュ弾からのものだ」
「なるほど。ロケットランチャーのミサイルが不発に終わったのも、その役割を奪い古高ミイラにぶつけていたからなんですね。そして、我々の一斉射撃もサガミ班長に力を与える為の・・・」
「そうだ。サガミの力は受けた攻撃の回数分しかストック出来ない。加えて一度付加した力は自力で変更不可能なんだ。既にマシンガンの役割を身のこなしに振っていたサガミに決定打となり得る攻撃手段は無かった。だから新たに力を上書きさせる必要があった」
「我々も役には立てたんですね」
「だがまぁ、サガミもまさかコイツがここまでタフだなんて思ってもみかっただろうからな…今回は苦戦しても仕方がない」
生死の判定を行うデバイスを手に、クサナギ隊長はそれをミイラの胸辺りに押し付けた。判定は至ってシンプルで、モニターに映し出されている心拍数が波を立てて動いていれば『生』と判断され逆に動かず波を立てていなければ『死』と判断される。いわば病院などでも仕様される医療器具の小型改良版だ。
「反応は無いみたいだな。死んでる」
「本部に報告しますね」
「・・・いや、待てっ!!」
「えっ?」
「生きてるぞコイツッ!!」
そう叫んだのも束の間、ミイラはフードコートを思い切り左右に広げ、身体に巻き付けてあった無数の爆弾を起動させた。
「ベロベロばぁ~」
隊員達はあらかじめインストールさせてあった防御システム『守護神』によって即死は免れたが、意識は完全に消失。たった一人を除いては。
「あ"ぁ"~…まるで脳みそが頭の中でひっくり返ってるみたいに気持ち悪い。おえェ~」
煙の中から姿を現す地獄より戻りし異形の怪物。古高ミイラだ。マスクの剥がれた口元は頬までぐちゃぐちゃに裂けており、フードの影に隠れていた右目は別の方向を見渡し焦点が合っていない。これが彼女の本性であり隠し続けてきた素顔であった。
「そろそろちょーっと本気になっちゃおっかなぁ~、ミイラちゃん」
どうにか立ち上がろうとするサガミを止められない隊員達。何故なら、この場において古高ミイラと対等に戦える者はサガミしかいないと理解した上で彼ら達は彼女に頼らざるを得なかったからだ。
「笑わせるな…貴様は自分の状況が分かっていない。その傷…明らかに人間の負えるダメージを遥かにオーバーしているのだぞ・・・」
「そう?僕ちんには分かんなぁ~い。ニヒヒ」
「やはり貴様はバグりである…どの道その出血では5分も持たぬぞ。痛みを我慢する以前の問題だ・・・」
「じゃあこの5分間、全部君に捧げてあげるよ」
ゆっくりと歩き出すミイラの足取りは次第に駆け足へと変わり、サガミ目指して一直線に進み出した。
「お前達、我輩から離れるのだッ!!」
サガミも又、内ポケットから取り出した拳銃を連射しながら投げ捨て、直進してくるミイラに対して猛スピードの飛び込みで真っ向から立ち向かった。
「シャッ!!」
迫り来るミイラの拳。それは、プロボクサーのパンチスピードを遥かに上回るものであった。ハッキリと風の切る音が聞き取れる程の鋭い一閃、それがサガミの眉間に撃ち込まれようとした時、ミイラは自身の首元に強い衝撃が走るのを感じた。
「遅い!入ったッ!!」
サガミのカウンター蹴りが喉元に直撃していたのだ。
「ぐぬっ…」
歯を食い縛り、それでも怯まず食らい付いてくる彼女にサガミは超加速でその背後へと回り込み頭上から相手の脛椎目掛けて蹴り込んだ。
「頭を踏んでくれた御返しである!」
「あだっ!!」
そこから体勢を前のめりに、左肘と体重、そして加速を組み合わせたタックルがミイラの右肩甲骨へと炸裂。同時にバキッ!と砕かれた骨の音が鈍く周囲へと響き渡った。
「これは肩を壊してくれた御返しなのだぁ!」
「ぐぬぬッ!・・・御構い無く!!」
能力を持つ人間と只の人間の命を掛けたとんでもない死闘。ここで驚くべき事は、サガミの攻撃速度にミイラが追い付きつつあるという事実だろう。数テンポ遅れての反撃ではあるものの、確実にその間合いは近づきつつあった。
「(バカな、秒速340mを越える速度であるぞ!コイツ、我輩が見えるのか!?)」
「へへ~ん!随分と焦ってんね!!」
それは次第に互いの体力を削り合う一進一退の攻防となり、相対する両者の凄まじい肉弾戦が火花を散らせていた。
「何故倒れぬ!!何故動ける!!何故…笑っていのだ!!貴様は一体・・・なんなのだ!」
「古高ミイラ、愉快で可愛い素敵な僕ちんさ!」
そして遂に、ミイラはサガミの腹部目掛けてボディブローをクリーンヒットさせる。その威力は絶大を誇り、あばら骨を砕く程であった。
「ガハっ!!」
「隙ありぃ~!お腹の調子はどうだい?」
「貴様ァ・・・!」
「これが大人の力ってやつよ。未熟な身体には少~し痛かったかなぁ?ニャハハハハハ!」
「ハァ…ハァ…ハァ(ぐっ…骨が肺に刺さって息が…)」
「あれれ?無視ですか?ねぇねぇ!!無視ですか!?ねぇ!!」
そのまま自身の懐へ倒れ込んでくるサガミをミイラは両手でその頭を掴み上げ顔面ど真ん中への膝蹴りを炸裂させた。もはや勝敗は決したかに思われた中でもミイラは無抵抗に近いに彼女に対して更に構えを取る。
「ハァ、もういいよ!!でも、これだけは言っとくね?戦闘中は無駄口をたたくな。その口閉じてろ・・・舌噛んじゃうからねぇぇぇえッ!!!」
最後に拳の振り上げで顎を砕かれたサガミは容赦なく吹き飛ばされ地にひれ伏したのだった。
「カンカンカンカンッ!ミイラちゃんWin!!」
この壮絶な戦いを制したミイラの出で立ちは今にも倒れそうな程にズタボロであったが、両腕を高々と振り上げ勝利の喜びを盛大にアピールする姿は無邪気な少女そのものであった。左手には何故かトロフィーのようなモノが握られているが、アレも彼女の私物なのだろうか。
「皆ありがとー!んんまっ!んんーっま!!僕が勝てたのもお前ら雑魚どもがでしゃばらず一人の女の子に責任を全任せにしたおかげです!ありがとー!ぶちゅー!」
これには見守る隊員達も驚きの表情を隠せなかった。
「そんな…精鋭部隊のサガミさんがやられるなんて・・・」
「クサナギ隊長もやられた…セーフティーが掛けられている俺達じゃあ打つ手がありません!どうします副隊長!!」
「くそっ…クサナギ進撃部隊が精鋭なら俺も戦えたんだが…(ナタカ隊長は何をしているんだ!いや、こうなったら誰でもいい…精鋭部隊の上位ランカーを呼ばなければ皆殺されてしまう!)」
ざわめき出す彼ら達にはどうする事も出来なかった。彼ら達には権力を悪用して力をむやみやたらに使わないよう本部からのセーフティーが掛けられている。無論、既存する精鋭部隊に入るか本部に申請をした後に自分達で部隊をつくり精鋭に上り詰めば実績と信頼の元セーフティーは解除されるが、今の現状でそれが認められている者はサガミを除いて他にはいない。ミイラを前にすれば、いくら守りを固めていてもそれでは生身同然なのだ。しかしその時、一人の女性が屈強な男達の間を押し通りミイラの前へ立ちはだかった。
「ふ、古高ミイラ!!よくもサガミ隊員を・・・!」
「んあっ?なに、このチンチクリン。人がせっかくいい気分で盛り上がってるってのにさ。君もバキバキに砕かれたいわけ?」
「ヒっ…」
周囲から「やめとけ」と止められる彼女だが、一体何がそうさせるのか、彼女は震えながらもその場から動こうとはしなかった。
「わ、私が仇を討・・・っ!」
まるで蛇に睨まれたカエル。その視線が鋭く突き刺さる。
「くっ・・・わ、私があんたを倒すっつてんの!セーフティーが掛かってるとか関係ない!辛い訓練を乗り越えて私はここにいる、だから!ここで踏み出さなきゃ意味がないんだ!ここであんたを倒さなきゃ…意味がないんだ!」
「へぇ~、大きく出んねぇ。君が僕に勝つってぇ?そんな世界線は何処に行っても無いと思うけど」
「私は本気だ!一歩も引かないぞ!あんたを怖がるものか!」
「フッ、いいねぇ!じゃあゲームをしようか」
「は、はっ?」
「10秒間、僕はここから一切動かないし攻撃もしない。君は好きなだけ僕を攻撃するといいさ。刺し殺すのも良し、撃ち殺すのも良し、殴り殺すのだってOKさ。でも…10秒後、もし僕が生きていたのならば君は確実に死ぬ事となる。うん、確実にだ」
「な、なにを言って・・・」
「チロリロリン!おーっとキャンセルの受付時間が終了したようだぁ!・・・さあ、生きるか死ぬか…好きな方を選んでくれや」
「正気じゃない…頭を撃てばあんたは終わる」
「はい弱虫ぃ~!僕ならその瞬間に全弾は撃ってるね。まぁいいや、早速始めようか。ゲィムスタートだぁ…1…2…」
彼女は握りしめていた拳銃をミイラの前へと突き出した。
「(コイツを殺せば終わるんだ…私だけじゃない、皆がコイツに酷い目に遇わされずに済むんだ。落ち着いて頭を狙えば一撃で・・・)」
「ハイ、サ~ンのシ~の」
「(殺れる・・・!)」
「ハイ、ゴォ~…ルォ~クゥ」
ズガンッ!と響き渡る銃声。
「ハァ…ハァ…(私は間違っていない…これが正解なんだ…悪者は全員こうなって当然なんだから・・・!)」
「目を閉じてちゃあ当たんないよ。ハイ、シ~チ…ハ~チィ」
「・・・!?」
自身でも気付かない無意識での罪悪感。どう言い繕ってもこの古高ミイラが人間である事実に変わりはない、故に例えとびきりの極悪人だったとしてもここで撃ち殺せば自身も法に守られた殺人鬼としてその闇を一生背負う事となってしまう。その揺れ動く覚悟が彼女の意志に反して銃口をミイラから反らさせた。
「(なんで当たらないのよ!もう一度、もう一度私は引き金を引く!だってコイツを殺さなきゃ私が!)」
「キュ~ウ…」
「(ヤバい…早くしないと!)」
「ジュ~ゥ…」
「くっ…死ぬのはお前だ!このクソやろーッ!!」
「ウゥウ~っ!」
再び放たれた弾丸はミイラの頬をかすめて壁を突き破った。
「んなっ!!よ、避けた!?」
「タイムオーバー&ゲィムオーヴェアー!惜しかったね!」
そして、ミイラは彼女の構える武器を腕ごと蹴り上げると同時にかかと落としの体制に入り、全力で頭目掛けて振り下ろした。
「(やられる…!)」
その時であった。二人を見守る周囲の反応が恐怖から驚きに変わったのは。
「・・・・あ、あれ?なんともない・・・」
そこには年端もいかぬ小さな女の子が尻もちを付き彼女を見上げていたのだ。
「・・・!?」
なんとミイラの姿は年相応の体つきから一転、幼女の姿へと変化してしまっていた。しかもそれは肉体だけではない。
「ここはどこ?マ、ママァー!どこに行ったの!僕が迷子になっちゃったよ!探しに来てよ!うわーんっ!!」
心身ともに逆成長を遂げていたのである。
「副隊長…これは一体・・・!」
「まさかこれは…やってくれか!よし、お前は下がれ!拘束班は速やかに古高ミイラを確保!急げ!」
「は、はい!」
ところがタイミングを見計らったかの様に外で待機していた大勢のマスコミが学校内へ侵入してしまったようで、おそらくはテロリスト騒動が終息したのを確認した上での強行だったのだろう。
「ちょっ!どいて下さい!!さがって!」
「危ないですからさがってくださいッ!!」
押し寄せるマイクとカメラの数にワイルド・サーガの隊員たちはたじたじ状態に。誰一人としてその場から動ける状況を失ってしまった。
「すいません、通してください!」
「・・・って副隊長!!」
「な、なんだどうした?!」
「古高ミイラの姿がありませんッ!!」
「なんだとッ?!!」
どさくさに紛れての逃走だった。しかもそれを行ったのはなんと被害者であるこの世界の古高ミイラであった。小さな女の子となってしまったミイラを担ぎ上げ必死に校外へ走るミイラ。
「(なにをやってんだウチは…いや、完全にバカな事をやってしまってるってのは分かってる…でも、あんな悲しそうに泣かれたら放っておける訳ないじゃん・・・)」
その光景は、ミイラがミイラを持ち逃げするというまさに奇妙な世界を表していた。同じ人間だからこそ通じあった何かがあったのか。何か伝わる感情があったのか。それは本人であるミイラですら理解できない『何か』であった。
「ひくひくっ…ママどこぉ~・・・」
「な、泣くなよ…何だか心が痛くなるわ・・・」
その道中でミイラはポケットに隠し持っていた夜美香の写真をポストに流し込んだ。
「すまん親友よ!裏に渡辺先生の住所書いておいたから後は保護してもらってなーッ!」
「わ、分かったよ古高さーん!頑張ってー!」
それを高い場所から見下ろす二つの影。
「あーあ、逃げられてんじゃん。せっかく俺がチビッこくして捕まえやすくしてやったってのに」
「そうだな。しかし、よもやサガミが負けてしまうとは」
「よく頑張った方じゃないですか?アイツの力は初見殺しみたいなところありますし、戦いが長引く程不利になるもの仕方ないですよ」
「それを考えず、相手の強さも把握できずに見下してりゃあ負けるのも当然か」
「先輩の鍛え方に問題があったんじゃないッスか?同じ部隊なんスからもうすこし構ってあげてもっ」
「おい貴様。私は『ステルス暗技部隊』の部隊長だぞ?超絶忙しいんだ。お前こそサガミの先輩だろ、なんならメンバーの育成も任せていた筈だが?」
「い、いやー…俺も序列7位まで来ましたから時間なくって・・・任務に引っ張りだこでド級に忙しいんスよ」
「言い訳はいい。このままではエタナの奴にサガミを取られかねん」
「鬼おっかない『なでしこ異療部隊』の部隊長っスか?あの人ってなにかとサガミにお熱ですもんねぇ。ナタカ隊長はなんでかご存知なんスか?」
「・・・お前は知らなくていい。私はもう帰るぞ。今から旅フレと予定してある異世界ドラゴン探索ツアーの参加受付をしに行かなければならんのだ」
「あぁ、そうッスか…(それって結構暇なんじゃあ・・・)」
後にテロリストは一人残らず政府に引き渡され、事実上『ファングス・ゴッデ』は壊滅を余儀なくされた。生徒達の被害も極めて少なく、安全が確認された生徒から無事帰宅出来たらしい。世間からは警察、政府に対しての厳しい声が飛び交い、彼らも数ヶ月はその対応に追われることだろう。一番厄介なのはやはり貴婦人ドールの行方だ。現場から姿を消したとなると、おそらくは新たな企みと共にまたやってくる。ウチの知らない所であんな不気味な力を得たんじゃあ油断はできない。そして、一番の疑問点は、何故か別世界から来た古高ミイラの捜索が打ち切られた事だ。これに関してはマジで意味が分からん・・・。何はともあれ、本当の一件落着でいいのか?
「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…た、ただいまぁ!」
「あら、お帰りなさいミイラちゃん。んっ?その子は・・・?」
「抱き締めてあげなよ、自分の子だぞ」
「ママァーッ!!」
「あらあら!小さい頃のミイラにそっくり!よく泣いていた頃を思い出すわねぇ。でもどうしたのかしら…この子の右目・・・」
「(あのおぞましい口が無くなっただけマシだな…)ところでアナミはどこ行った?」
「え?ああ、それがねぇ。フラフラしたまま何処かへ出ていっちゃったのよ~」
「へぇ~…はっ?なんでフラフラしてんのアイツ」
時を同じくして。
「随分と早いお出ましッスねぇ~。ミイラ先輩。だいぶ疲れているご様子で」
「遅いぞ滝花・・・!」
「ちょっと!その名で呼ばないでください!今はワイルド・サーガ序列7位のリバスなんですから!それと性別は男って偽ってますから、そこんとこよろしくお願いします」
「くだらん事はどうでもいい…それよりもだ、私の体に異常が出始めている・・・一旦あっちの世界に戻らなければならん・・・」
「あちゃ~…それは無理な話しってやつっスよ先輩。イード星人を手配するのにどんだけ苦労したと思ってんスか…それに、生け贄の人間を刑務所から取引するにも時間が必要です。今直ぐって訳には・・・」
「チッ…どちらにしろこのままでは私の体が持たん。薬物投与による適応能力にも限界があるらしい」
「分かりました。では、一度ワイルド・サーガに来てください。私…いや俺が先輩の身体をメンテナンスしますから」
「ああ・・・」