3話-交差する未来の行く末-
午前7時。小鳥が囀ずる晴天の早朝。閉め切ったカーテンが日の明かりを遮断し、付けっぱなしのテレビがチカチカとだらしない空間を演出する。いつもと変わらぬ平日の朝、かに思われた。
ドゴォォォオオンッ!!!
何かが弾けたかのような爆発音。阿鼻叫喚にも似た人々の悲鳴。目覚ましにしてはあまりにも不快な雑音にミイラはしかめっ面を浮かべたまま布団の中へと身を隠した。しかし、いくら経とうとも騒ぎが終息する気配はまったくなく、朝が弱い事も相まって彼女の苛立ちは募るばかりであった。
「ん"ん"~っ…!クソうるせぇ~…何時だと思ってんだよ…低血圧ナメんなよバカどもが・・・!」
さすがに騒がし過ぎると感じたミイラは外の様子を確認すべく窓を開けた。
「マジで何なんだよッ!!怪獣でも暴れてんのか!宇宙人による地球征服か!何でもいいから静かにっ・・・!」
そこに飛び込んできた光景はまさに迷惑行為そのものであった。
「くらいなさいッ!エターナル・フレイムバーストーッ!!」
紅の如き業火を地へと呼び起こし、アスファルトを灰同然に変えてゆく最悪の灼熱地獄。加えて熱風混ざりの衝撃波。
「チッ…取巻きの分際で鬱陶しいな。やはり先に潰すか」
騒動の原因は誰が見ても明らかだった。昨晩からその姿を断っていたアナミが何者かと激しく争っていたのだ。
「気を付けろヴェルカッ!!突っ切って来るぞ!」
地面をエグり飛ばす程の脚力と瞬発力。そして、とてつもない熱量を全身に浴びて尚ダメージを受け付けない肉体と精神力。現代においてもこれは明らかに人類という枠組みから外れている。
「なっ!嘘でしょあり得ないッ!何なのよコイツッ!!業火の中をっ・・・!」
「覚悟はいいな?」
それはパンチというよりも荒々しい大振りの"殴り"に近いワイルドな一撃だった。
「うぐッ!!」
何が起こったのかも考える余地を与えられない無慈悲な空中フライト。
「ヴェルカぁぁぁああッ!!」
なんと、彼女が相手にしていたのは勇者を筆頭に冒険していた打倒魔王を掲げるパーティーだったのだ。
「まさか…パーティーが壊滅状態にまで追い込まれるとは…」
「もう終わりか?一人じゃ何もできないか?」
「くっ…我は止まらぬぞ!仲間の想いを…願いの全てをこの剣に込め貴様を討つッ!覚悟ぉーッ!!!」
ミイラはそれを窓越しに呆れた様子で眺めていた。当然、この争いを止める気は更々なかったようで、タメ息は深くなる一方であった。
「グハッ!…モ…モゥ…許ヒヘ…クラハイ…タ、頼フ・・・」
「チッ、論外だ失せろ」
「ヒ、ヒィーッ!!」
情けなく逃げ去るその背中を見送ったアナミは心を落ち着かせて一息、ミイラの方へと振り返る。
「貴様、何をやっている。学校はどうした朝だぞ」
「お前こそ朝っぱら何やってる…周りの迷惑も考えろボケぇッ!!」
バタンッ!!
「ふんっ、常識的でつまらん女だ」
こうしていつもの日常がまた一部崩れ去った。スッキリと目覚める筈だった1日の始まりが騒がしく始まったおかげで気分は最悪気味。だけど確かに学校へ行かない訳にはいかない。何せ普通に生活する事だけがウチにできる唯一の抗いなのだから。こんなバカげた世界に飲まれてたまるか。ウチはウチを絶対に捨てない。誰よりも普通に生きてやる。退屈な明日を手に入れてみせるんだ。
一方で。光に恵まれず、闇の道を歩いてきた者達が共に顔を合わせ密会という形で接触を果たしていた。
「協定契約だと?」
「ソウダ…コノ世界ハ今繋ガリ、我々ニ自由ヲモタラシタ。ダガ次ハ何ヲモタラシテクレル?答エハ"何も"ダ。即チ、自由ノ先ニ何ヲ欲スルノカハ我々シダイ」
人目にもつかないであろう薄暗い橋の下。影がデカデカと重なる河原にて貴婦人ドールと相対するは奇妙に歪んだ異形の何か。
「分かんないね。だから何に?自由の先なんていらない。私は今与えられている自由の中で好きにさせてもらうだけ」
「ソレコソ理解ニ苦シム。何故自ラ価値ノ無イチッポケナ生キ方ヲスル。マルデ理解出来ン」
「理解しなくて結構。私だってあんたを理解しようなんて更々思ってないですし?」
「デハ決裂…ト言ウ事カ?」
「何よ。人形である私に随分お熱じゃない?ナヴィンさん」
「・・・気付イテイタノカ」
禍々しいオーラを全身に纏い、姿をあやふやに映し出していた謎の人物は名前を言い当てられた事で本来の姿を人形相手に披露した。
「フゥー…改めましてこんにちわ、貴婦人ドールさん」
「ナヴィン・ローラルテ。こんな超大物に間近で会える日が来るなんてね・・・」
「あら、私って有名人?」
それはそれは何とも美しく惚れ惚れするような絶世の美貌を持った女性であった。人類の完成形とでも言うのか、今の全人類誰が見てもおそらくは、落ちる。
「どうやって阿鼻地獄から脱獄できた。大罪人」
「そうねぇ~。例えば・・・時空の歪みが影響した…とかかしら?」
「人間どもめやりやがったな…バカな事しなけりゃあこんな怪物が現世に蘇る事もなかったろうに」
「フフフ、まぁ協定契約のお返事は今すぐじゃなくても結構よ。貴方にも事情はあるでしょうから」
「じゃあさっさと消え去れ。あんたを前にすると気分が悪くなる」
するとナヴィンは首飾りにしていた不思議なペンダントを徐に首から外し、突然貴婦人ドールへと差し出した。
「私には力がある。誰もがすがり崇めたくなる程の絶対的力が。貴方もきっと強大な力を前にすれば溺れる事となるわ。想像と自由の奥底へ」
その言葉を最後にナヴィンと呼ばれる女性の姿は忽然と無くなり、気付けばその場から気配を消していた。そして残ったのはこの不気味な輝きを放つ原石が埋め込まれたペンダント。これが後に古高ミイラという少女の行く末を大きく変えようなど、まだ誰も想像だにしていなかった。
ー ミイラ宅 ー
「謎の気配が完全に消失した。別世界に移動したかあるいは…いや、考えるのは止めだ。今は・・・」
「貴方、アナミちゃんって言うんでしょ~?昨日の残り物だけどいっぱい食べてね~!今後ともミイラをよろしくね」
「旨い飯を補充せねばな」