2話-同じであって別人の二人-
そいつは突然現れた。
「へぇ~、別世界だと成長した自分も存在してんのね」
「あまりジロジロ見るな苛立たしい」
「いいじゃん別に。自分自身なんだし」
「・・・っ」
「ふ~ん、髪伸ばしたんだ。でもボサボサ…肌も傷だらけだし…何より臭い・・・まぁ、顔立ちは美しいままで良かったかな。うん」
「満足したか?」
「ちょいまち。服脱いでよ」
「なんだと」
「恥ずかしがる事ないじゃん?ここに居るのウチらだけなんだし」
「貴様…古高ミイラの中でも頂点に立つ私に向かってのその発言…いい度胸だ」
膨れ上がる殺意。逆立つ髪が怒りのパラメーターを表しているのならば、おそらくは絶頂の境地。それを目の当たりにすれば、全身を刃物で刺され続けているかのような感覚と刺激に襲われるのは至極当然と言えた。しかし、何が起こったのか気付けば。
「ほほー…なかなかのスタイルじゃん?」
「当たり前だ、貴様とは違い未熟体は卒業している」
結局脱いでいた。
「ウチもあんたみたいになんの?」
「私は未来人ではない。あくまでも違う次元のお前だ」
「ふ~ん。違う次元ねぇ・・・」
それを聞き、部屋に転がる死体に目線を寄せるミイラはいままで気にもしていなかった事を考え始める。確かに彼女は理解はしていた、これは紛れもなく自分の死んだ後の姿なのだと。しかし実感がなかった。当たり前だ、別次元の自分が死のうが生きようがこの世界の自分は生きている、その思考が妨げとなっていたのだ。つまりは同じであっても別人にしか見えなかった。たが、変わり果てた彼女たちにも人生があり生きる意味があった筈だ。それを考えれば考える程、自分の冷めきった性格が少し怖くなっていた。
「まぁいいや。話しの続きはお風呂でしよっか。まだ聞きたい事あるし」
「何故だ、ここでも話しは出来る」
「えっ…素で全裸で居られると笑っちゃうんだけど。シュールプレイが好みなん?」
「クッ・・・貴様が脱げと言ったんだろが!」
「まぁまぁそんな怒鳴りなさんなって。あんた臭うし丁度いいじゃん?いつからお風呂に入ってないか知んないけど・・・」
「鼻をつまむな殺すぞ」
二人は早速部屋を後にし、一回にある風呂場へと向かった。食欲をそそる晩御飯の香りが漂うリビングでは母親がいつものように料理を振るう。
「あら?ミイラ、その子はお友達?」
「うん、そんなところかな」
「あれま!ミイラが友達を連れてくるなんて!って…なんで裸なの?」
「ふれてやるな、人は皆それぞれなのだよマミィ」
「・・・そ、そうよね!人の個性は尊重してあげなくちゃね!」
その母の笑顔が彼女の傷の意味を再認識させる。もはや痛みなど感じなかった筈の古傷が痛む。そしてフラッシュバックする記憶と共に訪れる鼓動の高鳴り。一瞬ではあったが、目を釘付けにされた彼女にとってはとても長い時間のように感じた。
「何でそんな怖い顔してんの?さっきのは冗談だって、気にすんなよ。ほら、ここがお風呂」
「あ、ああ・・・」
不自然な動揺を隠しきれていない様子をミイラは不思議そうに服を脱ぐ間でも彼女をチラチラと確認していた。
「なんだ?私の顔に何かついているのか?」
「いいや~?何でも~?」
「チッ…いちいちムカつくガキだな貴様は。見るからに頭も悪そうだ」
「それ全部自分に帰ってきてっからねマジで」
脱いだ服や下着を洗濯機に投げ込むミイラは湯煙立つ風呂場室内へと足を踏み入れた。彼女も後に続き、同じ人間が裸の付き合いという奇妙な構図が生まれる。椅子に腰掛けるミイラに対し彼女は地べたへ座り込み各自無言で身体を洗い始める。その光景はなんとも言い難く、入浴しても尚ぬぐえない違和感であった。
「ちょっと、もう少し足曲げてよ。狭いじゃん」
「そうだな、貴様の下半身を切り離せば少しは広くなるんじゃないか?」
「・・・本当あんたって殺伐としてんね。ウチとは思えないね」
「育った環境がそもそも違うんだ。私は貴様であって貴様じゃない」
「ふーん、まぁいいや。ところであの死体なに?」
「・・・っ」
「なにさ。古高ミイラたちによるバトル・ロワイアルでも巻き起こってんの?」
「私がしたと思っているならお門違いもいいところだぞ」
「ならどういう状況か教えてよ。あんたは何でここに来たのか、あの死体は何なのか!」
「チッ…少々めんどくさいな」
「全裸のまま家から追い出すぞ、早く話せ」
すると、コイツはウチに話し始めたんだ。一体何が起きているのかを。
「てな訳だ。ガキの頭でも理解出来ただろ?かなり砕いて話してやったんだ」
省略するに、どうやら全ての次元でウチらは何者かの手によって無差別かつ片っ端から殺されまくっているらしく、部屋に転がっていた死体の数々はそれを知った別次元の古高ミイラたちが後先考えず無理やり次元の壁を突破して逃げてきた成れの果てらしい。我ながら心底ガッカリしたよ。逃げてきた事に対してじゃない。どのウチもやっぱりこのバカげた世界に馴染めてない事に対してだ。"どんだけこの世に嫌われてんだよ"正直そう思った。
「なら何で…えーっと、なんて呼ぼうか」
「ミイラでいい」
「ダメ無理、ウチと被っから。んん~…アナザーミイラ略して『アナミ』で」
「貴様、この私を完全にナメきっているな」
「んで、何でアナミはこの世界に来れてんの?どういう原理?」
「イード星人に頼んだんだ。"人間を好きなだけかっさらって来てやるから実験体にでも使え"と。"その代わりに行きたい世界がある"とな。その理由は貴様だ、ミイラ」
「ほほう?」
「気付いてないのか?この私ですらどうにも出来なかった世界の生き方を貴様だけは力として持っている。即ちだ、貴様は古高ミイラ全員に利用されるだけの価値を持ち合わせている」
「・・・いや、ウチは一般ピーポーですが…」
「逃がさねぇぞ」
「怖っ…」
アナミの言っている事はおそらく事実だ。この話しを聞いても現実味が無い、そう思える程に危機感を感じた記憶が私の中で存在しないからだ。今まではこんな性格だからと思ってたけど、まさか私だけが持つ何らかの力が本当に。
「つーか、アナミが何でそんな事情に詳しいのさ」
「それは…まぁなんだ、いろいろとあってな。ちなみに忠告してやるが、お前を利用しよいとしてる古高ミイラどもはまだ沢山いるぞ。特にヤバいのはマスクにフードコートを身に纏ったミイラだな。奴は完全にイカれてる」
「ちょ、ちょいまち!なっ、なにそれ・・・若くして狙われる人生ですか!?」
「よかったな、モテ期なんて私ですら味わった事ないぞ」
「だはぁ…ますます退屈な明日から遠退いてるよ・・・」
「(ふんっ…今は気が済むまで落ち込んでおくといい。古高深季来」
ー 遡る事、数日前 ー
『あれぇ~?貴方はだ~れだ~?僕と同じ顔だ~!』
『この世界も違うだろうが…アイツらまたやりやがったな』
『ねぇねぇ~、聞いてる?聞こえてる?その耳はオモチャかなぁ?グフフフ・・・』
『黙れ異常者。お前の相手をしてる暇など…っ』
シュパンッ!!!!!
『太刀ッ!?』
『惜しぃ~…何で交わすのさぁ~。後数センチでそのお顔が真っ二つだったのにねぇ?ギャハハハハハッ!!!』
『正気じゃないな。薬も程々にしとけよ』
『ハァ…ハァ…ハァ…ちょっと笑い過ぎちゃった。ごめんごめん、僕の悪い癖なんだぁ~…グフフフっ』
『あぁそうかよ、楽しくてなによりだな。私は忙しいんだ、分かったらさっさと失せろ糞ジャンキー』
『ひっどーい!せっかくなら僕と本気で一発殺ろうよ~。きっとね、すんっごく気持ちいいよ~?虜になっちゃうよ~?デヘヘヘ』
『好みじゃない。あばよ』
『いや~ん、つまんないの~。いいもーんだ!・・・地獄の底まで追いかけてやっからよ…ギャハハ!』
ー 現在 ー
「・・・ん?あれ、アナミ~?」
ミイラは風呂場の扉が開いているのを確認し、気付かぬ間にアナミが出ていったのだと理解した。
「はぁ…やっと広くなった」
そして、ミイラは曲げていた足を伸ばし、ゆっくりと湯槽に浸かり瞳を閉じるのであった。