11話-あっちの世界ではお姫様!?-
一点の曇りも無い晴れ渡る天候。草木の清んだ香り漂う大自然。ダイヤのように美しく輝いた湖。活気溢れる民衆達に、大都会さながらの大きな建造物。誰もが憧れ誰もが惹かれる最大の都【王帝国・ミラージュガルシャ】歴史上類を見ない程の軍事勢力を保持していると言われ、この世界で唯一無二の超恵まれた大陸に位置する大国だ。そんな大国の中央に一際目立つ巨大なお城が堂々と地上を見下ろしミラージュガルシャの象徴として君臨していた。しかし今。
「うへへ…」
「では、私たちはこれにて…失礼します!」
この王家の間で問題視されている出来事が一つあった。
「・・・また失敗したわね…」
「なんでだよッ!!ミイラの何処が気に食わないって言うんだッ!!小国の腐れ王子がッ!!なぁ?母上」
「はぁ…まったく腐れだわ。ミイラちゃんの前で露骨に嫌な顔を晒した挙げ句「私たちはもう帰ります」だぁ~あ?ふざけんじゃないわよッ!!!!今すぐに連れ戻せッ!!!!問答無用で家畜の汚物顔面に塗りたくったらぁぁああ
ッ!!!あの糞ガキがぁぁああッ!!!!」
それは【誓いの戯れ】と呼ばれる国同士での聖なる儀式。早い話お見合いである。外交関係の安定化を測る上で必要不可欠なイベントであり、地位の高い者同士が結ばれる事によって今後繁栄し続けるであろう子孫達の威厳や権力を保つ目的でもある大事な習わし、なのだが。
「えへへ…緊張しちゃってあんまり喋れなかった」
正直、彼女からしてみれば、こんなにも難関で破れぬ壁は他に無いと言わざる終えなかった。
「でも次は…ちゃんとお喋りしたいな」
この少女こそ、ミラージュガルシャ500代目王家の末っ子にして、王族『フルタカ家』の血を受け継ぐ王位正統継承者候補の一人。名を『フルタカ・ミイラ』である。
「ミイラ~、あんな奴の事なんて忘れなよぉ~。お前にはもーっと相応しい王子様が直ぐに現れる。さぞかし立派で偉大なお人でさ、素敵な顔立ちで、愛に満ちていて、真面目で一途で優しいお方・・・なっ?素敵だろ?」
「ミライアの言う通りよミイラちゃん。ママだってそう思うもの~!」
本当ならば、何故ミイラに限って大事な儀式がここまで上手くいっていないのかを模索し考える必要性がある筈なのだが、見て分かる通りこの家族、末っ子という事もあるのか母はもちろん姉までもが彼女に対してドが過ぎる程の激甘だった。生まれて今日に至るまでの記憶を辿っても叱られた記憶は愚か家族間での喧嘩すら経験が無い。ただ、母と姉の暖かい愛情に包まれ育てられたせいか、わがままな性格に育った訳でも無く、周囲の人々を見下したりする傾向もない、寧ろ逆と言っていい。超純粋且つ心優しい人格の持ち主へと成長を遂げたのだ。そんな彼女の欠点を敢えて出すならば。
「あっ、ドレス前後反対に着てた」
極度のアホだという事くらいだろうか。溺愛故に全てを「貴方らしくて素敵よ」と言われ続け、物事の正解をまともに教えらえず今日まで生きて来たのだから仕方ないと言えば仕方ないところだろう。現にドレスを前後反対に着ている今でも。
「おちゃめで可愛らしいじゃな~い!個性が輝いていてママは素敵だと思うわよ~?」
「まったく、一族の光だな。我妹よぉ!」
「あうっ」
この有り様である。そこへ、1人の将校らしき男が軍事報告の為、三人が集まる部屋へとその足を踏み入れて来た。
「王妃様、失礼します!西大陸への出撃準備が整いました事をお伝えに!・・・って、ミイラ様ッ!!いらっしゃったのですか!?」
明らかに場の雰囲気が一変した。先程まで、自分の娘を前に笑顔を振り撒いていた母の表情が一瞬にして鬼の形相へ変わり、姉であるミライアの眼光が猛獣の如き瞳孔を開かせ男を睨み付けさせたのだ。一体何が原因で何が悪かったのか。男は瞬時に理解した。
「西大陸に…何するの?ママ・・・」
この国の絶対的ルール"ミイラ姫の御前に限り人命に関わる一切の非道行為、過激的発言を禁ずる"無論、それを連想させる発言も禁句とされているのだ。
「・・・ち、違うのよミイラちゃん!これは…そう、これはアレなの!皆でピクニックにお出掛けする為の準備と言うかなんと言うか…ねっ!?ミライア!!」
「えっ?あ、あぁ!そ、そう!お出掛けの準備が整ったって事!・・・そうだな?そこの男・・・!」
「は、はい…」
と言うのも、遡る事十年前。ミイラがまだ六歳の頃だ。ミラージュガルシャでは古くから行われている風習として、公開処刑なるものが長らく存在していた。罪人や他国のスパイを捕らえては大勢の民衆が見守るド真中へと放り込み大々的に罰していたのだ。その公開処刑には必ず立会人として国王共に王妃の出席が義務付けられていたのだが、ある日、正統継承者候補の一人としてミライアが呼ばれ立会に同席した。国王は、怯える様子を一切見せず平然な態度で振る舞う彼女を見て「この分だとあの子も大丈夫だろう」と高を括り、同じ正統継承者候補という立場を持ったミイラをあろうことか現場へ出席させてしまったのだ。純粋無垢で幼かったミイラは悲惨な光景を目の当たりにしてしまった事で心に深いトラウマを植え付けられてしまい、それからというもの死刑囚の死に顔が幾度も脳内を過り、その度に胸を締め付けられていたのだという。以来、この出来事がミイラの中で大きく影響を及ぼしてしまい、彼女は『死』というモノに敏感になってしまったのだ。
「ピクニック!?ミーちゃんも行きたい!!」
「も、もちろんよ!でも、その前に素敵な王子様をみつけないとね!・・・貴方…もう下がっていいわよ」
「し、失礼しましたーッ!!」
母は威圧的な目線を男にぶつけ、即座にその男を部屋から追い出した。そしてミライアへは「ミイラちゃんを着替えさせて来てくれる?」と言い放ち、二人を共に部屋から退出させた。ただ一人、その部屋に残った母は神妙な面持ちで長机を前に腰を下ろしタメ息をついた。このまま【誓いの戯れ】が上手くいかなければ、あの試練を強制的に行わさせなければならなくなる。当時、姉のミライアでさえそれを受けたくないあまりに急いでお見合いを済ませた経由を持っていた。だがしかし、今回は可愛い末っ子であるミイラとあって、結婚相手を無理に押し付けたくないのが本心だ。見つからない答えを考えれば考える程、現実が重くのし掛かってくる。
「あんなにも可愛いミイラちゃんを放って置くなんて…世の王子達もアホばっかりね・・・まったく」
「そうかしら~?王子様って響きだけで素敵なイメージが浮かび上がってくるわよ~?」
「うむ。私たちの世界ではおとぎ話に近いからな」
「我の世界では居るには居るぞ?」
「ん~・・・っえ?」
自然な会話の流れに彼女は一瞬、一人だけの空間にも関わらず付近で発せられる何者かの声を受け入れてしまっていた。
「なぜ貴方たちがここに!?」
そう、自然な会話に思える程親しく聞き慣れた声だったからだ。
「元気だったかしら~?アシュミーネ」
「いや、どうやらそうでも無さそうな顔だぞ」
「我が土産げを用意した。主の好きなモンブランケーキぞ」
それは、彼女にとっての友であり、王妃としてではなく一個人としての対等的存在。
「飛美!ナタカちゃん!魔王さん!」
古高飛美はアシュミーネ同様ミイラを子として持つママ友にして、アナミやサツミと共に生活をする別の世界線でのミイラの母である。この世界のミイラに関してはどうやら名前が同じなだけで別世界の同一人物とは思っていないらしい。そして、その隣に座るのが特殊部隊ワイルド・サーガに所属するナタカ。アシュミーネとは旅フレの付き合いで友人関係を築いており、異世界◯◯探索ツアーには必ず連絡を入れる仲だ。ちなみに飛美も同様、旅フレの仲間として仲良く関係を築いている。更にその隣へどっしりと居座っているのが、最強最悪の魔王。スイーツ好きという事も合間ってアシュミーネとは意気投合しており、独自に開発したパラレルネットワークを通じてスイーツの作り方やスイーツ新情報をお互いにやり取りする仲を築いている。今ではパティシエになるのが夢となった魔王をアシュミーネは応援しているのだとか。
「なぜって、近々貴方の誕生日パーティーがあるからって招待してくれたじゃない?だから早めに来て観光でもするといいわよって…ひょっとしてタイミングが悪かったかしら・・・?」
「い、いや!そうだったわね飛美!全然問題ないわよ!是非もと楽しんでいって!」
「・・・アシュミーネ、疲れているな?その様子だと自分の誕生日も忘れていたか」
「そ、そんな事ないわよナタカちゃん!」
「我も主の顔を見てナタカ殿と同じ意見を過らせたぞ。先程口にしていた娘やら王子とやらが関係しているのか?」
「魔王さん・・・」
あからさまに表情を曇らせるアシュミーネを前に、飛美は彼女の手を取り握りしめた。
「もしその悩み事が自分の中で抱えきれなくなった時、とても辛いなって思った時は何時でも言ってくれていいのよアシュミーネ。どんな時だって私達は貴方の笑顔が見たいもの」
「ふん、そうだな。魔王が持ってきたケーキもある事だし、ゆっくりと話を聞こうじゃないか」
「うむ!それでこそ熱き友情を育んできた友なりッ!!我も無論、手助けいたすぞアシュミーネ!!」
アシュミーネは、その心強い三人の言葉に一滴の涙を流し「ありがとう…」と、一言そう答えた。そして、何があったのかを話始めたのだった。
一方で。普段とは違う衣服に身を包み、ニコニコと笑顔を携えるミイラが独りでに城下町へと繰り出していた。当然だが、背後の物影では彼女に悟られぬよう数人の護衛が眼を光らせ、その動向を監視していた。もし、怪我の一つでもさせようものなら首が飛ぶ覚悟は必須だろう。警戒心を持たない彼女の不規則な行動を見極め護衛をしなければならないのだから油断は出来ない。
「姫は何処に向かっているんでしょうかね?」
「さーな。自由気ままな姫の行く先など誰にも分からんよ」
「以前のように暴走した馬車目掛けて「お馬さんだー!」と走り出さない事を祈りたいですね・・・」
「思い出させるな…あの時はマジで終わったと思ったんだから・・・!」
「ですね…っん?リーダー、姫が止まりましたよ」
スキップで地を駆けるミイラの目の前に現れたのは、道端で和気あいあいと会話を楽しむ子供達だ。年齢は彼女と比べて大分下回っているようだが、今までに同世代と言える友達や親友が国に存在しなかったミイラからしてみれば、その光景は何とも楽しげに映ったのだろう。
「君たちなにしてるの?ミーちゃんも寄せてー!!」
「んっ?誰だこのお姉ちゃん。お前の知り合いか?」
「いや知らない。お前は?」
「私も初めて会うし。お姉ちゃん誰?」
しかし、声を掛けても反応はうっすらと冷めた目線が並ぶばかり。大国の姫ともあれば、町を歩く姿に誰もが呼び声を鳴らし、ましてや相手は子供「お姫様はやっぱり綺麗だね!」「あら、ありがとう」の会話くらいあってもおかしくは無い筈なのだが、見ての通りミイラの知名度は民衆の間でほぼ認知されていない。存在は認識されているものの、あのトラウマ事件以降、母親の配慮で滅多に表舞台へと顔を出さなくなったのがその原因だろう。
「ミーちゃんはね、ミーちゃんて言うの!仲良くしてね、にひっ!」
次の瞬間。ミイラが笑顔を振り撒いた矢先にそれは起こった。
「うわっ!!なんだコイツ!歯がギザギザだ!」
「ほんとだ!ちっちゃい牙がいっぱい生えてる!おっかしー!」
「私の飼ってるコドランみたーい!噛まれるー!あははは」
子供達はニコッと笑う彼女に対して驚きと同時に何か奇妙なモノでも見たのかと言わんばかりに嘲笑ったのだ。
「にゃっ!?…はむっ!!」
自身に向けられる好奇心。察したミイラは間髪入れずに口元を自らの両手で塞いだ。
「隠したって遅いよ!気持ちわりぃー!おい、行こうぜ!」
「行こうぜ行こうぜ!!」
「あっ!ちょっと置いてかないでよー!」
それは、彼女が最も自身の容姿で気にしている最大のコンプレックス。大人でさえ見たら最後どういう反応をしたらいいのか戸惑い兼ねないのだから幼い子供が見ればこういう反応になってしまうのも致し方無い。全ての歯が細かく犬歯のような鋭さでびっしりと生えていては。
「姫が子供達に!!・・・ど、どうします!?」
「こればっかりは姫自身の問題だ…受け入れなければならない現実もある。それをどう克服し、前へ進むかは姫次第だな・・・」
「俺…ああいうの見ちゃうと心が痛くなりますよ…流石に落ち込んじゃってるんじゃ・・・」
否。落ち込んでるというよりも・・・
「う“ぅ“~…ヒクっ…ヒクっ…まだ仲良ぐでぎながっだ~…ヒクっ。気持ぢ悪ぐないもん…マ“マ“は可愛いっで言っでぐれでだもん…うぐぅ・・・」
目頭へ目一杯の力を入れ、グッと歯を噛み締めひたすらに涙を耐えていた。余程ショックだったのだろうか、ミイラはたどたどしい足取りで再び歩き出すのだった。かと思えば。
「クンクン…美味しそうな匂い…ミラージュの実のジュースの匂いだぁー!!」
瞳をキラキラと輝かせ、何かの匂いに釣られるかのようにしてミイラは突然走り出してしまった。急いでその後を追う護衛達だったが、道を進むにつれて聞こえて来るうっすらとした騒ぎ声とでも言うのか、いつもと違う人々の雰囲気に彼ら達は嫌な予感を巡らせた。次第に騒ぎが大きくなってく一方で、そんな事はお構い無しと突き進むミイラの数十メール先、事件は起きていた。巨大な体格を我が物顔で振りかざし、その鉤爪は大気をも切り裂く殺意の一撃となって人間達を脅かす。黒光りに反射する鱗を逆立て大地に舞うは見世物小屋から逃げ出した恐怖の翼【暗黒獣・ダークビワーナ】。
「し、静まれダークビワーナッ!!!」
「ボス!!駄目ですッ!!興奮していて手が付けられません!!」
「何とかしろッ!!飛ばれでもしたらウチの利益に関わってくるんだぞ!!絶対に逃がすな!!」
「無茶言わないでくださいよ!!アイツにもう20人以上は喰われてるんですよ!?これ以上人員が減ったらそれこそっ・・・!!」
「構うかッ!!金を出せば代わりなんていくらでも集まってくるんだ!!だがダークビワーナはどうだ!?希少価値の高いレアモンスターだぞ!逃がしてたまるか!!」
ボスと呼ばれる男の指示で動く男達は暴れ狂うダークビワーナの周囲を必死な覚悟で取り囲み奮闘する。手には一本の綱を握り締めているが、これで何とかしろと言われているのだから部下も堪ったものではない。
「やはり無理ですよ!!」
「何故だ…調教は既に終えていた筈…なのにスイッチが入ったかのように突然暴れだしやがった・・・変な病気にでもとり憑かれたか・・・?」
「ボスッ!!」
「なんだ!!」
「少女らしき女の子がこちらに向け走って来ます!!」
「なっ!!・・・おい小娘!!来るな!!危ないからあっちに行ってろッ!!!」
案の定ミイラである。
「わぁぁああッ!!!怪獣さんだぁぁあッ!!」
その声に反応を示したダークビワーナは、あろうことかこちら側に向かって走って来るミイラ目掛け猛突進。背後で彼女を追いかけていた護衛も必死で助けに入ろうとしたが。
「わぁぁいッ!!!」
既に手遅れ。ミイラはダークビワーナの伸びた首に喜んでしがみつき、共に空へと消えていったのだった。
「嘘だろぉぉぉおおッ!!!!」
「姫ぇぇええええッ!!!!」
ギャオラアアアアアッ!!!!
「がおおおおおッ!!にゃははは!!」