5話-舞い降りたバッドガール-
「ついてくんじゃねぇぇえッ!!あっち行けってマジでッ!!」
「待てやガキが逃げんじゃねぇーッ!!」
なんとも不幸中の不幸だ。逃げると覚悟した矢先にまさかあんな事が起きるなんて。本当、不幸中の不幸だよ・・・。
遡る事数分前。
「ちょっと古高さん!この状況で逃げる気なの・・・!?」
「その通りだともよ夜美香くん」
「ダメよそんなの・・・!気付かれでもしたら古高さんだけじゃ無く皆も危険にさらされる・・・!」
「そのくらいウチにだって理解できる。でも現状を見てみ。あのクソ人形が暴れているおかげでテロリストどもがそっちの対応に追われてる。なら次はどうなると思う?」
「ど、どうなるの?」
「政府組織どもだよ。おそらくはこれに乗じて乗り込んでくる。なんせテロリストどもの連携、統率が乱れてるんだ。申し分ないチャンスの筈だからね。こんな騒ぎの中、奴らでもさすがに説得を持ち掛けようなんてアホな考えは持ってないだろうよ」
「だからって・・・!」
「いいか夜美香。いずれここは大規模な戦場になる。死にたくなきゃそれぞれが自分自身で何とかするしかないんだ。そんな事も出来ない人間をいちいち心配してたらどっちにしろ全滅だ」
「・・・っでも…」
「まぁ、心配すんなよ親友。ウチだって無謀な事は考えてない」
この教室で見張りを続けているのは出口を塞ぐあの二人のみだ。他の仲間は見るに十中八九騒ぎの真っ只中。ウチの席は運よく奴らが確認しづらい中央からやや窓側端に寄った位置にある。
「うつむいてやれば問題ない筈だ・・・スーッ…」
「古高さん、一体何をっ・・・!」
「クソ人形ぉぉぉぉおおおッ!!!!ウチはここだぁぁぁああああああああああああああッ!!!!!!!!」
「誰だ、今叫んだ奴はッ!!」
「(来いよ糞ドールッ!!)」
その時だ、思いもよらぬ出来事が巻き起こったのは。微弱な振動が何処からともなく近付いて来たと思えば、廊下から教室の扉を隔て此方側を覗きこむ何かの微笑み。それを視界に入れるや否や生徒達は大パニックに溺れ、溜まりに溜まった恐怖やストレスを悲鳴にのせて爆発させた。驚いた見張りの二人は迷う事なく"それ"に向け粒子波動銃の引き金を引き応戦するが"それ"の前では余りにも無力と言わざる終えなかった。
「こんにちは~、虫けらの人間さん達ぃ~?」
聞き覚えのある声にミイラは冷や汗を流した。
「おいおい…一人じゃないとは思ってたけどさ・・・それはそれで反則だろうが糞ドール・・・!」
「あ~っ!ミイラちゃん、みーっけた!」
"それ"の正体は『悪鬼』であった。体長3~4メートルはあるであろう鋼の如き巨体は、テロリストの持つ如何なる兵器も寄せ付けぬ耐久性を誇る。案の定、悪鬼の肩には貴婦人ドールがふんぞり返りニヤケ面を浮かべていた。
「(クソッ!あんな化け物を見方につけていたなんて予想外だった!ウチよりも人脈がありやがるとは・・・!)」
刹那。悪鬼は胸中央部へと一閃の衝撃を受け、仰け反った勢いで背後へと転倒した。
[こちらチームα。新たな目標捕捉、弾はターゲットに弾着しました。繰り返す、目標に命中]
[よくやった、そのまま作戦を執行しろ。発砲許可は待つなよ、時間の無駄だ。とにかく各自の判断で撃ちまくれ。お前達の腕前なら誰も文句は言うまい]
[了解した]
「こちらチームβ。班長、シールドシステム『守護神「イージス」』の準備が整いました。人質へのインストールを開始します」
「了解だ、急げよ」
その射撃はミイラの予想通り、第三勢力介入を意味していたのだ。政府組織に属する武力の一角『ワイルド・サーガ』500人弱の優秀な精鋭で構成されている特殊部隊で、国家反逆組織や時空テロリストの即時弾圧を主な活動としている。その武力は日本にとどまらず他国への影響力もさることながら小国に属する軍隊とならば同等に戦える戦力とも言われており、警察のトップですら彼らには頭が上がらないとされている。現に今、到着している警察に下された命令が"彼らの邪魔をするな"なのだから『ワイルド・サーガ』の偉大差が見て取れる筈だ。
ピピピーッ・・・キュイーン…
「ん?これは『守護神』?チッ…古いシステムなんて使いやがって。これは屈強な肉体あってこそのシールドだろうが…ウチらにインストールしたって気休めじゃんかよ・・・」
「あわわわ…どうしよ古高さん!パニックだよ!」
「あわあわって実際に言うんだな…お前はもう黙ってろ夜美香、そっちで殺されんぞ」
「うん、分かった!」
突っ切るなら今しかないと思った。巨大な化け物が倒れている今しかないと。
ミイラは夜美香を手に取ると同時に即座に椅子から立ち上がり出口へと走った。パニックに陥った生徒らの間を縫うようにして掻い潜り突っ切ったのだ。
「んっ?あ、おい!止まれッ!!」
彼女はテロリストから向けられた銃火器にすら臆すること無く相手の股の間をスライディングで通り抜けて見せたのだ。
「えへへーんッ!じゃ、おっ先ーッ!そこで一生アホやってろバーカ!じゃあの!」
「ま、待て!ガキがぁーッ!」
「さっさと起きろ悪鬼ッ!奴らを追うんだよッ!!」
ここからだ、謎の鬼ごっこが始まったのは。ウチを先頭に後ろではテロリストの二人が走り、更にその後ろでは悪鬼を操る貴婦人ドールが追いかけてくるカオスな絵面。
「ちょっと!マジでついて来んなよ!武装してんだから戦えってッ!!」
「ふざけるなッ!!あんな怪物にぶっ殺されてたまるかってんだよッ!!」
「それでも男かッ!!世界を変えようって奴らが無様さらしてんじゃねぇッ!!お前らだって信念と覚悟を掲げてここまで来たんだろッ!!これくらいでへこたれんなッ!!」
「へへ…言うじゃねぇかよガキが・・・」
テロリストの二人はミイラへと近寄り軽い微笑を浮かべた。彼女に何かを悟されたかのような表情は戦う覚悟の表れなのか。
「覚悟を見せる時だぞ、おっさん」
「ふんっ…そうだな・・・コレやるよ」
「へ・・・っ?」
「逃げる勇気も又必要なりぃぃいいッ!!ハハハハハッ!!」
否。携えていた武器をミイラへ明け渡し我先にと全速力で逃げていったのだ。
「ぬぉぉおいッ!!待てやこの外道がぁぁあああッ!!止まらねぇと撃ち殺すぞオラァァアアッ!!」
振り向けば一番厄介とも言うべき相手が凄い剣幕で直ぐそこまで迫ってきている絶望的状況。
「もう逃がさねぇかんなぁーッ!!ぶち殺す!!」
「なるほど・・・これが猫に追われるネズミの気持ちなのね…そりゃこんだけの力の差があれば抵抗出来ないわな…仕方ない、こうなったら自棄だ・・・」
「おや~?諦めたのかな~?ミイラちゃ~ん」
「くっ・・・窮鼠猫を噛むだボケェェエエッ!!」
銃身から眩い光線が放たれる。
「う~ん、時間の無駄ね。殺りな悪鬼!」
が、ノーダメージ。逆に相手からの攻撃は大ダメージ。
「ぐはッ!!」
「いい飛びっぷりじゃな~い!前世はボールだったりするの~?」
当たり前だった。人間と鬼の力の差が相当なものなんて分かりきっていた。ウチがいくら武装しようが身体能力を最大限に発揮しようが無理なのだ。到底埋まらない存在の差がある。
「てててっ…『守護神』が身代わりなってくれたか・・・(頭を強く打った…血が止まらないし全身も強打してる…やっぱりダメージは免れなかったか…『守護神』もなくなっちまったし…生身じゃ次々は無い・・・!)」
「あらら、もう終わりなの~?まだまだ踊りなよ糞ガキが!」
すると、貴婦人ドールはナヴィンから授かったとされる不気味に輝く例のペンダントを突き出し、その力を自慢げに見せびらかした。
「な、何するきだよ・・・」
「パーティーにはお友達を招待しなきゃでしょ?常識よね~」
漆黒の渦を帯びたドロドロの輝き。異次元ホールを作り出し呼び寄せるは強大な悪夢。
「ウチを殺すのに友達頼りってわけかい・・・」
「言ったでしょ~?"覚えてなさいよ"ってなぁぁあッ!!キハハハッ!!」
「チッ…お前こそ覚えてろよ・・・」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
・・・・・・・・・っ
「アハハハハハハハハハッ!!・・・」
・・・・・・・・・っ
「アハハハハハッ!・・・」
・・・・・・・・・っ
「アハハ…あは?・・・」
訪れる静寂。貴婦人ドールが何やら異変を察したのも束の間だった。異次元ホールの奥底から吐き出された大量の血液が廊下全体を真っ赤に染め上げたのだ。
「はぁッ!?私が創造したのは悪鬼だ!なんで血がこんなにも召喚されてくるんだよッ!」
貴婦人ドールの言う悪鬼の姿は影も形もありはしなかった。
「なんだ、アクシデントか?ポンコツ人形が、ちゃんと説明書読んだのかよ」
「なんですって!」
「どうせ誰かから貰った力だろ、しょーもない。へへ…泣き付いちゃったのかな~?なんて」
「むきーッ!!もういい、殺れ悪鬼ッ!!どうせ召喚した奴はまだまだ学校中に沢山いるんだ!」
生身では何も出来ない。これが死を前にした人間の程度だとウチは初めて実感した。唯一後悔したのは夜美香を巻き込んでしまったバカな自分自身の不甲斐なさだった。逃がしてやる事も、謝る時間も最早無い。
「(本当・・・ウチって奴は救いようが無いな。この失態は地獄で償うからさ、存分に恨んでくれよ、親友・・・)」
スパンッ!!!
「んなぁーッ!わ、私の悪鬼がバラバラにッ!?な、なに事ッ?!」
「・・・・っ!?」
「あっれ~?またまたおかしいぞぉ~?妙なトンネルで鬼ちゃんと遊んでた筈なんに出て来てびっくりここは何処だろな~?キャハハ。地獄かな~?天国かな~?夢なのかな~?グフフ…まぁ何処でもいいや~。人生どこでも遊んだもん勝ちってね。てへっ」