14話-悲劇の兆し-
茂みの隙間から此方を覗く二つ目の眼光。その者は、手に握る通信機を操り主へ報告した。「ヴァイル星人が殺られた」と。その報告を受け取った主は通信機越しに絶句。冷や汗を頬に垂らしながらもガッドリーシャ中央に位置する大国城へと辿り着き、その門を開けた。
「(嘘だ…この世界にヴァイル星人を倒せるヤツなんて居る筈が・・・まさか、ワイルド・サーガの連中が嗅ぎ付けてきたのか!?)」
召喚獣を操りし美少女もとい貴婦人ドールである。
「(それがマジなら相当厄介だぞ…計画の段取りが大幅に狂ってしまう・・・!!一体誰が送り込まれて来たんだ!?監視の報告ではヴァイルの特性に詳しかったらしいが・・・)」
焦る気持ちを押し殺し、貴婦人ドールは城内の一角にポツリと存在する空き部屋の前にて立ち止まった。周囲に人が居ないかを念入りに確認。クリアと判断した彼女は速やかに部屋の扉を開け室内へと入り込んだ。人目を気にしない場合としてなら最適且つ快適な個室であるこの部屋は、ガッドリーシャ元王妃の趣味でもあった執筆を行う為のプライベートルームである。今では無人と化した部屋でも、迂闊に城の者が近付いていい場所ではない。早速、貴婦人ドールは床にペンダントを配置し、とある人物をこの薄暗い場所へと呼び出そうと試みた。
「あら、私を呼び出すなんて。何か問題でも起きたのかしら?貴婦人ドールさん」
「あれっ?なんでホログラム?本体は!?」
「ふふ、そんな玩…道具で私本体を呼び出せる訳ないじゃない」
「・・・っそんな事よりもだ!問題も問題!大問題だナヴィン!!」
その人物とは『ナヴィン・ローラルテ』阿鼻地獄からの脱獄者にして古代英雄。美しき美貌を持つ謎の女だ。
「随分と焦っていますわね」
「ヴァイル星人が殺られた!ワイルド・サーガの連中の仕業だったとしたらあの計画は続行できないぞ!」
「落ち着きなさいよ」
「誰が送り込まれて来たんだ!?監視の報告ではヴァイルの特性に詳しかったらしいんだ!」
「んん~そうね。だとすると、単純に考えてヴァイル星人と相対した事のある人物でしょうけど。『弾丸少女サガミ』『輪廻前来リバス』『一戦一閃ナタカ』辺りが当てはまるかしら?」
「うぐっ…『ステルス暗技部隊』じゃねぇか!!計画は中止だ!私は帰る!!」
「ですから落ち着きなさい。まだそうと決まった訳じゃないでしょうに。それに、例のモノもまだ手に入れられていないようですし、貴方に頑張ってもらわないと困るわ」
「知るか!元々お前と私は仲間でもなんでもないんだ!危険と判断すれば私は自分自身を全力で守る!」
「はぁ…まったく。分かったわ、用事が済み次第私もそちらに向かいますから」
そう言うとナヴィンは、タメ息を一つき吐き捨てながら貴婦人ドールへと背を向け姿を消した。
「・・・これはアレか?つまりは『帰るな』って事か?・・・はっ!!こうしている場合ではない!!先手を打たねば!!」
一方、ガッドリーシャ城下町では。道端に大勢の民衆が集まり円をなし、その中央に立ち尽くす少女に対して冷たい目線を容赦なくぶつけていた。
「えぇ~…な、何のご用でしょうか・・・」
案の定、フルタカ・ミイラである。
その原因となったのが、やはり通貨の違いであった。どういう事かというと、ミイラは自国でもあるミラージュガルシャの置かれている立場や政治に関する全ての事情に無頓着だったがあ故に、ここが他国にも関わらずミラージュガルシャの通貨である『シータ』を口にし回ってしまっていたのだ。大国ともなれば、その通貨名を知る者は勿論多く存在するが、この国では毛嫌いする者も少なくはない。何せ、ミラージュガルシャとはさして友好的では無い立場のガッドリーシャだ。政治的影響をもろに受けている人々からしてみればミラージュガルシャに関連する全てのモノは特に目立つ証となる。しかし、幸いにも滅多に表舞台へ姿を見せていなかったミイラの素顔など、ましてやこの国にその素顔を知る者など居る筈もなく。あのミイラ姫とはまだ誰も気付いていなかった。無論、突然と巻き起こったこの騒動は国を密かに監視する裏の組織から王城へ直ぐに連絡が飛ばされた。
「女王様、ご報告です。何やら町中でちょっとした騒ぎが起こっているとの事ですが」
「はぁ?だから何だって話しよ。私に何の関係があるのだ?見ての通り私はお前程暇ではない。今日中にこのルービック何たらの色を一色に染めねばならんのだ」
「ルービック…あぁ、先日ドール様から頂いた頭を鍛える玩具とかいう」
「・・・貴様…分かっているだろうが、私は決して頭など悪くわない。今、丁度!暇だからヤツの挑発に乗っかってやっているだけだ。暇だからっ!!」
「は、はぁっ…さようで。ではなくて、騒ぎの件ですが。何度も顔を確認した結果、その中心にどうやらミイラ姫とおぼしき人物が」
「えっ、嘘マジで?」
報告を受けた彼女は、手にしていた玩具を使用人へ投げ渡し、護衛を連れて早々に王室を後にした。
「ドランガ・ホースの準備は出来てるんだろうな」
「はっ、門の前にて待機させております」
彼女の言う『ドランガ・ホース』とは。主に移動手段として扱われる獣車の一種で、四足歩行を用いて馬のように大地を駆け抜け、頭部はドラゴンのような爬虫類型を彷彿とさせる形状をしているガッドリーシャ固有の生き物だ。それに颯爽と股がり、向かうはミイラとおぼしき人物の元。
「出発する、案内しろ!」
「かしこまりました!こちらです!」
その頃。ミイラはというと。民衆が囲む円の中から抜け出せずにいた。何が起きて自分がこんな目に会っているのかを理解出来ないまま、徐々に人々の口から出てくる罵倒にも似た言葉が次第に規模を増していく。
「あ、あのぉ~…みーちゃん何かしましたっけ・・・」
誰もそれを止めようとはせず、寧ろ逆の行動を取り始めている。このままでは自身の身にいつ危険が降りかかってくるかも分からない。そう判断したミイラは、民衆を無理にでも押し退け逃亡しようと試みた。のだが。
「ふんぐッ!!・・・っ挟まった…」
野次馬が集まり過ぎた事で、只でさえ非力なミイラが抜け出だせる隙間などあろう筈もなく。余計な行動をしてしまったが故に身動きすら取れない人波の中で揉まれる末路に。
「動…け…ない…うぐぐ・・・」
その時だ。
「静粛にッ!!」
凛々しい男の掛け声と共に、一人の少女がその足を大地に着けた。民衆達は、その者たちが何者なのかを瞬時に理解した上で道を開けた。
「あれま、マジで居んじゃん」
「あっ!リーシャンだ!!」
そう、この少女こそ、現ガッドリーシャの覇権を握る女王にして、王家一族惨殺事件の発案者。名を『リーシャ・ガレン・ガーデン』あの貴婦人ドールとも手を組み、裏で何やら良からぬ事を考えている危険な権力者でもある。
「相変わらずバカでマヌケなアホ面してんね、ミイラ。んでさ、何であんたがここにいるのかなぁ~?」
「んとねっ…あれ、なんでだっけ?確か黒い鳥さんがアレのコレで・・・」
「もういいよこのバカ。取り敢えず無断入国者って事で連行するから、大人しくお縄につけな。事情はあっちに着いてから聞いてやる」
「うん!分かった!」
「いつまで立っても呑気なお花畑め・・・」
この時。ミイラの視界にはここへ集まる民衆達を威厳を持って先導し、たくましくして立派に振る舞う凛々しき彼の姿が確かに映り込んでいた。王子様のような美形な顔立ちから垣間見える男らしさ。気付けば彼女はリーシャの護衛でもあるその男を特別な感情と共に芽生え始めた何とも表現しがたい眼差しで「大丈夫ですか?ミイラ姫」と、気遣ってくれる彼の顔を目で追ってしまっていた。この行動がなにを意味するのか。理由を明らかにするならば、それは。
「んっ?おいミイラ?・・・モタモタするなって!」
そう、それは。
「ポッ…素敵な王子様だ・・・」
一目惚れ。
「さっさと動けミイラァァッ!…(力つっえッ!!)」
時を同じくして。
「ここは現在、交戦中区域に指定されている!一般が通っていいルートではない!去れ!!」
「まぁ、そんな強く言ってやるな。いいか?二度は言わん、直ちにここから引き返した方がいいぞ?お嬢さん方」
ナタカとミライアは、小国同士の大規模な小競り合いに遭遇してしまい、無意味な足止めを余儀なくされていた。ここら一帯が交戦区域に指定されてしまっている以上、危険は避けたいところだが。
「どうする?ミライア」
「"押し通る"っと、言いたいところだが・・・コレは」
「なんだ、お前なら迷わず進むと思っていたが」
ミライアの表情が曇るのにはとある理由があった。
「あの兵士の左胸部分…あそこにマークが刻まれているのが見えますか?」
確かに、よく見てみると確認できる国を象徴するかのような紋章が鎧の左胸部分に刻まれている。
「・・・国旗図か何かか?」
「あれは一統一族を掲げる小国『ディ・ガレン』の族章です。という事は…相手にしている国が『ルーイ・ヘヴン』だという事は明白・・・まさか、ここまで交戦区域を広げていたなんて…厄介な」
「つまり、何が言いいたいんだ?」
「両者共に己の信じる神を後ろ楯にその血を流し、自分たちこそが正義だと叫び続けてきました。これは、単なる戦争にあらず・・・彼ら達にとっては神を主君とした代理戦争であり神聖なる戦いなのです」
「・・・ああ、そういう問題か…何となく察したよ」
「故に、無関係な者が身勝手に介入していい場ではない」
「律儀なモノだ。なにかと冷静で安心したよ」
「しかし、ここまでの範囲を交戦区域内に指定するなんて…私の知る限り、彼らの国力や兵力を計算してみても到底考えられるものではない。明らかに規模が広がり過ぎている・・・」
ヴァイル星人との遭遇。そして、ミライアでさえ異常だと思わざる終えないこの現状。雲行きが更に怪しく渦巻く中でナタカは自身の力を今まで以上に拡張させ、知れる限りの情報をくまなく集めた。その結果。
「(なるほどな…交戦区域が拡大するわけだ。まさか、この世界に擬獣を兵器として使っているバカどもが居るなんてな・・・)」
擬獣の存在が明らかになったのだ。『異次元獣人』と定義付けられた霊長類の一種。通称『擬獣』ナタカの居る世界に突如として現れ、各地で目撃されるようになったヒト形ビーストである。一説では「突然変異を起こした多次元世界の住人なのでは?」とも囁かれており、普段は野生児のような見た目と極めて強い警戒心を持っている。だが、一度その警戒心が攻撃性に転じてしまうと、人間離れした運動能力で何処まででも相手を追い詰め、肉体を自信の腕力をもって引きちぎり喰らうとされている。性格は個体によって異なるが、基本は大人しい個体が大半とされているのだとか。
「(そもそもどうやってあの数の擬獣を捕獲し密輸できた…ワイルド・サーガでも政府の依頼で一匹捕まえるのに実力者が30人も喰われたんだぞ・・・!)」
『意思を持つ妙なガラクタ』ナタカの脳裏に甦るヴァイル星人の言葉。
「どうしたんですか?ナタカさん」
「・・・お前の言う通りだミライア。ここは通らない方が正解らしい。神を装ったバカがとんでもない代物を『ルーイ・ヘヴン』に流しやがった」
「んなっ!!この戦いに介入者が!?ありえない!!皆知っている!これが神聖なる戦いだと!!」
「この世界の住人…ならな。だが、奴は違う…私と同郷の人物だ。擬獣を操りヴァイルをも影から操る存在。そして、ヴァイルが口にしていた「意思を持つ妙なガラクタ」…間違いない、報告書にあった呪いの人形だ」
「呪いの人形・・・?」
「ああ、世界を敵に回すバカな悪人だ」
その悪人である人形は、通信機片手に燃え盛る風景の中、巨大な椅子へふんぞり返る。
[あーあー、聞こえるー?リュイーテスだっけ?ノイータスだっけ?まぁいいや、取り敢えず神だけどさー]
[は、はっ?・・・ル、ルイートュス様ですか?]
[・・・そっ、そうだよ!!さっきから言ってんじゃん!!発音か!?発音の問題か!?お前たちの信じるルイートュス様だよ!!]
[はっ、ははっ!!もっ、申し訳ありませんルイートュス様!!でっ、どのような用件で・・・]
[そっちに渡した擬獣いんじゃん?あのおっかない猛獣人間。そろそろそいつらに射った制御薬物の効果が切れるからさ、お前ら早く逃げた方がいいよって伝えに]
[へっ?とっ、いいますと・・・]
[うん、時間切れって事でーす]
ピピッ…
「これでよし。前置きは整った。擬獣達よ…準備運動は終いだ。ふふふ…無理に抑えらつけられてきたその力と感情…戦いの中で増幅した闘争本能を今…爆発させろ!!ハハハハハハハッ!!」
その笑い声も又、燃え盛り朽ち果ててゆくリア・マーリンタウィンの城下町では、誰にも聞こえず、届かないのであった。
「(この世界に居るのなら来てみろワイルド・サーガ!!その大陸から出れると思うなよ!!)」