13話-不安と決意と未知との遭遇?-
以降、ミイラが消息を絶って一日目が経過しようとしていた。あれから一夜明けた午前9時頃、共帝国・ガッドリーシャに定められた国境付近にて、枯れ果てた荒野の大地広がる瓦礫地帯で顔を見合わせるは黒き翼を持つ一匹の怪物と一人の少女。なのだが。
「このお馬鹿!!どこで何してたんだよグーガリオン!!」
「ガルゥ…」
「"ガルゥ…"じゃえねぇ!!情けない鳴き声を出すな!!・・・ハァ、召還したのはいいけど…この個体はハズレだったか・・・?(これならガノプエルヴを復元した方が役にたったんじゃ・・・)」
そう、この怪物は元々この世界に存在しない生き物。名を『黒獣・グーガリオン』見た目の形状はドラゴンに酷使しているが、その顔付きは人間に近く、全身には感情と共に逆立つ黒光りした鱗が元は体毛だったグーガリオンの肉体を鎧のように覆っている。稀に低い唸り声のようなもので人の言語らしき言葉を発するとされ、その理由として幼体のまま人間に寄生した後に成長を遂げた個体故の特徴なのだとか。無論、このグーガリオンは見た目からして宿主は人間である。そして、この黒き怪物を召還した張本人の正体なのだが、言わずもがな美少女に姿を変えていた貴婦人ドールである。
「コドモ…イタ…アルイタ…」
「はっ?子供が居た?歩いたって何処に」
視線を彼女から反らしたグーガリオンはその背後に広がる荒れ果てた大地の彼方を見据えた。その時に初めて気付いたのだが、どうやらその"子供"と呼ばれる何者かと貴婦人ドールは時間差ですれ違っていた事が可能性として判明した。
「これは・・・っ」
何故なら、そこにはうっすらと残る足跡がその者の行方をしっかりと示していたからだ。
「くふふっ…ガッドリーシャへようこそ、お馬鹿な糞ガキ」
そう言うと貴婦人ドールはグーガリオンの背に素早く股がり「飛べグーガリオン!!国へ戻る!!」怪物へ合図した。巨大な翼を一度扇げば流れる大気をも吹き飛ばす突風へと変わり、数百キロはあるであろうその巨体を瞬時に空へ浮き上がらせ一飛び。
「(微弱な力でも察知できるよう調教しておいたグーガリオンが生かしたガキなら普通のガキじゃない…あるいは・・・くふふ)」
そんな青空が繋ぐ太陽の下。
「なぜ貴方がついて来るのです」
「気にするな。護衛とでも思っておいてくれ」
「私に護衛など必要ない!何故なら日々のトレーニングに疑いなど持っていないからだ!自分の身は自分で守れる!ですからお戻りください!」
「まぁそう言うな。それに妹の手掛かりを探すのなら知恵は多いに越したことは無いだろ」
「ですがっ!・・・厳しい旅になるやもしれません…何かあっても責任は取れませんよ」
「心配するな。仕事柄危険な地域は慣れているんでな。それなりに場数は踏んでいるつもりだ」
ナタカとミライアの二人はミラージュガルシャのある大陸から別の大陸へ横断すべく、まずは海に面している国【中立大国リア・マーリンタウィン】を目指して歩みを進めていた。その国は中立国家だけあって他の大陸に属する大国又は小国からの信頼を十分に受け取っており、たとえ鎖国制の国であってもリア・マーリンタウィンの許可の元国境を横断すれば受け入れを認めて貰える確率が通常よりも跳ね上がるのだという。そして、何故ここにナタカが居るのかというと、あれはミライアが旅立って直ぐの事だった。一時的とは言えデレスが姫の座に居座る事が決定して城内はてんやわんやの大騒ぎ。反してアシュミーネが眠る寝室では静寂ムードが部屋全体を蔓延しつくし皆がうなだれ不安を隠しきれていないこの状況。もはや時間の問題であった。このまま王家がパンデミックに崩れ去るのか、それとも先にミライアがミイラを連れて帰ってくるか。「このままだと前者だな」そう静かに呟いたナタカは続けて「心配するなアシュミーネ」と微笑みを多少ながらも混じらせながら彼女に向け一言そう伝え、次はうなだれる全員に向けてその口を開いた。
「私に考えがある。だが、これはここにいる者だけの秘密にしてもらいたい。よろしいか」
数十分後【王室】にて、跪く王家直属の皆にその姿を自信気に披露するデレス。そして、驚くはその隣に位置する一人の女性。現場がざわめくのも無理は無かった。何とそこには、あの寝込んでいた筈のアシュミーネが堂々と立っていたのだから。思わずデレスも「ええ!?ミラママさん!?」と驚きが口から漏れ出した。
「ど、どうも。ミライア・・・じゃなくてデレス?くん・・・」
「くん?ショックの余り性格まで変わっちゃったんですか!?てか、何故ここに!?意識を失ってたんじゃあ・・・」
「そ、そうなんだけど!不思議と目が覚めちゃって!アハハ…(だ、大丈夫かしら…これ)」
その正体はアシュミーネ扮する古高飛美。これがナタカの提案した考えであった。
遡る事数分前。
『私が王妃様なんて無理よナタカちゃん!!』
『お願いだ飛美。取り敢えずは王家の地盤を安定させなければならない』
『で、でも…上手くいく筈ないじゃない。私はアシュミーネじゃないのよ?王妃様の立ち振舞いなんて右左も分からないわ・・・』
『心配するな。下手に演技などしなくてもいい。王妃様が目覚め復活した事実だけを下の者どもに知らしめるだけだ。後はこの重役達がサポートしてくれる』
『・・・・っでも』
『アシュミーネの為だ。私たちに出来る事があるのならば、それはやらねばならない事。友なら尚更だ』
『ナタカちゃん・・・』
『それに飛美はアシュミーネにそっくりだしな。絶対にバレやしない』
飛美とアシュミーネ。両者は平行世界の同一人物であるとナタカは知っていた。例えどんな魔術や人知を越えた力でも見破れない最強の影武者だ。故に彼女を選ばない理由は無いのだ。次いで魔王には城の全面的警備と飛美の護衛を頼み。ナタカ自身はミライアと共にミイラを探す旅へ。この場だけで決められた役割を他でもないアシュミーネの為に三人は覚悟を決めたのだ。そして現在。
「よぉ、そこのお姉さん方。ちと困った事に俺ら一文無しなんだわ。是非とも助けちゃくんねぇですか?」
ナタカとミライアは道すがら妙な集団に辺りを囲まれ前進できずにいた。数人の男の集に女がちらほらと紛れ込み此方を睨み付けてくる奇妙な遭遇。だが、見るからに質素な容姿で盗賊や輩の類いとはまた違う雰囲気に彼女の中で違和感が芽生え始める。近くには集落らしき村や町、ましてや国なども存在していない事などミライアは把握済みだった。何故ならここはまだミラージュガルシャの敷地内に位置付けされている場所なのだ。唯一考えられるとすれば、見捨てられた他国のスパイかあるいは難民の残当。どちらにしろ法律規約違反に違いは無かった。
「どこの者かは知らないが、私も人助けをする程の余裕を持っていない。すまないが先を急いでいるので」
だが、ミライアも幼い時から自国の外では悲惨な世界が散らばっている現状を教わり育てられた身だ。彼らを見逃すのに抵抗を持たなかった。集団の中央を堂々と歩き、その先の国境を目指して進もうとするミライアとナタカ。しかし、うっすらと耳に入る薄気味悪い笑い声がどうしても気になってしまったのか、ミライアが最後に彼ら達の方へ振り返ったその時、間近で視界に入ってきたのはナイフを振りかざすイカれた表情の人間だったのだ。
「なにっ!?」
間一髪。腰に携えた剣を咄嗟に引き抜きミライアは相手の不意打ちを見事に弾き返した。
「何の真似だ貴様ら・・・」
奴らは聞く耳を持たなかった。一人一人がナイフを取り出し腰を低く構えるその態度に、彼女も又剣を前方に突き立て受けてたつ姿勢を見せ付けた。
「血迷ったかバカどもが・・・それ程までに空腹か!」
「キヒヒッ…あぁ、空腹さ。ここは生きずらくって仕方ねぇなぁ、お姫様」
「なんだと」
一斉に向かってくる相手にミライアはナタカへ「私がやる!」と言い残し、真っ正面から正々堂々と迎え撃つ気で突っ走った。ナイフと剣とでは当然リーチが長い剣が勝る。それを活かした立ち回りで次々に相手を蹴散らしていく姿はお姫様というよりも戦いに生きる騎士そのものであった。
「自信に満ち溢れた身のこなし。これなら心配は要らないな」
なにも問題は無い。このままミライアが優先で難なく終わらせる。ナタカもそう思っていた。だが、その異変はここから起き始める。
「何よこのガキ…ぬくぬくと育ってきた姫にしては強すぎる・・・!」
「チっ!仕方ねぇ…あまり目立つなと言われていたが・・・」
「ふふ…そうこなくっちゃ」
剣を振りかざすミライアの一撃を男がナイフで受け止めた刹那の瞬間にそれは起こった。剣先から伝わる今までに味わった事の無い感覚。バチッ!っという痺れにも似た痛みが両腕に迸った事でミライアは一旦相手から距離を取るも、それは既に手遅れだった。
「な、なんだっ!?・・・う、腕が!!」
何と彼女の意識とは無関係に両腕が剣を握ったまま己の胸を突き刺そうと動き出したのだ。それを見ていたナタカは咄嗟にミライアの元へ・・・では無く、先程ミライアの剣に触れた男の目の前に立ちはだかりその両腕を容赦なく切断。それと同時にミライアの謎の奇行も危うく治まりを見せ、握っていた剣を手放した。
「俺の腕が・・・!!てめぇ…何故分かった!!」
「私の顔を知らないとなると、あの後に産まれた個体だな?確か貴様らの種族は繁殖力に長けていて子を宿していれば死体からでも這いずり出てくる特性を持っていたな。ヴァイル星人」
「・・・貴様、この世界の人間じゃ無いな…何者だ!」
「ワイルド・サーガ。闇に生きる者なら聞いたことくらいはあるだろ?貴様らにとって最も邪魔な存在だろうからな」
「ワイルド・・・っ!?殺れお前らッ!!コイツを殺せッ!!!一族の仇だ!!」
そう叫んだ男は一緒にして肉眼でも確認できない程に細やかな肉片へと変わり果て大地に撒き散らされた。それを合図に一人、又一人と本来の姿である禍々しくおどろおどろしい形態へとその身体を変異させ、ナタカに襲い掛かったのだ。
「ここで会ったが100年目ッ!!ヴァイルの力を思い知れッ!!!」
刹那。ナタカは動かずして先陣を切ってきた一人のヴァイル星人を指一つ触れずに瞬殺。木っ端微塵に吹き飛ばしてしまった。
「貴様らを滅ぼしたのは2~3年前の話だ。100年もの月日は経っていないのだがな」
「クソッ!どういう原理だ…ヤツは触れずに俺たちを殺せるのか!?」
「だとしたら相性が悪すぎる…数を活かしてスキを突くしかない!」
「どうやってだ!?近づくだけでもアウトだ!!」
流石にアレを見せられては迂闊に手が出せない上、恐怖で及び腰になり身動きができない者まで出始めている。一族を滅ぼした地球人の女を前に本能が"逃げろ"とひたすらに叫ぶのだ。
「何を企もうとも無駄だ。貴様らの能力は間接的に相手へ触れるか、直接触れない限り発動できない。自らの意識を触れた部分に憑依させ操るなど悪質が過ぎる」
「イヒヒ…お褒めの言葉をありがとうよ・・・」
更に三人目が前触れも無く消滅。真っ赤な花火を咲かせ跡形も残さずその身を散らせた。この不可解な現象はヴァイル星人の心に多大な衝撃を及ぼし、もはや仇を取ってやろうなどというバカな考えを実行する者は皆無となった。
「では、大人しくなったところで貴様らに問うが、何故この世界にヴァイルの者が居る。目的はなんだ」
「知ってどうする…再び我等の邪魔をしようとでもいうのかワイルド・サーガ・・・!」
「それは話を聞いてから判断する。場合によっては皆殺しだがな」
「ま、待て!分かった!・・・俺たちはただ雇われただけなんだ!」
「誰に、何の目的で」
「ナヴィンと名乗る地球人にさ!意思を持つ妙なガラクタの指示に従って動けば一族復興の後押しを約束すると!だから俺たちは・・・!」
「大国の姫と分かってミライアを襲撃したのも妙なガラクタの指示って訳か?」
「そ、そうだ・・・」
「その理由は」
「し、しらねぇよ!!ただ言われるがままに動いただけなんだ!!」
「なら、貴様らに命令を下したそいつは今何処に・・・っ」
その時である。突如として苦しみ出したヴァイル星人たちに異変が起きたのは。自らの体に腕を回し、内から沸き上がる痛みを雄叫びとして訴えだしたのだ。内側から皮膚を押し上げ何かが日の光を浴びようともがいている。
「(これは・・・!)」
「・・・っ!?」
「見るなミライア!・・・目に毒だ」
ナタカは地面に跪くミライアを覆うようにして抱き締め、その視界を塞がせた。間にもヴァイル星人の体中からは突起のようなデキモノが無数に膨らんでは萎みを繰り返し、ついにその正体を明らかとした。それは内側から皮膚を突き破りし真っ赤な複数の毛髪だ。悶え苦しむ主を他所に容赦なく出たり入ったりを繰り返す様はまるで群れをなすウツボの集団が岩影から餌を求め瞬時に飛び出す光景を連想させる。この不気味な現象は数分間にも渡りヴァイル星人たちを悶絶させ、最終的には絶命へと追いやってしまった。残ったのは無惨にも倒れる穴だらけの死体だけであった。
「大丈夫か?ミライア」
「ええ…何ともない。しかしこれは…何が起きてるの・・・」
一方で。
「これが欲しいのかい?お嬢ちゃん」
「うん!ジュースと、その木の実!」
「はい、30リアトね」
「30リアト?・・・っこれ8000億シータ!ママがそう言ってた!」
「いや、玩具のティアラ見せられても・・・(シータ?その通貨って確か・・・)」
どこから入り込んだのか、ミイラは共帝国ガッド・リーシャにて悠々とお散歩を楽しんでいた。