10話-神の器-
「あれ…ワシは気を失ってたんか・・・くっ…」
「ちょっ、あんた大丈夫!?あんま動かない方がいいって!」
「ああ、君か・・・なんとか無事だったみたいじゃな」
「おかげさまで」
「・・・はっ!!ところで闇獣魔はどした!?」
「ん~、心配は無いと思うよ?ほれ」
アレを見ろと言わんばかりに差し出された指先。それを目線で辿らせたならば、その先の思わぬ光景がクウの目を疑わせた。何故なら、怪物の集団をたった一人で相手取り無尽蔵に暴れ回る女の姿がそこにはあったからだ。
「(たしかアイツは…このミイラって子の側におった・・・)何故アイツがここにおる・・・一体何者なんな」
「うむ、アナミだよ」
「アナミ?姉妹か何かか?雰囲気が似とるような・・・」
「いや?アナミは違う世界線のウチだからね。アナザーミイラ略して『アナミ』ヒト属ミイラ科の中で頂点に君臨する強さなんだって。前に自分でそう言ってた」
「んなっ!まさか・・・(殺人鬼のミイラだけじゃなく他にもおったんか!別世界の古高ミイラがこの世界に・・・)」
「なにその反応…まさか喋ったらヤバい感じのやつだった!?マズい発言しちゃった!?」
「いや、別にマズいって程の発言じゃ・・・」
瞬間、腕らしき大きな物体がミイラを目掛け直撃。その勢いで彼女は激しく押し倒れてしまった。
「うぐは!!」
「貴様、余計な事は喋らなくていい。バカが顔を出す前にその口閉じてろ」
アナミの仕業だ。二人の会話をうっすらと聞いていた彼女が相手である闇獣魔の腕を根こそぎ蹴り砕き、そのままミイラへと蹴り飛ばしたのだ。
「ぐぬぬ…ここまでしないでいいじゃん・・・重っ…」
「ふふふ、ざまぁないわね糞ガキ」
最中でも続くアナミと闇獣魔との止まらぬ争いは、時間が経つにてれ更なる過激さに見舞われていく。気付けばあんなにも縦横無尽にのさばっていた闇獣魔たちも大半を撃破されてしまい残すは数匹のみとなったのだが、この数匹がまた厄介な事に。
「(動きがより知性的になってやがる。個体差も存在するとなると単なる珍獣と侮っていては不意を突かれ兼ねんか)」
人間の考えに等しい知識を芽生えさせ始めていた。狙いを定めた一匹へ攻撃を仕掛けようものなら距離を取っていた他の仲間が直ぐ様カバーに転じる。それを回避すれば他の奴が死角から潜り込んでくる無駄の無い立ち回り。どこに手を出しても同じ事をされては無闇に踏み込めないのが現状だ。
「やれやれだまったく。化け物が妙に考えやがって気持ちの悪い。ふんっ、だったら少しだけ本気を味あわせてやるか」
握りしめる拳を脇腹に構え、飛び出した先に待つのは口を大きく開けた捕食者。このまま攻撃を仕掛けようとすれば無論。
「キ"ャ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"ッ!!!」
がら空きになった背後から迫り来る襲撃者を許す事となる。しかし、当然ながらアナミもそれは分かっていた。理解していたからこそ懐へ飛び込んだのだ。
「貴様らは私を侮り過ぎだ」
拳を構えた姿勢から体を捻り側宙反転。最初のターゲットである一匹を踏み台に勢いを蓄え、そのまま全力で蹴り飛ばしてからの背後へ渾身の右ストレート。あまりの威力とスピード、加えて高圧縮レーザー並みとも言える貫通力に闇獣魔の頭部は拳一つ分の風穴を開けた。放たれたアナミの一撃によって容易く貫かれたのだ。おそらくは奇声を上げる暇など無かったであろう。即死だ。
「(残すは・・・何処から来る)」
瞳を左右に揺らし、相手の位置を確かめようとするアナミであったが、目に見えている以外にどうも残りの一匹だけが確認出来ずにいた。またもや立ち回り方法を変えたのか、それとも逃げてしまったのか。そう思える程に静寂であった。
「アナミ後ろッ!!気付いてないのッ!?」
その時だった、ミイラの必死な呼び掛けにアナミが反応を示したのは。
「な、なにッ!?気配が無いだと!?」
生物と言うのは生きている以上存在感というモノがついて回る。例え何かしらの達人が99%の気配を消す力があったとしても残りの1%を消す事は不可能なのだ。それは、この世に存在し、肉体を持って生きているからだと言われている。即ち、100%の気配を消すとなると、この世に存在していない幽体と同じという事になる。アナミがここまでミイラの「後ろ」という発言に対して驚いたのもそれが理由だった。死角からとは言え、99.9%までの索敵を可能とさせるアナミの探知能力を意図も簡単に潜り抜けて来るなど彼女にとっては最も論外。考える余地も無く有り得ない事だった。即座に振り返ったアナミの目に映るのは、トンネルのような暗闇にガタガタと並んだ突起物。そして、真っ赤なレッドカーペット。
「ン"カ"ァ"ァ"ア"ア"」
「くっ…!」
「バースト・脚ッ!!」
そんな間一髪の瞬間を見事な横槍で救ったのが。
「貴様は」
「ギリギリだったな・・・」
他でもない。クウであった。
「フッ、正義の味方ってやつも楽では無さそうだな。そんなズタボロでも立たなければヒーロー失格なんだからな」
「ハァ…ハァ…そうじゃな。人助け程大変なモノはなーよ…まったく・・・」
「ならさっさと消え失せろ。貴様に助けろと頼んだ覚えは無い」
「むっ…えらく態度のデカイ奴じゃな。アナミとやら」
「貴様が私をアナミ呼ばわりするか。ただでさえアイツに名付けられて気にくわんというのに・・・!」
「・・・うわっ…目怖」
「まぁいい、早く退いてろ。その体で戦場にいられては邪魔なだけだ」
「邪魔って…もう片は付いたじゃろ。見てみぃ、完勝よ」
アナミの真剣な眼差しが倒れて動かない怪物へと向けられる。その闇獣魔はつい先程クウの不意討ちをノーガードで食らい絶命しているようにも見受けられるが。
「ん?なんじゃあれ?闇獣魔の体が…割れ始めとる・・・?」
その不可解な現象はミイラと貴婦人ドール、この二人の場所からでも容易に確認できていた。何が起こっているのかと、不思議そうな表情ながらも恐怖感漂わせる面持ちで現場を見つめる二人。
「うぐっ…なにあれ・・・見てたら急に吐き気と寒気が・・・」
「この感じ…ナヴィンの奴と似てる・・・」
「ナ、ナヴィン?誰だそりゃ・・・名前で呼び会えるお友達が出来たのか?おめでとう・・・うぐぐ」
「黙れ貧弱者め。おとなしくゲロってろ」
雰囲気がいっそう邪悪にドロドロと感染する。この場だけで無い。それは裏世界全土に渡りを見せ始めていた。それほどまでに強大で絶対的"黒"な禍々しくもおぞましい存在感。その絶望的脅威が四人の目の前で今、殻を破りその姿を露にする。闇獣魔の肉体を内側から突き破り、ペタペタと不気味な音を立て這いずり出てくる異端なる何か。痩せ細った白色の肉体は脈を打ち、ぽっかりと空いた眼球の無い瞳は光をも通さぬ深海のよう。まるで人を象った『不』の体現にすら思えてくる。本能に備わった危険信号が警報となり荒々しく体全体を鳴り響かせ刺激するのだ。中でも貴婦人ドールだけは周囲とまた違った感情に取り憑かれ「コイツだ・・・」と、心の奥底で確かなる確信を抱かせていた。それは、貴婦人ドールがこの裏世界を訪れた理由でもあったからだ。
ー昨夜の事ー
『あら、そんな冴えない顔して何があったのかしら?お人形さん』
『ぬおっ!ナヴィン・ローラルテ!いきなり現れるなよビックリするだろッ!』
『それは失礼しました』
『・・・で、何の用だよ。私は忙しいんだ』
『"忙しい"ね~。あのお嬢さんに手も足も出ないまま敗北したばかりだというのに、もう次の対策まで考えていらっしゃるなんて熱心な事』
『うっ…何故それを・・・』
『しかも私の与えた力までもお使いになってその様。たった一人の女の子仕留めるのに必死な貴方を見ていると可哀想に思えてきますわ。期待外れもいいとこだったかしら?』
『ぐぬぬ…どいつもコイツも私をバカにしやがってッ!!私だってな!殺る時は殺るお人形さんだぞ!!』
『ふーん。では、貴方の力はまだまだこんなモノでは無いと?』
『当たり前だ!!私は遊んでるに過ぎんのだ!本気を出せばあんな奴ボコボコのぐちゃぐちゃの・・・!』
『なら良かった!』
『へっ?』
『実はね、そんな貴方にお願いしたい事がありまして』
『お願いしたい事?』
『ええっ、どうしても手にしておきたい子がいましてね』
『ふーん。自分でやれば?』
『冷たいですわね~。私はとある事情でいろいろと込み入ってますのよ。だから貴方にお願いしに来たのですが、聞き入れてもらえませんか?本気を出せばできるお人形さんを私は期待を込めてかっているのですよ?』
「(期待…この私に!?いやいやいや、私は何を喜んでいるんだ!コイツは私を利用してるだけだぞ!・・・ん?でも待てよ?ここで借りつくっておけば後々・・・)」
『・・・し、仕方ないなー!』
『よろしいのですか!?ありがとございます!うふふ』
「(あ、笑ってる…美しい・・・じゃないッ!!私はどうしてしまったんだッ!違うぞ!これは借りをつくる為だけの了承であって決して・・・っ!)」
『あら、どうかなさいました?』
『い、いや…気にするな。んでっ、頼み事とは?』
『裏世界へ赴いてもらいたいのです。とある子を探す為に』
『は?とある子?』
『その子は裏世界を造り上げた張本人であり、幼くして『神呪力』を押し付けられた忌まわしき巫女』
『『神呪力』の巫女だってッ!?世界に数える程しかいない神の器じゃんか!!』
『そう。その力を此方側へ引き込みたいの』
『あんた、むちゃくちゃやん・・・』
ーそして現在に至るー
「(ああは言ってたけどコレ…味方に引き入れるどころか生きて交渉を交わせるかどうかも怪しいのだが・・・)」
オーラのように放出し続ける膨大な生命力とでもいうのか、内に秘めている力の差が既に天と地程の格差を生んでいる。もし仮に、人と接するだけの感情を持ち合わせていたとしても自分よりも力で劣る相手の言う事を素直に聞いてくれるのかは怪しいところだろう。なんであれ、神の器として崇められ信仰されてきた人物の一人だ、それだけでも可能性は十分に低いと言わざる終えない。しかし、その"何か"は全くと言っていい程身動きを見せず、ただ一言『去ルノダ…忌マワシキ偽リノ民ヨ』そう言い放ち、涙を流した。その"何か"にアナミは問う。
「貴様は何者なのだ。闇獣魔も貴様の力によるモノなのか?」
「我ハ…オ前達人間ノ奥底に巣クウ闇。恐怖、悪意、敵意、狂気ソノモノ・・・」
「・・・うむ、分からん。結局何が言いたい」
「全テヲ押シ付ケラレタ哀レナ死人。神ノ巫女ナリ・・・」
その言葉を最後に、自らを神ノ巫女と名乗った"何か"はその姿を消失させた。広がり続けていた不穏なエネルギーも少しずつだが薄れていき、最後に残ったのは不気味にも漂う裏世界独特のやさぐれた空気だけだった。
「神ノ巫女・・・まさかとは思うが、神呪力の持ち主だったのか?アイツ」
「神呪力だと!?ディンキャーと同じ力を持っとったという事か!?・・・そりゃあ凄まじい力の筈よ。戦っとったらと思うとゾッとするわ・・・」
「ディンキャー?誰だそいつは。ワイルド・サーガの人間か?」
「そうよ・・・抑止力としてウチの本部に隔離されとる超危険人物よ。一度だけじゃけど、その力を振るう瞬間を見た事がある…一瞬にして別世界の文明が全て滅びた…それも跡形も無くな・・・」
「まぁ、だろうな。なんせ地上に封印されし神々の力を身に宿した存在だ。それくらいが妥当だろ。闇獣魔もおそらくは奴が能力で造り上げた幻影獣だ。気配が無くなったのも頷ける」
そこへ、体調を回復させたミイラが二人の元へと合流する。
「いや~、お疲れさん」
「呑気なものだな、貴様は」
「アナミが来てくれてマジ助かったよ~。一時は本当に終わったかと・・・」
「いや、それは無い」
「え?なんで?」
「鈍感なヤツめ。この出来事が全て偶然か奇跡だとでも思っているのか?有り得ん。普通の人間なら死んでいる場面だ。アニメか漫画の主人公じゃない限りな」
「それって、アナミが前に言ってたウチの・・・」
「やはり貴様は、利用されるだけの価値がある。という事だ」
アナミはそう口にすると、ニヤっと笑みを浮かべたまま裏世界から姿を消した。おそらくは役目を終えた事で強制的に表世界へ弾かれたのだろう。そして、残されたのは案の定ウチとクウって人だけ。悩んだ挙げ句、最終的にウチらはどうしようもなかったので・・・。
「頑張れッ!!!あんたなら出来るッ!!絶対出来るッ!!諦めるなぁーッ!!!」
「ぬぁぁぁああああッ!!!!フル・バーストォォォオオッ!!!!」
このクウって人にとことん無茶をしてもらい、何とか裏世界を脱出する事が出来た。あの糞ドールは又しても気付かぬ間に居なくなってて、結局のところなんで裏世界をうろついていたかは分からずじまいだ。まぁ、変な企みを持ってた事だけは確かだけどさ。
「ちくしょー…ちくしょー!片腕を失くして収穫も無しとは!私は一体何の為に裏世界へ出向いたんだ!」
「その様子だと失敗しちゃったようね。お人形さん」
「んげっ…ナヴィン・・・!」
「はぁ…惨めな姿になっちゃって」
「う、うるさい!ていうか説明しろ!あんなの聞いてなかった!何でお前と同じオーラをあんな怪物が纏ってたんだ!!」
「あら、話してなかったかしら?あの子の持つ神呪力。元々、私が持っていた力ですもの」
「・・・はっ?どゆこと?」
「大昔に私が地上に封印した神の一柱、怨霊神『マガナミ』から奪い取った力なのよ」
「えっ・・・えぇぇえッ!!!お前って神を封印した英雄の一人なの!?嘘マジで!!?」
「ええ。驚いたかしら?こう見えても私、古代英雄の一人に数えられている程の超大物、ナヴィン・ローラルテなのよ?今は大罪人として有名になっちゃったみたいだけど」
「お、お前が・・・あの唯一神を鎮めたとされる彼の有名な英雄『ツツミノイクサ』と肩を並べる存在…だと・・・一体どこで道を間違えた・・・」
「私の進む道なんて端から決まっていたわよ。なにも間違ってはいない。全ては実験の為だった。私の好奇心は神をも引きずり降ろす」
「実験だと・・・?」
「そう。人間が与えられてきた罰と、神々が犯してきた罪。この二元性が一つの器に納まる事で新たな可能性、概念を生み出す…筈だった。でも、その器が純粋すぎたが故の失敗だった」
「ど、どうなったんだ?」
「ご存じの通りよ。あの子は現代の言葉では表現できようもない存在、"何か"になってしまった。かろうじて人の形が保てているのは、私の力も混ざってしまったからよ。だから私と同じオーラを纏っていたって訳ね」
「おいちょっと待てよ嘘だろ・・・あんたの言ってる事の1%もわかんねぇよ・・・」
「・・・まぁいいわ。丁度込み入ってた案件も終わったところですし、私が直接赴くといたしましょうか。貴婦人ドールさんも来ます?」
「冗談言うなッ!!」
ウチは帰って来れたんだ。
「おい貴様。私はまだまだ食い足りぬぞ、金をよこせ」
「ミイラお姉ちゃんあれやろ!ゾンビ倒すゲーム!僕この鉄砲使うから!」
糞うるさい日常に。